生贄
朝。いつもと変わらない。今日は学校で綾音に色々と聞かなくてはならない。そんなことを思いながらリビングへと向かう。
「おはよう……いやしかし改めて朝起きると朝食があるのはありがたいな……。」
「お義母様は料理上手なのね、私も手伝ったのだけどほとんど出る幕がなかったわ。」
「まぁ慣れてるんだろうな……頭が上がらないよ。あっ醤油とってくれない?」
テレビのリモコンを手に取りニュース番組を見る。異世界人の俺からすると貴重な情報源だ。
「こちらヘリからの様子です!異界域から溢れ出してきたモンスターと呼ばれる怪物たちが次々と住居を襲っています!皆さんどうか落ち着いて避難してください!また絶対に近寄らないでください!犠牲者は次々と出ています!」
見覚えのある景色だった。近所の航空写真だ。モンスター……確かあの時確認したのはゴブリンとドラゴンだが、人を積極的に襲うのはゴブリンだ。だが……あんな雑魚に苦戦してるのか?
「アイビー、一応索敵してみてくれないか。」
『かしこまりましたマスター、索敵開始……マスターのご推察のとおりゴブリンが主です。ただし巣をいくつか確認。今後、上位種が発生する可能性大。』
モンスターは突然出現する。そして奴らは繁殖しない。巣というものが生まれそこから発生していく。モンスターとはつまるところ魔力生命体。魔力が巣により変異し存在として確立するのだ。ゴブリンが一番よく発生するのだが、放っておくと危険なものが生まれる可能性もある。
そして連中は無秩序に襲うわけでもない。ある程度の知能がある。報道ではゴブリンたちが民家を襲っているようだが、俺の家に来ないのは俺の存在があるからだろう。魔王を襲うゴブリンなんておとぎ話だ。
スマホで千歳と連絡する。千歳も問題は起きていないらしく普通に通学するらしい。無理はしないで自宅に待機するべきだと思うのだが……。
そう思った時だった。スマホに通知が来る。学校からの通知だった。
「おいおいマジかよ……。」
それは通学自粛命令ではなく通学命令だった。こんな緊急事態だというのに、病気でも必ず来いという強い命令。ストイックにも程があるだろうこの世界……。
「まぁそういうことなんで炒ってくる母さん。まぁモンスターなんて余裕だから心配しないでくれ。」
心配そうに見つめる母を安心させるために自信満々に答える。それに事実だしな。
「そうですわ、お義母様。私もいますし王子様が傷つくことなんて万が一ありえません。フフ……そもそも私の出る幕なんて……ないですよね?」
雪華が腕を絡めようと来たので躱す。
「ずっとスルーしてたけど何でいんだよ雪華。あぁくそ住所教えたの俺か……。」
外に出るとヘリコプターらしきものが上空を飛び、あちらこちらで怒号が聞こえる。銃声や爆発音らしきものも遠くから聞こえる。
「雪華はよくこんな中、俺の家に来れたな。」
「恋に障害はつきものですもの、あぁでもこういう時は怖いわって怯える少女を演じた方が……王子様としては良かったのかも?」
「特に障害とかなかったのか?あぁ具体的に教えて、変なの見かけたとか逃げてきたとか。」
「いえ……?確かに騒がしいですけど王子様のお家に向かう途中は何もなかったわ。」
少なくとも通学路付近はまだ安全が確保できているということだろうか。そんな思案をしていると軍用トラックが家の前にやってきた。
そして自衛隊員が降りて敬礼をする。
「話は聞いています。わたしが学校まで案内します!」
いたれりつくせりだが、そんなことするくらいなら休校にしろよ……。そう思いながらお礼を言って学校まで送ってもらった。
学校の運動場では俺と同じように送迎してもらったのかたくさんの軍用車が止まっていた。この世界の住人でもない俺でも分かる異常事態。
教室に入ると多くの生徒が既に着席していた。担任の竜胆も待ちわびたかのように俺たちを見る。
「雨宮、狂咲も来たか。席につきなさい。全員が揃い次第話があります。」
しばらく待つこと数分。全員が揃ったのを確認して竜胆は口を開く。
「既にニュースでご存知の人もいるかもしれませんが、現在我が国では異界域より発生した小型の人型生物……モンスターにより深刻な被害を受けています。自衛隊の報告では彼らに銃弾は通用せず、侵攻を僅かに食い止める程度です。」
小型の人型生物というのはゴブリンのことだろう。あんな雑魚連中を竜胆は大げさに話をしている。俺は思わずあくびをしてしまう。失礼な話だが、あんなの脅威でもなんでもない。
「そこで我々政府はウタカタの高レベルホルダーを集め対策を講じることにしました。それこそがこのクラスの目的!皆さん、本当は我々も準備に時間をかけたかったのですが最早猶予はありません!これより異界域に向かい、モンスターを倒してもらいます!」
クラス中が騒ぎ出す。当然だろう。彼らは戦士ではない。それがいきなり戦場に出ろなんて寝言以外の何者でもない。大丈夫かこの国の政府はと本気で心配する。
