疑念
授業も終わり、放課後。この世界の学校生活にもだいぶ慣れてきた。相変わらず歴史何かは聞くこと全てが初めてでつらいが……そのあたりは必死に頑張って勉強だ。
早速、朝に話をしたとおり、千歳を誘って帰路につく。
「王子様の家ってどんなのかしら、やっぱり拷問器具とかが飾られているの?」
当たり前のようについてくる雪華は物騒な話をしている。千歳は彼女の話に興味がないのか、一言も口を開かなかった。ただ、俺の方をちらちらと見て、不満そうに唇を尖らせていた。二人は俺の両脇にぴったりとくっついてきて、空気は重苦しかった。
『両手に華ですね、マスター。』
「アイビー、こういうのは修羅場というんだ。覚えておくと良いぞ?」
心の中で深いため息をつきながら、重苦しい足取りで我が家に向かう。
「おかえりなさいアオト……あら、その子たちは誰?」
「はじめまして、お義母様。私、お義母様の息子様の恋人である狂咲雪華と言いますの。あぁその平凡そうな見かけで、一体どんな深い闇を抱えているのかしら……。」
家に帰ると母親が出迎える。それを待っていたかのように間髪入れず雪華は三つ指揃えて礼儀正しく挨拶をした。うーむ堂に入っている。
母親はそんな態度を見て「あらあら」と半ば嬉しそうに俺と雪華を交互に見つめる。
「はじめましてアオトのお母さん。私はアオトの同級生である東雲千歳と言います。この女はただのストーカーなので気にしないでください。」
そんな様子に臆することなく千歳は毅然とした挨拶をした。いかんいかん、雪華のあまりにも型に入った佇まいに感心してしまったが、学生の挨拶としては千歳の対応が正解だ。
「えっ、ストーカー?なんだか怖いわねぇ……。」
「お義母様。その女の言うことを聞いてはいけませんわ。ストーカーはその女なの。王子様に振られた元カノのくせして……。」
「お母さん!!いつまでも玄関で世間話はしたくないから、あがらせてもらうよ!!!」
雪華がやばいことを言いかけてたので大声でごまかす。千歳は俺の元カノだというウソをついて何とか雪華を納得させているのに、それがウソだとバレたらややこしい話になる。
何よりもそのウソ自体、千歳もいい思いはしない筈だから。俺は二人の手を引っ張って無理やり自分の部屋に連れ込んだ。
「王子様、いけません……こんな、こんな乱暴に、しかもストーカー女の目の前で情事を」
「ここが君の部屋か、シンプルなんだな。まぁアオトのことなど私はほとんど知らないが。」
部屋に入るなり千歳は周囲を見回す。シンプルな部屋。俺からするとそもそも、この世界における常識を知らないので、こういう感想は新鮮だった。
「お、良いものがあるじゃないか。スマホ探しも良いがまずはここからかな。」
千歳は机の上に置いていた板切れを触る。モニターに光が灯り画面が映る。パソコンというものらしい。
「ついてるぞアオト、ここに顔を合わせるんだ。そうそう、そんな感じ……。」
パソコンの画面に認証が成功しました。という文字が出てくる。
「顔認証か。」
「そういうこと。本来ならパスワードより面倒なセキュリティだけど、今回みたいに記憶喪失の場合は便利だね。おっと……アオト、ここから先は君が操作するんだ。」
ログインが終わり初期画面に移ろうとした時、千歳は俺にバトンタッチする。意図が分からない。俺はこんな機械の操作方法は分からない。
「何故だ?正直、俺は分からんぞ。」
「む……いやしかしだね、仮にも思春期の男子高校生のパソコンだぞ?それは私が勝手に見るのはその……まずいだろう?」
少し赤面しながら千歳は答える。何がまずいのかよく分からない。
「そう言っても俺だって蒼音のことを知らないんだから、他人が見るのと変わらないぞ?良いから見てくれよ。」
「い、いやそういうプライバシーとかじゃなくてだな……こ、こら腕を引っ張るな、乱暴だぞ君は。」
耳まで真っ赤にしながらも何とか千歳を説得してパソコンの前に座らせる。ブツブツ言いながらパソコンを操作しているが変なものは見つからなかったようで千歳は安堵した。
「ふむ……メールは通販や登録サイトからのメールばかり……当然だね。パソコンメールを個人連絡には使わないだろう。購入履歴も特に変わったものはない。SNSは……あったけど彼は見る専だったみたいだね。特に投稿はないよ。……ん?」
SNSを見る千歳の手が止まる。そこには見覚えのある写真が映っていた。綾音だ。
「綾音の写真だ……。こんなものパソコンに保存してたのか?」
「違うよ、これは玖月綾音のSNSアカウント。こうして自分の撮影した写真をインターネットに公開してるのさ。ただ……どうしてアオトが彼女のアカウントをフォローしているのかは分からないね。向こうからのフォローはないし……片思いでもしてたのかい?」
綾音は蒼音を常習的にいじめていた主犯格だ……と思う。そんな彼女に片思いというのはどうも分からない。
「蒼音が彼女を憎んでいて、弱みを見つけるためにフォローしていた可能性は?」
「ないね。綾音のアカウントは承認制で、君のアカウントは実名で登録されている。つまりお互い合意の上でフォローしてたんだ。どういうつもりなんだろうね?」
同意の上でのフォローなら憎んでいたというのは確かに分からない。綾音は蒼音にフォローされているのを知っているわけなのだから。
