絡んできた不良たち
昼食の時間になった。母親から弁当を渡されているが、お金を使って食堂でも食べることができるらしい。愛する我が子のために作った弁当を他人の俺が食べるのは気が引けるが、愛する我が子のために頑張ってるんだし身体は息子さんなんだから許してほしい。
「おい雨宮、俺のこと覚えてる?神崎だよ!本当に忘れてたのか?金魚みてえな記憶力だな!昼飯は弁当か?手作り?」
「あん?誰?俺は記憶喪失らしいんだよ。」
俺は無表情で答えてパクリと弁当のおかずを食べた。この世界の飯は中々いけるな。
「口に物入れて話すなよ。頼みがあるんだけどさ。」
「無理無理、今の俺は飯が命だ。」
俺は首を横に振って拒否した。
「雨宮!俺ちょっと足ひねったんだよ。学食で買ってきてくれ。」
神崎は声を張り上げて懇願しお金を出す。歩けないほど足をくじいたのなら、とっとと家に帰れよと思ったがこの世界の学生は中々にストイックだ。
その熱意に敬意を払い俺はお金を受け取った。
「まぁ友達の頼みを聞いてやるか。何を買えば良いんだ?」
「さんきゅー、適当な惣菜パンで良いわ。」
「おーい、神崎俺らの分も頼むわ!」
突然、知らない連中が俺の机にお金を投げた。賽銭箱か?
「皆、足をくじいたのか……?虚弱体質なんだな……。ところで誰なんだお前ら。」
「雨宮、あいつらは俺の友達だよ、分かるだろ?」
「いや分からねぇよ記憶喪失なんだから。まぁついでだし買いに行くけどさ。」
この少年の日常がいまいちわからないので、とりあえず学食に向かうことにした。廊下では皆の視線が集まる。何かあったのだろうか。
「なんか珍しいものでもあるのかなモグモグ。」
『マスター、一般男子高生は弁当を食べながら学内を徘徊しないようです。』
「……次から気をつけますわよ。」
気がつくと俺への注目が別の相手へと向けられた。皆が廊下の中央を避けている。俺のため……というわけではない。奥から歩いてくる黒髪長髪の女生徒。彼女に皆が注目しているのだ。白衣を羽織り凛としたその立ち振舞はどことなく高潔さを感じさせ、周りが距離を置くのも分かる気はする。
「……廊下で歩きながら弁当を食べている生徒を見たのは私の学園生活で初めてだよ。」
「実は俺も初めてなんだ。何というか凄い新鮮で驚いている。」
「……下品だね君は。育ちが知れる。」
一瞥し立ち去っていく。
「なんだあいつ感じ悪いな。」
『マスターも似たようなものだと思います。』
周りの生徒たちは立ち去っていく彼女をじっと見ていた。気のせいか女生徒の熱い視線が多い。綺麗だの美人だの……なるほど所謂憧れの存在、高嶺の花という奴か。
惣菜パンとやらを適当に見繕い神崎に渡す。その後適当に話をしながら昼食を済ませた。
チャイムがなった。放課後、一人俺は頭を抱えてトイレの中にいる。
「ぜんっぜんわかんねぇ……。」
『玖月、神崎……彼らとの会話で得るものは何もありませんでしたね。』
「そもそもあいつら俺が記憶喪失なの理解してんの?なんか俺抜きで話進んでてまじで意味分かんねぇ。」
人の気配。誰かが入ってきた。まずい、いやまずくないんだが、いやまずい。自分でも少し混乱しているのが分かる。
ドキドキしながら立ち去るのを待っていると、天井から水が降ってきた。
「なんだ!?火事でもあったのか!?」
慌てて飛び出るとそこには神崎たちがいた。後ろには綾音もいる。こちらを見て嘲笑っている。ここ男子トイレだぞ。
「あら、随分とした格好じゃない。シャワーでも浴びていたのかしら。」
それを皮切りにケラケラと連中は嘲笑う。
「どういうことだ?説明してくれ、火事じゃないのか!?」
「まだ気づかないのか?俺たちは今日一日友達ごっこをしてあげてただけ。記憶喪失って聞いたからからかってただけなんだよ。これがお前の日常、どうだ思い出したか?それと……。」
胸ぐらを掴まれる。神崎は眉間にしわを寄せて不快感をあらわにする。
神崎は雨宮の顔を見下ろして嘲笑した。
「馴れ馴れしいんだよ雨宮。敬語だろ?もう一度言い直して見ろよ。」
「いや火事は?火事はどうなったんだよ!」
神崎は舌打ちして雨宮を突き放した。
「だから火事なんて起きてないんだよ!バケツを使って水をかけただけって分かるだろ!」
俺は力なくトイレの壁に叩きつけられた。思わず頭を抱えて呻く。神崎の取り巻きが俺を囲み笑っていた。彼らの手には水が入っていたであろうバケツがあった。
「おいおい、こんなの映画でしか見たことないぞ。これからどうなるんだっけ?確か題名は……。」
『ハッピーヴァレンタインですか?』
「いや怪奇!ロドリゲス学園の生誕祭だった気がする。」
『それだとマスターはそのあと変形して巨大ロボットになりますね。』
「何一人でぶつぶつ言ってんだ、状況分かってんのか?」
確かに状況は最悪だ。服はびしょ濡れ。下着にまで染み込んでいて気持ち悪い。そして俺はこれから巨大ロボットになるのだから。
「悪い悪い、綾音の言葉を借りるなら"こんなの映画でしか見たことない"から、つい感極まったんだ。だがそうだな。舐めた真似をされたからには然るべき報いを。それが俺たちの掟だ。」
立ち上がる。ああ、しかしガキのしたこととはいえイラついてきた。こんな舐めた真似をされたのは魔王と呼ばれるようになってからは無かったからな。
「あぁ!?てめぇ何を言って───。」
取り巻きの男たちが突然倒れる。魔法ではない。空賊式格闘術だ。ほぼ無抵抗だったのでクリーンヒット。拳が顎を打ち抜き脳を揺らす。
流石に相手は素人のガキだし手加減はしたが、蹲りうめき声をあげている。
「……は?どういうことだ!?おい!!」
「神崎っていったか?背丈はこん中じゃ一番近いし丁度いいな。大人しくしろよ?」
「何が!?何が何が!?近寄るんじゃねぇ!てめぇ!ぶっ殺すぞ!!」
「人を殺したこともないくせによくいうぜマセガキがよ~。」
───。
トイレから上機嫌に出てくるのは神崎龍也。鼻歌交じりに廊下を歩いている。
『ドン引きです。マスターのしたことは犯罪行為です。天下のキャプテンドレイクが追い剥ぎなんて。』
「仕方ねぇだろびしょ濡れになったんだから。にしても何だあいつの服?ボタンがないし意味分からない金具付けてるし……。」
びしょ濡れの制服で外に出るわけにはいかないので神崎の服を借りることにしたのだ。勿論、追い剥ぎなんて物騒なことはしない。これは等価交換だ。代わりに俺の来ていた服をプレゼントしたのだから。
……でもやっぱりこれ自分の服と違って色々と改造しすぎだろ。あとで返してもらおう。