奇跡の特異点
───アンブロースと名乗る男は俺と瓜二つだった。厳密に言えば雨宮蒼音と瓜二つなのだ。
「こ……れは……どういうことだい?アオト、君には双子の兄弟でもいたのか?」
千歳は驚いた様子を見せる。千歳から見てもあまりにも瓜二つで困惑を隠しきれない様子だ。
「双子。あぁそうだ、そのとおりだよアオト。記憶を喪っているから忘れたのだろうが、私は君の一卵性双生児。血肉を分けた兄弟……。」
白々しい態度だった。奴は俺が記憶を喪っていると思っている。それは間違っている。中身が別人になっているだけだ。そして、その中身は奴にとって予想にもしない人物。
「嘘をつくな。てめぇはこの世界の人間じゃあねぇだろ。肉体の作りが明らかに違う。ユグドラシル界の人間だ。」
この世界とユグドラシル界の大きな差異は魔力の有無。故に見ることができるものならば違いは明白。アンブロースと名乗る男からは魔力が満ち溢れていた。隠す気配すらない。秘匿事項も完全に無視だ。仮に蒼音の双子ならば、この世界の人間であるというのに、あのような身体であるはずがない。
「む……記憶喪失と聞いていたのだが、随分と芯がある。まぁ良い、些細なことさ。それよりもこんなところに何の用事かな?パーティーの会場はここではないのだが?」
「この記録は何だ。この世界に古くから干渉している記録、凄惨な実験。非人道的所業。このようなことが許されて良いと思っているのか。」
実験記録を見せつける。しかしアンブロースは動じる様子すら見せなかった。
「有意義な実験だろう?おかげでこの世界のことが理解できた。魔力も持たぬ低劣者、原始人か?そんな連中に我々は叡智を授けようとするのだ。」
さも平然に、当然のことのように答える。その言動に一片の曇りもなかった。
「あなたが……?私のお父さんやお母さんを……?違う……違う違う違うッ!!私のお母さんもお父さんも死の淵で懸命に生きていた!懸命に私を守ろうとしていた!!それを……それを消耗品のような扱いにするなんて、許せない……!!」
雪華の周囲に無数の刃が形成される。同じだ。切り裂きジャックとして、彼女が殺人鬼として言われた所以。
「ウタカタか……これだけは敬意を払おう。我々には持ち得ぬ力だからな。」
問答無用。雪華の刃がアンブロースの首を狙い振り払う。その刃は首を刎ねる……はずだった。
刃は首をすり抜けた。アンブロースは涼しげな顔をして立っている。
「君のウタカタは知っている。確か……何度目かな。もう忘れたよ。最初は驚かせたが大したことはない。同じ反応をして、つまらない女だ。」
その言葉を無視して雪華は無数の刃を斬りつける。だがその刃は決して彼を切り裂くことは無かった。周囲の構造物は切り裂けているというのに。
「ウタカタとは想いを具現化する力。魔法とは似て非なるもの。斬撃魔法とは魔力を刃状に構成し切り裂くものだ。ただ斬りたいという欲求。なくはないが……それは君の本心では……ないだろう?」
彼女のウカカタは斬撃魔法に類似したものだが根本的には異なる。ただ切り裂くだけのウタカタにハイレベルスコアは叩き出さない。
その刃先が切り裂くものは願い。想い。森羅万象あらゆるものに込められた役割を切り裂く。結果として絶たれた構造物は役割を終え切断され、生命体は絶命する。拒絶の力である。故に受け止めることは困難。
だが世界には存在する。願いも想いも持たない存在が。虚無のような存在が。アンブロースの心は闇夜そのものだった。深淵に刃物は届かない。切り裂く刃は宙を舞うだけなのだ。
「その力は恐ろしく、驚異的なものだ。だが同時に儚く脆い、本質さえ理解していれば対応策はいくらでもある。」
アンブロースは手をあげる。するとどこからかマシンアームが出現した。おそらくはイカロスの防衛機構。自由変形する金属で覆われた船体は、プログラムによりあらゆる姿に変貌する。
「その女などどうでも良い。私が欲しいのは君だけだアオト。私は君の全てが欲しくて、ここまでやってきたんだ。数多の幾千もの螺旋状に連なる因果を束ねて、確実な今を求め続けて。」
俺は後ろを見た。千歳と雪華、二人を巻き込まずに戦えることが可能だろうか。敵の戦力も未知数。アンブロースの護衛たちも相当の実力者であることが分かる。
「アイビー、ここから脱出できる方法は……。」
『エラー、秘匿事項。認証コードヲ入力シテ下サイ。』
まただ、アンブロースとかいう男に絡むことは全てアイビーがエラーを出す。この男は何者なのか。
マシンアームが俺たちに迫りくる。未知情報は多いが戦わなくてはならない。身構えたその時だった。光点が現れた。それは見覚えがあるもの。学校にテロリストがやってきた時、世界が融合したとき……。
光は広がる。光の中から人型の存在が現れた。あの時と同じだった。その謎の存在に抱えられ、俺たちは室外に飛び出した。そこはパーティー会場だった。零士に案内された場所。一般招待客はまだいないが、先に集められたものでちょっとした会合のようなものが開かれていた。
「誰なんだあんた!助けてもらったのはありがたいが名前くら……い……。」
その人型の存在に覆われた全身スーツが少しずつ砂のように崩れていく。あまりにも奇妙な動きだったが人間だったのだ。そしてそれは見覚えのある姿だった。
「綾……音?何なんだお前……。」
そこに立っていたのは玖月綾音だった。ドレス姿でこの会合に参加していたのだろう。
参加していた……?おかしな話だ。だって光点から現れて俺たちを助けに来たのだから、参加するのはこれからのはず。記憶が一致しない。彼女の行動がおかしい。同じ時間軸に何人もの綾音がいるような錯覚に陥る。
笑い声が会場に響き渡る。アンブロースの声だ。
「今日は何と素晴らしい日だ!ハハハ、片割れを回収できるだけでなく、奇跡の特異点まで見つけられるとは!!」
とても愉快そうに笑う。その姿を綾音はじっと睨んでいた。下唇を噛み血が滲んでいた。