「スマホを見つけたわ。やっぱり上着の中に入れっぱなしだったみたい。」
クローゼットの前でごそごそとしていた雪華がこちらを振り向き右手に掴んだスマホを見せつける。板状の機械。なるほど何となく察しがつく機械だ。
電源を入れるとロック画面。また顔認証とかで突破できるのだろうか。
「どれ貸してごらん……うん、指紋認証は登録していないみたいだね。少し面倒だけど仕方がない。」
千歳は薬品瓶や先端に綿毛が付いた棒状の道具を取り出すとスマホの画面をいじり始める。
「何をしているんだ?」
「油脂を検出しているんだ。」
「バカね、大方指紋でロック解除のパスワードを導こうとしているんでしょうけど、普通スマホって色々なところを触らない?」
雪華の言葉に千歳は何の反応も示さない。ただ無言で薬品をスマホに当てていた。
「えっと……指紋だけだと他の場所も触るんだからパスワードを導くのは難しいんじゃないか?」
「良いところに気がついたね。50点だ。確かにそうさ、色々なところを触るのだから指紋はそこ以外にも浮かび上がる。だけどね……うんできた。わかりやすい。ほら見てごらん。」
スマホには指紋の跡がびっしりだった。しかしよく見ると指紋のつき方は均等ではなく、特定の場所には多くの指紋が残されているのだ。
「そうか、ロック解除で触るからそこだけ指紋の跡が濃くなるのか。」
「そういうことさ。あとは想定できるパターンを入力して……よし。できたよアオト。ロック解除だ。」
あっさりとスマホのロックまで解除する千歳に驚きながら俺はスマホを受け取った。
「ん……通知99+?なんだコレ。」
「ふむ、その量だと個人的付き合いのある者からの連絡だろうね。学校では特に君に対して何も言われていないのなら、学外の人間と交流があったんだろう。」
指示に従いアプリを開く。メッセージをやりとりするアプリのようで登録者リストが並んでいる。その中にはまた綾音がいた。しかも会話履歴が残っている。
「このアプリでやりとりする相手ってどんな関係なんだ?」
「ん?あぁまた玖月綾音がいるのか……そうだね、基本的にはかなり親しい関係だとは思うよ?何せお互いが同意しないと駄目だし、こういうのはプライベードでの交流だから少なくとも友人以上の関係でないと成り立たないはずさ。」
綾音が……友人?どうもさっきから頭がこんがらがる。
ひとまず未読通知を見る。名前は涼華とある。会話の内容は待ち合わせの約束や"例の件"といった何とも含みのある言い回しが多い。そして無数の着信履歴。
「こんにちは元気ですか……と。」
とりあえず返信してみる。数日連絡がなかったのだから相手も心配しているに違いないのだ。即既読通知が入り着信が来た。
「やぁどうも───。」
「許せない。今どこにいる?殺しに行くから待ってて。」
通話を切った。再度の着信。俺は無言でスマホをポケットに入れた。
「どうしたんだい?せっかくの手がかりなのに無視していいのか?」
千歳は俺の行動を見て不思議そうな表情を浮かべる。突然、殺害予告をされたのだから仕方がない。
「まぁその……涼華というのは連絡がとれるならいずれ話をすれば良いだろう。それより綾音はどうするんだい?履歴とかで関係性とか分からないのかな。」
今もブルブル震えるスマホを取り出して綾音との会話記録を見る。一定間隔で通話が来るので一々拒否ボタンを押す必要があり、中々読みにくい。しかし関係性だけを推察するにはさほど時間はかからなかった。
話の内容は学校の話題やら、世間話が主だった。とは言っても日付が古い。喧嘩でもして険悪な関係になったのだろうか。
「こんにちは元気ですか……と。」
とりあえず返信してみる。涼華と違い既読にはならなかった。
───結局のところパソコンやスマホの中には蒼音の情報はほとんど分からなかった。だが大きな収穫がある。「涼華」と「玖月綾音」の存在だ。涼華は正直怖いので関わりたくないが、綾音は学校に行けば会える。しかも同じクラス。自分から関わるなと言いつつ、こちらから声をかけるのは正直気が引けるが仕方ない。
ついでに雪華と千歳、二人と連絡先を交換して解散となった。
───自衛隊からの連絡が途絶えた。
東京に突如出現した異界域と呼ばれる空間ではこの世界に存在しない生物が多くいる。それらはモンスターと呼ばれ人間たちに害あるものなのだ。
ユグドラシル界の人間たちはモンスターに対して何も無抵抗なわけではない。幾千の歴史の果てに、モンスターへの対抗手段を生み出したのだ。
「う、うぉぉぉぉぉ!畜生、畜生!なんで銃弾が効かねぇんだ!こちらブラボー!援軍を要請する!直ちに……うわぁぁぁぁ!!」
対してこの世界の人類が持つ武器は原始的な質量兵器。銃弾ではモンスターに対して致命的な一撃とならない。
幸いだったのはこの世界の人間はユグドラシル界と外見的特徴が類似していること。モンスターたちは警戒しているのだ。人間の恐ろしさを知っているのだ。
だがそれも時間の問題。モンスターたちは学習する。この世界の人間の脆さを。弱さを。それを理解したとき、その残虐性があらわとなる。
自衛隊は全滅。対してモンスターの犠牲はゼロ。
死体を引きちぎり玩具のように遊ぶ。彼らはこの程度では満たされない。今までの鬱憤を晴らすのだ。自衛隊が守っていた先に向けて。





