顕現する異常性
「ご覧ください!今、異界域からやってきたという人々が姿を見せています!今日という日は歴史的瞬間になるでしょう!!」
ニュースではマスコミが大騒ぎしていた。記念すべきこの世界で初めての異世界遭遇だからだ。"勇者"とかいうふざけた名前の奴はどんな顔してるのか見てみようと思ったが、どうもテレビには映っていなかった。
だが、それ以外のメンバーの顔は知っている。主だったメンバーは政治家だ。それもきな臭い連中。空賊キャプテンドレイクとして活動していた頃にターゲットにしようか検討していた相手。
「異界域に出現したモンスターと呼ばれる集団を倒したとのことですが……。」
「そうです。異世界の皆さま方はどうぞご安心ください。モンスターは危険極まりない存在。我々も手を焼く強力な相手でした。ですが!我々は新たな世界の人たちの架け橋となれるよう、命をかけてでもモンスターを掃討します!そう、我らが勇者の手によって!」
彼らは意気揚々と、命がけだの、生死を彷徨うだの、大層な言い回しで、マスコミを驚かせている。
ペテンだ。ゴブリンなんてユグドラシル界の人間なら大したことないくらい誰もが知っている。
そんなことも露知らずか政府は彼らを国賓として扱い、今、官邸に招待している。
ニュースでは今後の彼らとの関係について政府関係者の証言や専門家の意見、コメンテーターが白熱した議論を繰り広げていた。皆が興奮していた。まるで遊園地のアトラクションを前にした子供のよう。
「……哀れなものだな。これが侵略の一手だなんて、想像もつかないのかこの連中は。」
この世界にどれだけの価値があるかは知らないが、ユグトラシル界ではよくあることだった。少なくともここの世界の人間は俺たちと同じ外観をしている。奴隷商は喜んで、商品を漁ろうとするだろう。もし有用な希少資源があれば更に悲惨だ。この世界の文化レベルならあっという間に侵略され、植民地化。この世界の人間は全員奴隷。
つまらない考えがよぎる。義賊としての職業病だろう。今までの一連の事件が、何者かが絵を欠いているような気がして、苛立ち、不快感、そして義賊としての魂が奮い立たとうするが……。今大事なのは蒼音のこと。履き違えてはならない。
朝食を摂る。そういえば今日は雪華がいない。毎日勝手に押しかけてきそうなものだったが、そんなことはないようだ。それとも昨日の出来事が原因だろうか。彼女はゴブリンの所業を見て明らかに錯乱していた。人の死などいくらでも見てきて、人の命を軽々しく奪ってきた殺人鬼がどうして?俺に殺されかけた時ですら平静……それどころか興奮を隠しきれなかったというのに何故なのか?
「うーむ……この世界の人間の気持ちがわからない。」
『推察。雪華様はそもそも常軌を逸した精神状態。論理的に行動を分析するのは困難と予想。』
アイビーの分析のとおりかもしれない。ただ……どうも引っかかる。これはデータや分析で得られたものではない。空賊としての直感。
モヤっとした頭の中、玄関のドアノブに手をかける。
「それじゃあ行って来まバハバアバババ☆ハアアバ゛!!☆!??」
突然の衝撃。いや雷撃。神経が跳ね上がり叫び声を上げるが握りしめたドアノブは筋肉の収縮反応により離れない。このままでは死ぬ!アイビーの自動保護プログラムを起動……しようとした時だった。
ドアが向こう側から開いた。俺は電撃の衝撃で足取りもおぼつかず、ふらつき、ドアに身を委ねて外へと倒れていく。
だが地面にはいつまでも激突せず何者かによって支えられた。
「あ?やりすぎたか?っかしいなぁ……これそこまで出力弄ってないはずなんだけど……。」
「誰だ……あんた……。」
力ない声で応える。
「へぇーお兄ちゃんから聞いてたけど記憶喪失なのってマジなわけぇ?その間抜けな顔も記憶喪失だから?」
身体を預けたとき、感触からして小柄なのは分かっていた。声からして女性。敵意はないが、悪意はあると感じた。
まだ雷撃の衝撃で力が出ない俺の身体を支えながら彼女は馬鹿にしたような口調で俺を見下す。
間抜けな顔なのは今、お前が電撃を与えたせいで表情筋が緩んでいるせいだと言いたい。
「でもさぁ……。」
明るい口調は一転、低いドスの効いた口調に変わる。そして俺は彼女に胸ぐらを掴まれる。
「既読無視とかどういう了見だおいこら?しかも通話も無視どころかお前意図的に拒否ったよなぁ?あたしが何度も何度も何度もかけたのによぉ?てめぇ、いい度胸してんじゃねぇか。」
間違いない。この女はスマホに大量通知のあった涼華という人物だ。あの宣言どおり俺を殺しに来たのだ!刺客なのだ!
