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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
晦冥の詩
44/71

別れ

 そして、その時がやってきた。運命のターニングポイント。


 「新しい新規事業の手伝いをすることになった?」


 雨宮くんは嬉々として私にそう話をした。なんでも父に相談してみたところ父も乗り気で玖月財閥の新たな主要産業になる可能性もあるというのだ。

 私は少し不機嫌な気持ちになった。どうしてそんな大事なことを私に話さなかったのか。仲間はずれにされた気分がして、少し意地悪をしたくなる気持ちになる。


 「そう、私抜きでパパと話を進めてたんだ。それで私はもう用済みってこと?」

 「ち、違う!違うって!!何だよそれ用済みって!!綾音ちゃんは俺のことそんな風に見ていたのか!!?ただ利用するためだけに近づいていただけのやつだって!!!」


 予想外の反応だった。真面目な剣幕で怒る彼をみて私は後悔した。触れてはいけない部分だったと。彼にも矜持がある。今まで玖月財閥の支援を受け続け窮屈な思いをし続けていた。私は気にしていないと言ったが、彼は彼自身が許せなかったのかもしれない。

 長い付き合いだったのに全てを理解していなかった。彼の胸の奥に眠る劣等感を。


 「い、いや今のはちが……。」


 彼が本気で怒る姿は初めてだったので、思わず面食らったのもある。本当ならすぐに謝罪して訂正しないといけないのに、口にするのがワンテンポ遅れてしまった。

 彼はそのまま走り去ってしまう。残された私は深い後悔の念で、心臓に何本も針を刺されたような気分だった。

 そんなつもりじゃなかった。軽い冗談のつもりだった。でも彼にとってはとても大事なことで、私と対等の立場になりたくて懸命だったんだ。私はそれを、彼の純粋な気持ちを、自らの手で穢してしまった。


 それから彼とはぎくしゃくとした関係が続いた。いつもならどちらかが謝って仲直りするはずなのに、私は彼にとって一番大事なものを穢してしまった気がして、かける言葉が思いつかなかった。


 仲直りが続かないまま、その日がやってきた。突如世界は割れてこの世界に異世界という存在が現れる。世界と世界が融合する荒唐無稽な話。人々はウタカタと呼ばれる能力に目覚め始める。


 「え……これ……夢と同じ内容……?」


 私はそれを知っていた。幼い頃見た夢。ありえないファンタジー。それが今、現実として起きている。違うことがあるとすれば、それは雨宮くんの存在だった。

 私は駆け出した。理由は分からない。だけれども何もかもが手遅れになりそうな気がして、私は雨宮くんのもとへと走っていった。


 彼の自宅は知っている。何度も遊びに行ったことがある。小さな家だが暖かな家庭だった。しばらくは行っていなかったが、道順は完全に覚えている。

 無我夢中にチャイムを鳴らす。


 「はーい……あら……あなた綾音ちゃん?久しぶりねぇ、大きくなって。どうしたのそんな息を切らして。」


 雨宮くんの母親が出てきた。おっとりとしているが上品な女性だった。私の知る大人の女性はブランド品で身を固め、口を開けば自慢話ばかりの低俗な大人ばかりだったが、この人だけは違った。こんな大人になりたいと、私は常々思っていた。


 「雨宮くんは……ハァハァ……雨宮くんはいますか!!?雨宮くんは!!?」


 きっと物凄い剣幕だったのだろう。彼女は驚いた表情を浮かべていた。私はそんな姿を見て冷静さを取り戻し、深呼吸をしてもう一度、雨宮くんの安否を尋ねた。


 「蒼音なら……家にいるわよ?それより綾音ちゃん大丈夫なの?今、外は危ないっていうじゃない。」


 その言葉を聞いて、私はいてもたってもいられず、彼の母親の横を抜けて走り出した。階段を駆け上る。部屋の場所も覚えている。ノックもしないで扉を開けた。


 「雨宮くん!!」


 勢いよく扉を開けると、そこには彼がいた。いつもと変わらない様子で。それが酷く嬉しくて、私は腰が抜けたかのように膝をついて崩れ落ちた。


 「あ、彩音ちゃん!?びっくりしたぁ!?いきなりどうしたの……。」


 彼は驚いた様子を見せたが、崩れ落ちた私に駆け寄り部屋の中へと案内してくれた。


 気まずい沈黙が続く。勢いでやってきたが話をすることを考えていなかったので、必死に何を話すべきか考えるも良い話題が思いつかない。いつもなら何も考えずに自然に話せるのに、どうしてこんな時に限って言葉が思いつかないのか、どんくさい自分を呪う。


