第四世界第五世界第六世界第七世界第八世界第九世界第第第
───前回のやり方では駄目だ。
父は異世界融合の計画を重きに置いている。私と雨宮くんが阻止したら、向こうは強硬手段をとることがわかった。
私にとって異世界融合がどうなろうとどうでもいい。その結果、悲劇が起きるならむしろ無い方が望ましい。簡単なことだった。辞めさせれば良いんだ。私が本気で訴えればきっと彼は分かってくれる。やめてくれるはずだ。
───甘い考えだった。
活き活きとした表情を浮かべ新規事業の話をする雨宮くんに対して、私はやめるように何度も何度もお願いをしたが聞き入れてくれなかった。
それどころか最終的には喧嘩になって……一番最初の時と同じだ。
思いつく限りのことをやった。だが最終的に彼は死亡してしまう。まるで運命が彼の生存を否定しているようだった。
いや、運命なんかじゃない。全ては玖月零士の仕業だ。奴をどうにかすれば良いはずだ。
数多の未来を経験した私は既にある程度の未来予測が可能となっていた。その未来の知識を使って私は事業を起こすことにした。表向きは父の名前を使う。まず父の優位性を削ぎ落とす。徹底的にそのプライドを地に落とし、私が上に立つのだ。玖月の実権を私が握れば悲劇は起きない。
今まで見たこと無い勢いで玖月財閥は肥大化していった。皆は知っている。その繁栄は玖月零士ではなくその娘によるものだと。社交界では玖月零士は傀儡であることが最早、当然の事実となっていた。
「綾音、ちょっといいかな。雨宮くんから相談を受けたんだが……。」
来た。運命の日。ついに私は間接的に雨宮くんが提案した事業に参加することができた。
彼は私の本性を知らない。当たり前だ。表向きには玖月財閥は玖月零士が当主なのだから。今までと同じように、私のために、玖月財閥の世話になり続けないために、父に新規事業を提案したのだ。
「良いですよパパ。でも一つだけ条件があります。この件は私と雨宮くんだけで進めます。パパはいつものように表舞台だけ出るようにしてください。守れないようならこの提案は受けられません。」
こうして、ようやく私は雨宮くんを父の呪縛から解き放つことができた。
会議に私が出てきたとき、彼は驚いていたが、父の代わりだというとすぐに納得してくれた。幼い頃から私がこういう実務をしていたのを知っているからだ。
そして時は来た。異世界との融合。何度も何度も時間の逆行を繰り返した私は、完全にウタカタ覚醒のコツを掴んでいた。更にその使い方も学んだ。
時間の逆行はコントロールできる。動画の逆再生のように進む世界で、私だけは干渉できる。その際はウタカタ能力の一つなのか防護スーツに包まれて行動し、普通の人からは逆再生に動く怪人に見える。
この能力を使えば、より確実に雨宮くんを守りぬくことができる。覚醒後の私を止めるものは誰もいない。
これから異世界の人たちと取引をすることになるが、時間を逆行させれば何度でも失敗は許される。完璧な計画のはずだった。
異世界との融合直前。雨宮くんは行方不明になっていた。何度も逆行したが融合時点には既に失踪していたから間違いない。
私のウタカタは時間逆行。ただ覚醒前の時間にまで戻ると能力も当然失う。ただの少女となるのだ。盲点だった。
消息を絶った彼の行方が心配で、探偵や警察を動員して探し回ったが、結局見つからなかった。
雨宮くんが見つかったという報告が来たのは意外な相手からだった。
涼華……神崎涼華と名乗る女性が彼を見つけ出してくれた。雨宮くんと手を組んでいたユグドラシル界の女性だ。
その報告は最悪だった。
「マフィアに捕まっていたのをあたしたちが救助したんだ。その……ただ……その時には……。」
同じだった。何度も見たことがある、凄惨な拷問の末に殺された彼の姿。もう何度も何度も見続け瞼の奥に焼き付いて脳髄に刻まれた光景。
「それともう一つ……あんたさ……蒼音探すのに夢中だったみたいだけど……えらいことになってるよ。」
涼華が悲痛な表情を浮かべ新聞を渡す。一面にはこう書かれていた。
『玖月零士、惨殺。』『玖月財閥の不祥事発覚。』『行政介入の決定。』
記事の内容を要約すると父はモンスターに殺され、玖月財閥は違法な事業に手を出していて、それが原因で行政介入、解体、賠償金による強制差し押さえだという。つまり玖月の名は地に落ちるどころか、その存続すらも絶たれたのだ。
「こいつはきっと知っていたんだ。玖月財閥が何か黒い噂のある連中に消されることを。だから綾音……あんたを助けようとしたんだろうな。」
なら間に合う。
涼華の言葉を聞き終える前に私は時間を逆行する。彼を囚えたというマフィアを殲滅するために。
だが手遅れだった。マフィアは元から彼を生かす気はなかったのか、既に殺されていた。助けるためには時間をウタカタ覚醒前に戻す必要がある。だがその時、私は無力で助ける手段などない。詰みだった。
父は殺されていた。つまり雨宮くんを殺そうとしているものは別にいるのか、あるいは父も含めて多数いるのか分からない。
何もかも分からない。何をしても彼が死ぬことは避けられない。どう足掻いても彼は死んでしまう。
───いいや、まだ残している手がある。それは最後の手段。でも、他にもう思いつかない。彼が救われるなら、私はどんな泥も被ろう。だから私は……。





