会いたくて
爺はグレムリンの手により酷い傷を負っていたが、命に別状はなくしばらく入院する程度で済むということだった。念のため検査をされた私は別段異常はなく、警察にいくつか質問をされたものの即日開放されることになった。
すっかり時間が経ってしまい、外は既に真っ暗だった。ふと私のことを助けてくれた少年のことが気になり、警察官に彼の名前を尋ねようとしたが、プライバシー保護の観点から教えてくれないらしい。
帰り際、爺は入院をしているということで、久しぶりに父の運転する車に乗った私は、今日あった出来事を嬉々として、まるで初めて冒険を終えたかのように父に話をした。
「楽しそうだね綾音、そんなにその男の子のことが気になるのかい?」
当時の私は巻き戻りの知識はあれど幼いこともあってか、父のその言葉に深い意味を感じず、ただ思ったとおりの気持ちを伝えた。きっと興奮していたことも原因だろう。
「うん!だって凄いの、誰も助けてくれなかったのに一人勇敢に飛び込んできて、凄い大好きなの。ねぇパパ、また会いたいな。名前も知らないの。」
「そうだね、彼は綾音と爺の命の恩人だ。お返しをしなくては玖月家の名誉にも関わる。落ち着いたらホームパーティーに招くことにしよう。」
「本当に!?わぁパパ大好き!!」
「はは、当たり前のことをするまでだよ。その子には私からも、色々と話したいことがあるからね。」
今思えば父のこの発言に疑問を抱くべきだった。私は知っていたはずだ。ここから先、ずっと私に対して他人との関わりを断ち切っていた父。だというのに、なぜかこの時だけは、命の恩人とはあれど、積極的にその子との引き合わせようとしていたことは、何か変だと。
ホームパーティーは爺の退院に合わせて行われた。私はその日が決まったとき、とてもわくわくしながら、その日が来るのを今か今かと待ち続けた。まるで誕生日パーティーやクリスマスパーティーを待つかのように。
当日、ホームパーティーは盛大に行われた。多くの玖月財閥の関係者が参加し、社交場のように大人たちが腹に何かを抱え挨拶に回る。私もドレスを着せられて、参加するよう言われた。こういう場は何度か過去にもあり、決まって大人たちは下衆な目を向けて自分の子息を私に紹介していた。本当に嫌気がさしていたが、今回のパーティーは違った。ルーチンワークのように、いつもの如く興味もない大人たちの自慢話と、興味もないその息子の紹介。
私はきょろきょろと見回していた。目当ては勿論あの子だった。父の話だと招待しているというのにどこにも見つからない。父は意地悪なときもあるが嘘はつかない。この会場のどこかにいるはずなのだから、私は何としても見つけ出そうと躍起になっていた。
「こんなところにいたのか綾音。探していたよ。」
父が声をかける。大勢の人たちへの挨拶を終え、ようやく私のもとにやってきたのだ。
「パパ、パパは嘘をつかないよね?あの子はどこにいるの?招待したって言ったよね?」
どこを見回しても見つからないあの子。私は不安そうに父に尋ねると、父は微笑みながら答えた。
「言っただろう綾音。彼はこのパーティーの主賓だよ?そこらの一般客のようにするわけがないじゃないか。さぁおいで。」
父の手を握り、連れて行かれたのは壇上だった。大人たちがよくわからない演説をしている場所だった。
「皆さん、本日は玖月のためにご足労ありがとうございます。さて本題となりますが、皆さまご存知かもしれませんが、先日我が愛娘と執事のものが悪漢に襲われる事件がありました。警察官すら二の足を踏む凶悪な犯罪者にです。ですがこうして娘は無事です。なぜでしょうか?報道機関は詳しく報道しませんでした。目撃者も多くいましたが半信半疑でしょう。ですが確かにいたのです。我が娘を窮地から救ってくれた小さな英雄が。本日は彼に感謝の意を伝えるために開催したパーティーでもあります。さぁ……来るんだ雨宮くん。」
───雨宮くんというんだ。私は胸が高鳴った。
長ったらしい父の演説のあとに、壇上の奥から男の子が現れた。今まで紹介のあった大人たちのご子息と比べるとみすぼらしい格好だった。あれは玖月家が用意したものだとすぐに分かった。不格好で着慣れていないことがよく分かる。お世辞にも良家の人間とは思えなかった。
それでも私にとっては今までで一番魅力的な男の子に見えた。照れくさいのか彼は顔を真っ赤にして、中々こちらに来ない。それがとても煩わしくて、私は気がついたときには彼に向かって駆け出していた。
「私の名前は綾音!玖月綾音!ずっと会いたかったの君と!」
驚く彼を公衆の面前でぎゅっと抱きしめた。
もう二度と離さないと、ここで何もなく別れてしまったら、二度と会えないと、そんな気がしたから。
夢のこともあった。私は本来ならばこれからずっと一人ぼっちで人生を終えるはず。なのに彼と巡り会えたのはきっと奇跡なのだろうと。ならその奇跡は泡沫の夢では終わらせない。永遠のものにしなくてはならないと、その時、私は本気でそう思っていた。