「皆さんの気持ちはわかります。なので先発部隊を編成したいと思います。先発部隊の情報をもとに……皆さんは戦ってもらいたい。」
竜胆のその言葉に更にクラスメイトは騒ぎ出す。誰だって先発部隊なんて行きたくないに決まってる。訳の分からない相手と戦うなんてごめんだと。
「ご心配なく。先発部隊にぴったりな人材が我がクラスにはいます。そうだな……狂咲。」
一同の視線が雪華に集まる。
なるほど、本来ならば雪華は死刑囚となってもおかしくはない。政府としては罪の免除の代わりにこうやって体の良い生贄となってもらうわけだ。これこそが雪華が赦された本当の理由というわけだ。
極めて合理的、非人道的という観点を除けばだが。
雪華に拒否権はない。拒否すれば首輪に埋め込まれた爆薬が容赦なく彼女の命を奪うだろう。
「わたし……一人でですか?」
「そうだ、その首輪はGPSとも連動している。居場所はこちらからも特定できるし、あとでカメラも渡そう。こちらの指示に従いできるだけ多くの情報を伝えて欲しい。」
誰も彼女を擁護するものはいない。当然といえば当然。彼女は殺人鬼。死んで当然の人間なのだから。
「気に入らないね。」
静まり返った教室に一人の声が響き渡る。千歳だった。
「東雲……?あなたは狂咲が先発隊として向かうのは反対なのですか?」
「うん、だってこんなのはただの生贄じゃないか?銃弾も効かない相手なんだろう?いつからこの国は私刑を許す国になったんだい。死刑囚にも人権があるのは小学生でも知っていることだよ。」
淡々と正論を並べる。だが竜胆は臆せず彼女に反論する。
「君が狂咲を擁護するのは意外だったが、そもそも彼女は超法規的措置でここにいるんだ。法律を語るなら、そもそもここにいること自体がおかしいこと。君は言っていただろう、遺族の気持ちはどうなるんだと。これが答えなのは不満かな。」
「私は今も彼女が憎いが私刑を望んでいるわけではない。勘違いしないでくれないかな。ヒステリックに感情論をぶつけたいのではなく、私は彼女に正当な裁きを受けてもらいたいだけだ。」
「なるほど?それは素晴らしい考えです。では東雲。君の意見を尊重して、平等にくじ引きで先発隊を決めますか?」
竜胆のその言葉にクラス中は冗談ではないと騒ぎ出した。皆、我が身がかわいいのだ、当然である。
「民主主義的に多数決で決めましょう。超法規的措置で狂咲を向かわせるか、それとも平等にくじ引きで決めるか……。」
「あーもうちょっと良いか。そこまでそこまで!」
竜胆と千歳、そしてクラス中が険悪な雰囲気になりかけたところで俺は声をあげた。
「……どうかしましたか雨宮?」
意外そうに竜胆は俺に話しかける。
「面倒くさいんだよお前らは、誰が先発隊になるとか……こんなん茶番だ茶番。そんなにみんな行きたくないなら俺が行くよ俺が。それで良いだろ?ほらカメラよこせってGPSもいるんだっけ?指示に従うならインカムもいるの?早くしようぜ面倒くさいわ。」
ゴブリンの討伐なんか楽勝だ。だが彼らは知らない。ならそれを知っている俺がお手本を見せればいいだけだ。わかりやすい話この上ない。
「雨宮、本当にいいのか?情報によるとかなり凶暴で……。」
「そのくせ並の動物に比べりゃ知的だろ?あーそうだな。ほらこの間の爆破テロあったろ。あのときも俺が撃退したわけだし、皆より一歩こういう修羅場の経験はあるわけだし、任せとけ。」
「ふざけないでよ!!」
綾音だった。彼女は他のクラスメイトと違い黙って静観していたが、突然机を叩いて叫び俺を睨みつける。
「あんたはいつも……いつもそうやって……!」
なぜこんなに彼女が怒りを露わにしているのか分からない。どう声をかければ良いのか分からない俺は黙って彼女を見つめる。
綾音はそんな俺の表情に思うところがあるのかハッとした様子を見せて平静さを取り戻す。
「…………いや、その……私は反対です。雨宮くんはどうでもいいですけど、死刑囚の狂咲さんがやっぱり行くべきです。感情論ではないです。彼女は多くの修羅場をくぐっているのでしょう?実戦経験なんて私たちとは比べものにならない。それに彼女の性格からして単独行動が一番実力を出せるんじゃない?」
淡々と彼女なりの持論を述べる。実際のところそれは正解なのかもしれない。ただ皆、知らないだけだ。俺の正体が異世界で魔王と呼ばれる空賊キャプテンドレイクだということに。もどかしい。
「先発隊ということなのだから複数人でも良いのでしょう?私は別に王子様と一緒に行くことに反対しないわ。皆、私を先発隊にしたくて、私は王子様と一緒がよくて、そして王子様も私と一緒になりたいと思ってる。なら結論は出たじゃない。」
沈黙していた雪華が口を開く。その言葉に綾音はまた口を開きかけたが閉ざす。皆も行きたくない一心なのか、特にその考えに反対はなかった。





