鏡合わせの自分
周囲にバレないように魔法を展開する。隠し通路、魔力のあるものにしか分からない道がどこかにあるはずだ。移民船は内部構造を迷路のように複雑にしていて万が一、敵対知的生命体が侵入したときでも対応できるようにしているのだ。
見つけた。ユグドラシルのものにしか入れないシークレットコード。俺ならば先に進める。
そこは一見すると人が一人ギリギリ入れるかどうかの狭い通路。成人男性なら途中で詰まりそうなものだが全ては幻覚だ。
「お、おい大丈夫なのかそんなところに行って!」
「大丈夫!見失わないようについて来てくれ。」
半信半疑で彼女たちは俺についてくる。奇妙な感覚に囚われながら隠し通路を進むと、そこは移民船イカロスの裏手についた。
イカロスは広大だ。一々全てをまわっていてはきりがない。故にリスクを覚悟で探知魔法を起動する。
探知魔法というのは便利なもので目標物が不明瞭でも自分の欲しい物を探し出す能力がある。もっとも俺が使うからこそ、そこまで優秀なものになるわけだが。
「こっちだ。」
怪しいものを見つけ駆け出す。扉は既に解錠魔法で開けている。警報装置も解除済みだ。
部屋の中は資料室のようだった。いくつものファイルが積まれていて、数が多い。探知魔法が示すのは端末と書類棚。端末はこの世界の人間には扱えないオーバーテクノロジーであるため俺が調べる。千歳と雪華には書類を調べるようお願いした。
「これは……トーマスが見たらおったまげるな……。」
キーボードを叩く。端末には計画概要書が入っていた。此度の融合計画の概要、現地民との協力、そして実験……。
ガシャンと音がした。振り向くとファイルが床に乱暴に転がっている。雪華が地面に投げ捨てたのだ。
「なにをしているんだ。やれやれ殺人鬼というのは文字も読めないのかな。大事な資料だというのに。」
千歳は雪華が放り出したファイルを拾う。彼女らしからぬ行動だったため不審に感じた。ページをめくり目を走らせる。
報告書のようなもので雪華が見つけたであろうページに目が止まる。
───実験の結果は上々だった。この世界を見つけた時は心躍った。最初は偶然だった。その偶然がありえぬ奇跡を引き起こした。だがそれは僅かな細い糸。確実なものにするために我々は尽力しなくてはならない。
モンスターとは魔力さえあればどこにでも生成される生き物。環境適応能力が高い。故に実験には最適だった。結果、痛ましい犠牲者は出たがこの世界の人間には分かりやしない。モンスターが起こした事件など立証できないのだ。
気にかける必要もないが運良く生き残った哀れな少女は手厚く生活を保証しよう。痛ましいことだが奇跡の成就に必要な犠牲だったのだ───。
「これは……雪華か?君は……。」
手に持ったファイルには生き残りとされる少女の写真があった。幼いが雪華の面影を感じる。千歳の持つ手は震えていた。その凄惨な実験と呼ばれる虐殺の数々を。とても人の所業とは思えなかった。
「あれは事故だったの、事故でなくてはならないの。でないと私は一体何のために生きていたの?まるで哀れなピエロそのもの。」
伏し目がちに雪華は答える。その声はか細くて、その姿は恐ろしい殺人鬼ではなく、酷く怯えた、触れると壊れてしまいそうな幼くか弱い少女に見えた。
かける声が見つからず気まずい空気の中、出入り口の方で足音がした。身を隠す時間もなく、扉が開いた。
「お、お前たち何者だ!ここで何を……え!?あ、あなたは……?」
屈強な男たちだった。黒服にサングラス。典型的なガードマンである。入ってきた人物はとてつもない大物であることが連想された。
そして奇妙なことに、彼らは俺を見るや否や、威圧的な態度を一変させた。俺と目が合った瞬間、彼らは萎縮し始めたのだ。
ガードマンの後ろにいた仮面の男が顔を出す。
「おや……おやおやおや、これはこれは。まさかそちらから出迎えるとは。初めまして、雨宮くん。テレビで見たことがあるかな?勇者としての私の勇姿を。」
勇者───。男は自分のことをそう呼んだ。世間を賑わせている異界域のヒーロー。ゴブリン如きを退治した程度で英雄を騙る詐欺師だ。
勇者の名前を出しても俺たちが警戒していることに気がついた男は、仕方なさそうにため息をついて仮面に手をかけて外す。
「私の名前はアンブロース。アンブロース・ユグドラシルだ。ずっとずっと、君が生まれてからずっと会いたかったよ。」
俺は言葉を失った。その男はよく見た顔だった。
自宅でよく見かけた顔だった。
その姿は、まるで雨宮蒼音と……俺と瓜二つだったからだ。