繁華街、平日の午前中だというのに人で賑わい活気を見せている。道行く人々は私服にスーツと様々であるが学生は少なく制服姿の俺たちは目立つ。
そんなことを気にもせず涼華はカフェに俺を連れ込んだ。
勝手に注文をして二人がけの席で俺の正面に座る。目の前にはサイケデリックな色合いの飲み物。
彼女が俺に殺意を持っているのは明白だが蒼音の手がかりでもある。俺は敢えて彼女にされるがままに付き合うことにしたのだ。
「どうした?飲みなよ……あー記憶喪失なんだっけか?仕方ねぇな……ん。」
彼女は俺の前に置いている飲み物の入ったカップのカバーを外し、上に乗ったホイップクリームをスプーンですくい舐める。そしてストローを突き刺してぐるぐるとかき混ぜる。サイケデリックな飲料と生クリームがみるみると混ざっていく。
そして俺の前に突き出した。飲めということだろう。
「あま……。げきあまだな……脳が弾けそうだ。」
「好きだったんだよそれ、男のくせにな。あたしらよく来てたろ?それも忘れたのか?」
「覚えていないな。蒼音はどんな奴だったんだ?」
「馬鹿だったなぁ~。あたしの言う事もちゃんと聞かないで突っ走って……記憶喪失になるほど痛めつけられたんだろうな。」
言葉とは裏腹にその口調や表情は陰の入ったものだった。間違いない。彼女は蒼音について何か根本的なことを知っている。
「教えてくれ。俺は何を忘れているんだ。何があったんだ?」
「……玖月財閥にはもう関わるな。玖月零士はあたしらの手に負えないよ。」
それは確かに聞き覚えのある名前だった。
玖月……綾音の上の名前。確か地元の名士だったか。点と点が少しずつ繋がってきた気がした。
「お前は俺のなんなんだ?」
「パートナー。あたしたちはね同じ夢を見ていたんだ。でもそれは泡沫の夢。いーじゃん、こうしてまた二人でいられるだけで。もう……終わったことなんだから。」
彼女はそう言って憂いた目で微笑んだ。
記憶というか俺は別人だ。どう足掻いても蒼音の記憶なんて思い出せるはずがない。だが、それでもわかりきったことがある。彼女は嘘をついている。
「違うな、まだ終わりじゃない。教えてくれ、玖月財閥と俺の間で何があったんだ。それは俺が死ぬほどつらい目にあうことだったのか。」
彼女は口を閉ざす。意地でも話さないという固い決意を感じさせた。
「なら俺と玖月綾音の関係を教えてくれ。玖月財閥と関わるなと言うがあいつはクラスメイトだ。無理な話だろう、説明不足が過ぎる!」
「綾音先輩かぁ……ゆーて彼女も玖月の人間だし、どこまで信用できるか……でもさぁ……それは一理あるかも。連中の危険性は知ったほうが良いかもね。」
真剣な目で、俺にだけ聞こえるように、小さな声で彼女は俺に起きた出来事を端的に伝えた。
「あんたさ、監禁されて拷問されてたんだよ。他ならぬ玖月の連中にね。」
それはほんの一言だというのに、蒼音に起きていた異常性を示すには十分な説明だった。





