一人ぼっちの決意
「雨宮くんが重篤って……本当なの!!?お願い!!私も連れて行って!!!」
「あ?何を厚かましい……。お前らがしたことだろうが。まさか現当主の娘が知らないだなんて寝言が通じると思ってんのか?」
正論だった。なぜ私は知らなかったのか。蚊帳の外にされていたのか。それは分からない。でも知っていたならこんなことは絶対にしなかった。彼を傷つけることなんて私は絶対にするはずがない!
「……私を見張るのに人は必要でしょう。暴れるつもりはないわ。私を連れていけば見張りを立てる必要もない。そうでしょう。」
「ちっ……少しでも暴れてみろ。殺しはしないが適度に痛めつけるからな。」
舌打ちをしながらも涼華は綾音の枷を外し外へと連れ出す。
外は地下室のようだった。窓が一つなくじめじめとしていて環境が悪い。今、何時なのかもわからなくなるくらい劣悪な環境。
そんな地下の回廊を進んだ先に、彼はいた。雨宮くんがいたのだ。
酷い有様だった。全身に打撲痕、生爪は剥がされ、更に全ての指の骨が折られている。いくつもの注射針を刺されたのか針で刺された跡が痣として残ってる。歯は一つも残っておらず、更に口の中はズタズタに刃物か何かで切り刻まれていた。目玉は片方がなくなっていて瞼周囲に傷痕が見える。凄惨な拷問を彷彿させる。
「な、なんで……どうして……どうして、こんなこと……!」
あまりにも無惨なその姿に、変わり果てた彼の姿に私は思わず声を漏らす。
「そ……の……声……あや……ね……ちゃんか……?うそ……だ。いる……はずが……ない。」
まだ微かに息をしている彼は、苦しそうに呟く。
「聴こえるか蒼音。涼華だ。お前の言うとおりだ。今、ここに玖月ンとこの娘がいる。本当は人質として連れてきたんだが……お前が願うなら、今すぐにでもこの女をお前と同じ目に遭わせてやる。憎くて仕方ないんだろ?心配すんな、あたしたちはこんな人質なんてなくても……。」
「ごめん……ごめん……あや……ね……ちゃん……俺は……守れなかった。あやねちゃ……は……わるくない……から……俺が……わるいか……どうか……。」
彼らは皆、その言葉を聞いて困惑する。玖月家に拷問されたのではないか、なぜ玖月彩音のことを憎んでいないどころか庇うような真似をするのか。
震える彼の手は、その言葉を伝えきると、動かなくなった。それだけを言って力尽きたのだ。どうしても、それだけは絶対に伝えたかったのだろう。
私は周りのことなどもう気にせず、彼を取り囲む人たちを無理やりどかして、彼の死体を泣き叫びながら抱きしめた。
こんなのは嘘だ。全て嘘だ。どうしてこんなことになったのか。何が悪いのか。最初からずっと彼は変わってなかった。私のために距離を置こうとしただけだった。嘘をついて、私に嫌われることを覚悟で突き放したことに、気がつくべきだった。傲慢だった。明らかに普段と違う彼の態度の変化を察するべきだった。
私の心は深い絶望と後悔で満たされた。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんなの全部、夢だ。悪夢でしかない。叶うならばやり直したい。もう一度最初から。あの時、彼と初めて出会ったあの時から。
もう涙も出ないほどに枯れ果てて、私は涼華とその仲間たちに連れられて外へと開放されていた。外はとっくに真っ暗で、真夜中だった。
涼華は申し訳無さそうに、何度も私に対して謝罪をしていた。
雨宮くんは彼女とともに異世界の融合計画に携わっていたという。彼女はユグドラシル界の人間だった。偶然、この世界にやってきてその有用性に気がついて、融合計画を立てた。そしてこの世界で初めてその話を真面目に聞いてくれたのが雨宮くんだった。
この世界にやってくるのは一度に人間一人程度が限界で、資材やらを移動するにはもっと巨大な出入り口を作らなくてはならない。
世界を結ぶ架け橋を作ること。それにより貧困や環境問題の解決……。それが二人の夢。
それが父に提案した新規事業だった。雨宮くんも彼女も異世界との融合はお互いに夢と希望をもたらす、素晴らしい未来が約束されるものだと確信していたのだ。
だが現実は違った。意図的に混乱した状況を作り出し、格差を生み出し、そんな状況下を商売の種とする。玖月零士とアンブロースの企ては、この世界を食い物にすることだった。
それを知った雨宮くんは決死の覚悟で父に直訴するなどして食い止めるよう動いていたのだ。だが結果は先程見てのとおりだった。おそらくは見せしめだろう。邪魔をするのなら容赦はしないという。もしも救出するのが遅かったら、彼はずっとこれからも生き地獄を味わっていたのだろう。
彼は戦っていたんだ。私を巻き込まないように、懸命に嘘をついてまでして。
「その……お前はその話を聞いてこれからどうすんだ?玖月の人間がそんなこと聞いて……。」
涼華は全てを話した。だが相手は玖月家の人間。そもそも玖月零士がしていることは全て玖月家のため。それをまるで悪人のように扱えば快く思わないのが普通だろう。だが私は違った。
「私は私の戦い方をする。今までありがとう涼華さん。雨宮くんの助けをしてくれて。」
それをどういう意味として受け止めたのか。涼華は黙ってその場を離れた。
私は一人、草原の丘の上に立っていた。風は草木の葉を揺らし静かに葉音が響き渡る。髪をなびかせ、肌に冷たく触れる。夜空には満天の星が輝き、月がやさしく照らしている。
深呼吸をした。星々が私に勇気を与えてくれるように感じた。
私は小さく微笑む。自分の運命を受け入れる覚悟ができていた。
幼い頃に見た夢は決して夢ではない。あのときの感覚はとうに掴んでいる。今の私はあのときとはまるで違う。突如頭の中に入り込んできた感情何かではなく、強く強く本当に私の心の奥底から芽生えた感情。
ウタカタ───。それはこの世界に生まれた奇跡。ならば私はその奇跡を使って、こんな理不尽な現実を変えてやる。思い出すのはあの時と同じ感覚。戻りたいという強い想いと、ウタカタの覚醒。舞台は最初から整っていた。
光が生まれ、私はその光に包み込まれる。
そうだ、私はやり直す。何度でも何度でも。それが私のウタカタ。今度は私が雨宮くんを助ける番なんだ───。