 「あ、あのさ雨宮くん……その調子はどうかな?最近話せていないけど……。」


 最悪な第一声だった。まるで社会人の社交辞令みたいな話題だった。向こうも同じことを思っていたのか、思わず彼は吹き出した。


 「何だよそれ、おっさんくさすぎだろ綾音ちゃん。」


 そして笑った。悪意のある嘲笑いではない。いつもと変わらない、私たちが普段交わす冗談を交わした時みたいなやり取り。

 それから堰を切ったように色んな話をした。今まで話せなかった分、全部を話したんじゃないかと思うくらいたくさん話をして、気がついたら日が暮れそうになっていた。いつまでもこんな時間が続けば良いのに、時間は残酷に流れていく。

 もう帰らなくてはならない。その前に私は本当に伝えたかったことを、勇気を出して口にした。


 「あ、あの……ごめんなさい。私、この間は酷いことを言っちゃったの。雨宮くんは一生懸命しようとしてたのに、私はそれを馬鹿にするようなことを言って。ごめんなさい。本当は妬ましかったの。私に内緒で、パパと何かをしていたことが。」


 バツが悪そうに、伏し目がちに謝罪の言葉を伝え、そして頭を下げた。

 その時、私は驕っていたのかといわれると、そうなのかもしれない。何だかんだで雨宮くんは許してくれる。またいつもの関係に戻れると、そう確信していた。

 人の心の内なんてわからないものだというのに。


 「それでね、雨宮くん。私も玖月の人間なんだし、その新しい事業を手伝いたいと思うの。良いでしょう?だってパパの仕事はいずれ私がすることになるんだから。今のうちに私が雨宮くんと一緒に仕事をしてもそれは全然おかしくは……。」

 「駄目だよ。」


 それは冷たい言葉だった。ナイフのように、胸の内に突き刺さるような、突き放すような言葉だった。


 「え……い、いやだなぁ!まだ怒ってるの?ごめんって……本当に反省してるの。しょうがないなぁ、だったら何をしてくれたら許してくれるの?」


 声が震えているのが自分でも分かった。平静を装おうとしているが頭の中は滅茶苦茶で、すがりつくように、いいや助けを乞う子羊のように雨宮くんに許しを懇願した。


 「聞こえなかったのかな綾音ちゃん。駄目なものは駄目だ。」


 だがそんな態度を、まるで興味がないかのように、私を突き放した。感情のない言葉だった。


 「邪魔なんだよ綾音ちゃんがいると。鈍臭いし弱い。綾音ちゃんはお嬢様なんだからあの大きな屋敷で、いつまでもいれば良いんだ。籠の中の小鳥は外に出ない方が幸せなんだよ。」


 何も言えなかった。頭が真っ白で、どうして彼がこんなことを言うのか理解ができなかった。

 ノック音がする。雨宮くんが返事をすると中に誰かが入ってきた。


 「やはり雨宮様のところにいましたか綾音様。突然、屋敷を出て……爺は心配しましたぞ。」


 爺だった。家を飛び出した私を迎えに来てくれたのだ。放心した私を抱えて、部屋から立ち去ろうとする。


 「さようなら綾音ちゃん。」


 雨宮くんの声が頭に響く。私の頭の中で何かが壊れた。

 抱きかかえる爺を振り払い、彼の部屋へと駆け出す。


 「どうして!どうして雨宮くん!!私、そんな悪いことした!!?私何も悪いことしてない!!ちゃんと謝った!!何でそんな酷いことを言うの!!?ねぇ答えてよ!!!答えろよ!!!」


 気がつくと爺に羽交い締めにされて、彼のもとへと駆け出すことはできなかった。もし爺がいなければ私は、雨宮くんを押し倒して、思い切り殴りつけて、その首を締めて、何が何でも今の言葉を訂正させてやる勢いだった。そのくらい頭に血が上っていた。ケンカはたくさんしたけども、ここまで本気で憎悪に近い怒りをぶつけたのは初めてだった。


 結局私は、爺に引きずられて、雨宮くんの家の外に停めていた送迎車に押し込まれた。我ながら酷い暴れようで、雨宮くんのお母さんも慌てた様子だった。食器や小物もいくつか壊したと思う。

 車の中には爺以外にもメイドがいて、暴れる私を後部座席で押さえつけながら、無理やり玖月屋敷へと戻されたのだった。

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