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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
結末の濫觴
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狂い咲いた華

 ───狂咲雪華はもともとこの地域の人間ではなく少し離れた郊外出身だった。

 両親や人間関係に大きな問題はなく良好。普通の少女だった。その時がくるまでは。

 ある日のことだった。深夜のことだった。眠っていた雪華は無理やり父親に起こされる。幼い彼女はその意味がまるで理解できなかった。父親は雪華の言葉を無視して衣装棚に雪華を詰め込んだ。

 父親は今まで見たことのない剣幕で「絶対に音を立てないで、この中で大人しくするんだ。」と幼い雪華に釘を指すように伝えて立ち去っていった。幼い雪華には初めて見せる父の深刻な言葉が怖くて、大人しく従うしかなかった。


 静まり返った室内。すっかり目が覚めてしまった彼女は普段とは違う暗い室内が怖く感じた。だがそれでも声を押し殺す。父親に言われたことを絶対に守らなくちゃならないと、なぜだかその時は強く感じたからだ。

 しばらく経ってのことだった。衣装棚の隙間から見える不気味ないきものがいた。どの図鑑でもテレビでも見たことない。それが何かを引きずっていた。引きずっていたものはうめき声をあげながら、よせばいいのに、その不気味ないきものに必死に食いかかっていた。

 悲鳴があがる。その時、初めて彼女はそのひきずられているものが何か分かった。


 それは自分の両親だった。一見では分からないくらいに傷だらけになって、それでもなお不気味ないきものに抵抗を続けている。

 不気味ないきものは自分の両親を殺害していた。ただ殺すのではなく、あまりにも残酷で見るに堪えない凄惨なものだった。

 どうして懸命に抵抗を続けているのか幼い彼女でも分かった。自分を守るために、この部屋にやってこさせないために、不気味ないきもの相手に戦っていたのだ。


 零れそうな悲鳴を無理やり抑え込む。手で口を覆う。それだけでは駄目だ。目で見なくても悲鳴が耳に入る。血の匂いが鼻にこびりつく。だが今ここで悲鳴をあげてしまえば、両親の決死の努力は全て無為に終わる。

 彼女が本能的に取った選択は一つだった。


 翌日、彼女は駆けつけた警察官に保護される。その目には光はなく、正気は喪われていた。


 朝、雪華は目を覚ます。見慣れぬ部屋だった。なぜこんなところにいるのか、記憶は辿りたくない。嫌なことも一緒に思い出すからだ。何も考えず戸を開けて外に出る。

 部屋の外は少し暖かった。匂いもした、料理の匂い。ホテルの一室にしては簡素というか素朴なつくり。疑問符を浮かべながら階段を下りる。

 女がいた。中年女性。


 「あら雪華ちゃん、もう目が覚めたの?うちのアオトはいつもぎりぎりにならないと起きなくて……ごめんねまだ朝食の準備ができていないの。テレビでも見てゆっくりしててね。」


 屈託ない笑顔。

 胸が軋んだ。何故かは分からない。どうして自分がここにいるのかも分からないけれども、今この胸の中にある暖かな気持ちは間違いのないものだった。

 黙って中年女性の隣に立つ。


 「あら、また手伝ってくれるの?雪華ちゃんはうちの子のお友達なんだから遠慮しなくていいのに……。」

 「良いんです。これは私が好きでやることですから。」

 「そうは言っても……朝起きたばかりでしょう?そんな顔じゃあアオトにも嫌われるわよ?まずは身支度をしなさいって。」


 洗面所に押し込まれる。顔を洗う。冷たい水も今は心地がよかった。



 「いや泊まってけって言ったのは俺だけど……馴染みすぎてない?」


 母親の隣で俺を無視して世間話をする雪華を見て俺は思わず呟く。


 「……ひょっとして嫉妬してますか王子様?」

 「してないよ!なんでするんだよ!どんだけ自己評価高いんだよお前は!!」


 そんな少し変わった朝の光景。テレビでは相変わらず異界域の話。


 「昨日、政府は"勇者"と名乗るものた会談を~」


 テレビのその言葉に即座に反応し席を立つ。そしてテレビの前でニュースの詳細を確認した。

 だが大した情報はない。勇者の顔も確認できず、ただ政府と約束を結んだということだけ。その内容も勇者がこの世界のために活動してくれる見返りに衣食住を提供するという、あまりにも大雑把な内容。


