二人だけの真実
それから雨宮くんとはよく遊ぶようになった。父も公衆の面前であんなことをするとは思っておらず苦笑いを浮かべていたが、雨宮くんが家に遊びにくることを快く了承してくれた。彼ならば大丈夫、信用ができると。
時は流れ、同じ小学校、同じ中学校へと通い、いつしか私は彼と一緒にいることが当たり前のことだと思うようになった。
勿論、喧嘩もよくした。最初の喧嘩は私はままごとをしたいのに彼は庭を駆け回りたいと言い張り、お互い譲らず言い争いになった。そこから好きな食べ物の違いや、好きな漫画、映画の違い。本当に些細なことでよく争い、自分とは全然違うと不機嫌そうにメイドに愚痴ることも多かったが、なんだかんだで最終的にどちらかが謝っていつもどおりの関係に戻る。それが私と雨宮くんの関係性だった。
そして高校生になる時期の話だった。同じ高校に受験し無事に合格した私たちはこれからのことを語り合っていた。
「高校は中学と違って色々と自由みたいで楽しみだなぁ。ねぇ雨宮くんは何か部活とかするつもりなの?ほら見て見て、学校のホームページ見直してるんだけど劇場顔負けのホールまであるみたい。」
私は嬉々としてこれからの高校生活を夢見ながら雨宮くんに話しかけていた。だが彼はいつもと違い憂いた表情を浮かべていた。同じ高校に行くことが決まったというのに嬉しくないのか少し不安になった私は、意地悪な笑みを浮かべて質問した。
「どうしたの浮かない顔して……ひょっとしてぇ今更、私と同じ学校に行くのが嫌になったとか?」
「い、いや違う違うよ!」
慌てた様子で否定する彼が愛らしく、思わず微笑む。
「いや……ただ……ね。本当にこのままで良いのかなっていうのは正直思ってる。」
「このままで?何、やっぱり私と同じ学校に行くのが嫌だっていうこと?」
「だから違うって!ほら、彩音ちゃんはお金持ちだからわからないだろうけど、小学校も中学校もさ、知ってるだろ?周りはどこかの社長さんや芸能人のお子さんばかり。いわゆる上流階級向けの学校なんだよ。授業料だって馬鹿にならない。それでも俺が今まで通えていたのは他ならぬ……玖月家の支援があったからなんだ。君のお父さんは気にしないでくれと言うけど、やっぱり悪い気がするよ……。大学なんてもっとお金がかかるんだろ?」
彼の言うことはもっともだった。私とて馬鹿ではないので知っている。彼と私は住む世界が違う。それでも同じ世界にいられたのは、父が支援をしてくれていたから。きっと命の恩人である彼だから、その恩を返すためなのだろう。
だがそれは彼自身を縛る鎖にもなっていた。気がつけばその厚意に応えなくてはならないと、彼自身を追い詰めるものになっていたのかもしれない。
「馬鹿なこと言わないでよ。じゃあ雨宮くんは嫌だったの?今まで小中学校の学生生活は窮屈で、本当は転校したくて仕方なかったの?」
「そんなこと言っていないだろ!だから俺はただ申し訳がつかなくて……。」
声を荒げる彼の口に指をあてる。思わず彼は黙り込んだ。
「私は気にしてない。ううん、私は一緒にいたいと思ってる。これまでも、これからも。それじゃあ……駄目なの?」
彼の目をじっと見つめて私は思ったことをそのまま口にした。彼は唖然とした顔を浮かべ、そっぽを向く。
「ちょっと、何で無視するの?答えなさいよ。」
「う、うるさいな……分かったよ。分かったから……。」
私と彼はいつもどおり二人で帰路に向かいながらそんな話をしていた。
美しい夕焼けが広がっていた。夕日が雲を赤く染めて、空というキャンバスにグラデーションを描く。丘の上から見えるこの街の景色。学校帰りの放課後、茜色に染まった二人で見る景色。これが私たちの日常だった。
でもその時本当はもっと真剣に話すべきだったのかもしれない。いや、何度繰り返しても同じだった。きっと彼はそういう人なんだ。嫌というほど分かっている。
夕焼けはやがて日が沈み暗くなる。





