第三世界-絶望の末-
目を覚ました時、私は庭園にいた。爺に声をかけられて目を覚ます。
だが今回は違う。私は時間の逆行を理解している。懸念があるとすれば雨宮くんと出会えた奇跡がまた起きるかどうか。彼の住所は知っているけれども、玖月財閥と関わるには理由が必要だった。あの時と同じように、命の恩人という理由が。
ただそれは杞憂であの時と同じように、私はグレムリンに襲われる。今思えばこのいきものは異界域のモンスター。どうしてそんなのが出てくるのか知る必要もあった。
こうして私は彼と巡り合い、また月日を過ごす。ただし同じ失敗はしない。空き時間を見つけては爺から護身術を学んだ。強くならなくてはならないからだ。彼と共に歩けるぐらい。
「新しい新規事業を手伝うことになったんだ。」
高校生になって彼はそう話を切り出した。
私の胸はトクンと高鳴った。全ての歯車が狂い出したのはこの日からだと思っていたからだ。
「そう……なんだ。ねぇ雨宮くん。その事業、私も手伝えないかな?」
「え?い、いや悪いよ。この事業はとても忙しくなる。彩音ちゃんに負担をかけるのは……。」
言い淀む彼に詰め寄り、手を握り彼の瞳を見つめる。私は必死だった。今、彼にできる限りのアプローチをしなくては同じことを繰り返すと確信していた。
「馬鹿、私がやりたくて言っているの。我儘だと言うのならそれでも良い。ただ私は、どんなにつらいことでも、苦しいことでも一緒に雨宮くんと乗り越えたいだけ。今更一人で抱えるようなことをするなんて、それこそ私に対する裏切りよ。」
「え、えぇ……そ、そんなこと言われても……わ、分かったよ。わかったから手を離してくれよ。」
照れくさそうに彼はそう答えた。
その言葉を聞いて私はパァっと笑顔を浮かべて思わず抱きしめる。突然のことに彼は驚くが、平静さを取り戻すと私を引き剥がした。
私も喜びのあまりはしたないことをしてしまったことを恥じてつい赤面する。
「そんなに言い寄らなくても俺だって手伝ってくれるのは嬉しいのに……。」
彼は愚痴るように口先を尖らせて何かを呟いた。
「え?何か言った?」
「何も言ってなーい!」
私の意地悪な質問を彼は否定するも、その表情は穏やかなものだった。彼と心が通じ合っていると私は確信した。
これで未来は変わる。彼の理想は決して捻じ曲げさせない。私も一緒に、父に直談判だってしてやる。そう意気込むのだった。
「なん……で……?どう……して……?」
目の前には雨宮くんの死体があった。私は現実を認められず、彼の死体をゆさゆさと揺らす。
彼は自宅で首を吊っていたという。第一発見者は母親。
「うちの子は自殺なんてする子じゃありません……どうして、どうしてこんなことに……。」
葬儀では雨宮くんの母親が涙を流し親族に訴えていた。いつも穏やかで、一緒にいるだけで心が落ち着くような、同性の私から見ても素敵な女性だった。だが今の彼女は穏やかさの欠片もない。ただ肩を震わせて嘆き悲しんでいた。懸命に息子を庇い続けていた。
そうだ。おばさんの言うことは正しい。そのとおりだ。雨宮くんが自殺なんてするはずがない。きっと彼を追い詰めた誰かがいるんだ。あるいは自殺をしたかのように見せかけて殺したんだ。思い当たる人物は一人しかいなかった。
「この度は心からお悔やみ申します……うちの綾音も彼とは仲良くしていて……。」
その白々しい態度が私は───。
「人殺し!!お前が殺したんでしょう!!雨宮くんをッッ!!!!」
我を忘れたかのように自分の父親の胸ぐらを掴んで叫んだ。父は表情一つ変えず冷たい目で私を見ていた。周りの者たちが私を取り押さえ、引き剥がされる。それでも暴れながら私は父に対し「屑野郎」だの「最低」だの「死んで詫びろ」だの思いつく限りの罵詈雑言をぶつけた。
頬をぶたれる。父ではなく爺によるものだった。
「お嬢様!なんてことを言うんですか!旦那様は雨宮様のために、こうして足を運び献花までしたというのに!!」
優しかった爺。私と雨宮くんの味方だと思っていたのに。結局は雇われ人。あいつの味方をするんだなと心から思った。深い失望。頼れるものなんて玖月家にはいない。そう私は確信した。
「皆さま申し訳ありません。娘が錯乱してしまい……。ですがどうかご理解いただきたい。娘と雨宮くん……蒼音くんは幼き頃からずっと一緒だったのです。その絆は我々が思うよりずっと深い。ですがこれ以上の醜態を見せるわけにはいけません……爺、行くぞ。」
父は唖然としている葬儀の参加者に深々と頭を下げて退席する。
暴れる私を何人ものSPが取り押さえて、外へと連れ出そうとする。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!まだ雨宮くんと別れを告げていないのに、あそこにいるのに。こんな……こんな終わり方なんてありえない。こんなの……何も変わっていない!