 「連中がこの程度で済むわけがねぇ……今に尻尾を掴んでやるからな。」


 テレビに映る政治家たちの顔を見ながら、そう固く誓った。




 ───学校。

 勇者のこともあるが、涼華から聞いた話も確認しなくてはならない。教室に入り次第、綾音を探す。


 「おはよう綾音、スマホのメッセージ送ったんだけど気づいてた?」

 「……なに?記憶が戻ったの?」


 まずは軽く挨拶をするが、綾音は不機嫌そうに答えた。


 「いいや、ただスマホにやりとりが残ってて……それで……。」


 涼華から彩音との関係を聞いた。ということを話そうと思ったが少し思案する。蒼音おれは玖月財閥に監禁拷問された。涼華は綾音は関係ないような言い回しだったが、玖月財閥のしたことを本当に玖月綾音がまったく知らないということがあり得るのだろうか。

 涼華の存在は切り札だ。もし綾音が涼華の話と食い違う話をしたりすれば……その時は間違いなくクロである。


 「それで……なに?」


 訝しげな表情を浮かべ綾音は俺の様子を見る。


 「いや……その……それでこの間、お前手下を使って俺を囲んだだろ?どうしてそんなことをするようになったのかなと……。」

 「関係なくない?いつまでも昔のことを引きずって、馬鹿みたい。私が"そういうこと"をしたのは貴方のことが嫌いだから。なに?自分から関わるなと言いながら、掌返すの?」


 昔って一ヶ月くらい前のことなんだが……。いやこの世界の常識を知らないのでもしかしたら一ヶ月は大きな時間なのかもしれない。そこを突っ込んで蛇が出てきたら身も蓋もない。


 「わ、分かったよ……関係性のことはこの際どうでもいいさ。だがこれだけは教えてくれ。俺は玖月財閥で何をしていたんだ?」


 その言葉を聞いた瞬間、綾音は血相を変えて立ち上がる。


 「どこまで思い出したの。」

 「い、いや全然……でも何かスマホに昔のことがないかなって見たら予定表に玖月財閥絡みがたくさんあって……とても綾音と絶交している間柄じゃないように見えてさ。」


 勿論、嘘である。蒼音は予定表にそんな記録を一切残していなかった。おそらくは隠蔽のため。万が一にも自分の行動を外部に知られないために、予定は全て頭の中に叩き込んでいたのだろう。


 「……分かったわ。だったら放課後一緒に行きましょう。私の家に、玖月財閥の屋敷にね。」

 「そうだよな……やっぱりそんな簡単には……ん?」


 少し頭の整理が追いつかない。今、彼女は何と言ったのか……もう一度確認をする。


 「えっと……彩音の家に行ってどうするの?ボードゲームでもするのかな。」

 「そんなことがしたいの?いやまぁ別に良いけど……玖月財閥のことが知りたいんじゃなかったの?」

 「マジかよ……何か拍子抜けで驚いた。なんかこう……抵抗とかあるのかと。」

 「どうせ断ったところで無理やり、侵入しようとするんでしょう?隠すことなんてないんだし、そんなことされても迷惑だから正面から招くだけ。それとも正面から招かれると都合が悪いの?」


 図星だった。断られたら隠蔽魔法で侵入する気満々だったのだ。

 都合が悪いかというと半々だ。正式に招かれるならリスクは皆無だが、当然隠したいものは未然に隠せる。本当に知りたいことが知ることができない可能性もある。

 それでも、絶好のチャンス。本人が来いというのだ、誘いに乗らなくては男ではない。


 「いや、まったく。ただ千歳もできれば一緒に……。」


 千歳の席を見るとまだ来ていないようだった。もうチャイムが鳴りそうなのに珍しい。


 「東雲さんなら昨日も休みだったけど。てっきり貴方と何かつるんでると思ってたのだけど……違うの?狂咲さんも休みだったし。」


 狂咲が休んだ理由は察せる。だが千歳はよく分からない。体調でも悪いのだろうか。とはいえ別に玖月財閥の屋敷に向かうだけだ。千歳とは協力関係を結んでいるだけで、別に今回屋敷に同行してもらう必要もないだろう。


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