異界化都市
先発隊になることが決定し、軍用車に乗せられてしばらく経つ。屈強な自衛隊員たちが警備するキャンプ地にやってきた。皆、ピリピリしていて緊迫感が伝わる。
「我々が案内できるのはここまでです。こんなことを子供に頼むのは心苦しいですが……ご武運を。」
案内してくれた自衛隊員は敬礼する。
雪華はまるでピクニックに来たかのように上機嫌に車から降りて辺りを見回している。
千歳の言葉を思い出す。
「大丈夫なのかアオト?」
「ゴブリンが?千歳は知ってるだろ俺のこと、あんなの敵じゃない。」
「私はその辺は君のことを知ってるから信頼してるよ。ただ雪華だ。彼女と二人きりになるのは気をつけた方がいい。」
雪華は殺人鬼だ。俺の命を狙っているのかもしれない。だからこそ二人きりになるのは危険だと彼女は警告してくれたのだろう。
実際のところ彼女に襲われた自分たちだから、そう思えるだけで今、無邪気に辺りを散策している彼女を見て殺人鬼とは到底思えないだろう。
「アイビー、周辺探査を開始しろ。」
『了解しました。探査開始……ゴブリンと思わしき集団を発見しました。案内します。』
ゴブリンのパーソナルデータなんて俺のいた世界じゃ無償配布されてる。それをアイビーに組み込めば一瞬で見つかる。
「こちら雨宮と狂咲……次から先発隊って言えば良いのか?これより異界域に侵入する。指示をどうぞ。」
「こちら竜胆。渡した端末に地図が表示されているのは分かるな。チェックポイントに向かえ。モンスターが根城にしていると思わしき場所だ。」
アイビーの探査結果と照合する。概ね合っている。細かな違いといえば少数で行動しているゴブリンを竜胆からの情報では探知できていないことだ。雪華を呼んで指示に従い目的地へと向かう。
「ねぇ王子様……そういえばこれって私たちの初めての逢引にならないかしら?周りは誰もいなくてとても静か……まるで人類が絶滅して私たちがアダムとイブになったような。」
雪華の言うとおり人の気配はまるでしない。皆、既に避難済みなのだろう。だが周囲は廃墟というわけではなく、つい先程まで人が生活していた。ゴーストタウンのようでどちらかというと不気味さを感じさせる。
誰もいない店先に飾られている看板や商品……それを雪華は物珍しげに触っている。確かにそこだけ見ると、この世から自分たち以外いなくなったのではないかと錯覚するのも頷ける。
道中は何もなく、目標の地点へと近づくことができた。現在の位置は地下街。地上よりも安全だという。アイビーに確認する。
『巣の存在は確認できません。もっと奥地にあるようです。』
「了解、面倒だな……早いうちに叩いておきたいが。」
巣から生まれるモンスターは危険なものも多い。故に早めに叩くのが定石なのだ。本来なら雑魚集団であるゴブリンなど無視するのもよくやる戦い方。だが此度はそれも目的の一つだから仕方がない。
一つ気になるのは犠牲者が大勢出ているという点だ。察するにこれから見る光景は死体の山。血と腐臭の匂い漂うグロテスクな場面に遭遇するだろう。普通の人間なら耐えられない光景だが……雪華の方を見る。
「どうしたの王子様?そんな情熱的な視線を送らなくても……私たちの想いは通じ合っていますわ。」
雪華は殺人鬼。そんな場面で狼狽える"たま"ではないだろう。下手すりゃ俺よりもグロテスクな場面を見慣れている可能性だってある。
「戦いの準備をしろ。モンスターの位置は近い。この階段を登り終えたら見える広場に連中は集まっているようだ。」
足音を立てないように慎重に階段を登る。ゴブリンが雑魚であるとはいえ、油断は大敵。やられることは万に一つないが、苦戦するのも面倒極まりない。
階段を登りきり、日差しが目に入る。眼下に見えるのは広場にいたゴブリンの群れ。そこまでは想定内。だが、そこから先は想定外の事態が起きていた。
「……なるほど。抵抗する術がなければこうもなるか。」
歯を食いしばる。拳に自然と力が入り、激情的な感情が湧く。だがそれも少しのこと。ゴブリンの生態を考えれば十分あり得る事態だった。
死体の山。人間の肉片が散らばるグロテスクな光景。それだけなら通常のゴブリンと変わらない。だが今、見える光景は違う。生存者がいたのだ。全員が殺されたわけではない。ゴブリンに捕まり、奴隷とされていたのだ。
そこではありとあらゆる残酷な光景が広がっていた。生存者たちの首に巻かれているのは犠牲者の腸だろうか?赤黒く虫が集っている。
男たちは磔にされて、まるで玩具のように四肢をもがれている。悲鳴をあげる姿を醜く口角を歪めゴブリンたちは嘲笑っていた。女たちは男たちに比べればマシ……なのだろうか。一人の女に無数のゴブリンたちがその尊厳を、精神を凌辱していた。
本来のゴブリンはここまでエスカレートすることはない。ゴブリンとは最下級のモンスター。俺たちユグドラシル界の人間なら子供でも倒せる相手。故にゴブリンたちは狡猾に戦う必要があった。知恵を振り絞り何とか戦えるように。
だが……連中は知ってしまった。この世界の人間の弱さに。知ってしまえばあとは雪崩のように際限なく彼らは増長する。最高の玩具を見つけたと。憎い人類に似ている姿をしていながら、その中身は酷く弱い生き物だと。





