記憶の鍵
夜の校舎。立入禁止のトラロープ。昼間、爆破テロがあった場所だった。無茶苦茶に破壊されており、その事件の凄まじさを物語っている。そこに玖月綾音は一人立っていた。
「玖月様、特别ですよ?様子をみたいだなんて言うからわざわざ警報装置を切ったんです……。何の用事か知らないですけど……。」
当直の警備員は愚痴るように呟く。玖月家はこの辺りの大地主。下手に逆らうのは得策ではない。だから夜の校舎に忍び込みたいという我儘を聞いてあげたのだ。
綾音は爆破跡を指で擦り、何か思いつめたような表情を浮かべ一言だけつぶやいた。
「雨宮くん……。」
警備員は微動だにしない彼女を不審に思ったのか声をかけるが返事がない。しばらく黙り込み同じ姿勢のまましゃがみこんでいたが、やがて立ち上がり毅然とした態度で警備員にお礼を言って立ち去っていった。
警備員は唖然とした表情を浮かべ、一体何をしていたのか好奇心が刺激され、綾音がいた場所に向かう。
だがそこには何もなかった。爆破されむき出しとなったコンクリートがあるだけだった。
「ニュースです。ウタカタ革命党と名乗る謎の集団が各地でウタカタを披露している事件について、新たな情報が入りました。警察によると、これまでに彼らが関与したとされるウタカタは数十件に上りますが、人身や物損などの被害は確認されていません。一体、彼らの目的は何なのでしょうか。市民の間ではさまざまな意見が飛び交っています。今回は、街頭で市民の声を聞いてみました。」
「この間、演説見たんだけどすげーよ!何かこう突然空中に?水が湧いたの!マジシャンみたいだよなぁ!かっこいいと思うぜ!」
「なんかよくわからないけど、この国を変えたいって人たちなんでしょ?最近子育てがつらくて……これが楽になるならいいよねぇ。」
「いやぁ頑張ってほしいね。ほら最近聞くだろ?政治家の汚職とか、金持ちが権力使って色々と……ああいうのが無くなるのは嬉しいよ。」
「最近、切り裂きジャックの話を聞かないじゃん?毎日聞いてたのに。いやぁ今だから言うけど正直、応援してたんだよ。悪人を倒してくれるダークヒーロー!的な?あ、これまずいやつ?んで今回のウタカタ革命党。いやぁ応援するよ僕は。次の選挙とかに出るのかな?」
「さて、ウタカタ革命党の人気はどのくらいなのでしょうか。こちらは先ほど行ったアンケートの結果です。ウタカタ革命党を支持すると答えた人が約8割にも達しています。年代や性別に関係なく、彼らのウタカタに魅了されている人が多いことがわかります。一方、政府はウタカタ革命党を違法集団として認定し、捜査を強化する方針を示しています。ウタカタ革命党と政府の対立は今後どうなっていくのでしょうか。引き続き注目していきたいと思います。以上、ニュースでした。次は天気予報です~」
リモコンを手に取りテレビのチャンネルを変える。どこもウタカタ革命党のニュースばかりだ。気味が悪いのはどれも、持ち上げるような報道ばかりで非難の声がまるでない。まるで宣伝番組のようだ。
「妙だな……。」
これは今までの空賊としての、魔王として活動してきた経験からくる直感。ウタカタと呼ばれる超常現象がこの世界で発生してから日が浅い。だというのに、早すぎる。このような組織が生まれるにはある程度の時間が必要だ。
組織とは人と人が繋ぎ合わさり成り立つもの。未だ政府も混乱に対応しきれていない現状で、このような組織が誕生するのはあまりにも早すぎる。
『何か裏がありそうですね、マスター。』
「間違いなくな。可能性としては此度の現象を人為的に引き起こした線だが……。」
そこでハッとする。駄目だ。今の俺は雨宮蒼音。空賊キャプテンドレイクではない。本来ならば、こんな出来事の裏を読んで、利権構造に食い込み公のものとするか白紙にする。それが俺たちのやり方だったが、今は休止中だ。
「仕事の話はなしだ。今はアオト優先。」
制服に着替えて家を出る。慣れないルーチンワークだが成し遂げる。この身体の持ち主が息を吹き返すまでは。
学校には警察やマスコミが多くいた。昨日の事件のことだろう。警察たちはマスコミを押しのけて生徒たちに危害が加えられないように誘導してくれている。
だが俺の場合はそうはいかなかった。爆破テロリストに直接関与した参考人として警察の事情聴取を受けることとなったのだ。もっとも場所は学校の応接室で、取り調べみたいな堅苦しいものではない。警察もあくまで意見の一つとして聞きたいのだろう。
「すいませんね、こんな時間を割いてもらって。私たちも仕事なもんで少しでも情報を掴みたいんですよ。」
中年のいかにもベテラン風な警察官の一人が、やけに鼻につく低姿勢でへこへこと頭を下げて話を切り出す。
彼らの目的は想像どおりだった。俺としては関係のない事件だが、この世界の治安維持のためでもあるわけで、喜んで協力的になるべく起きた出来事を正確に話した。
俺の説明が終わると警察はお礼を言う。これで解放されるかと思ったらまだ何か話があるのか呼び止められる。
「雨宮くん……でしたっけ?ウタカタクラスだと聞いています。聞いていますよ、切り裂きジャックがいるんでしょう?彼女……どう思っています?」
「事件と何か関係があるんです?」
「うーん今のところは……。ですが彼女は殺人鬼、疑いをかけられてもおかしくはない立場でしょう?」
疑い?何の疑いだろうか。
俺はその疑問を敢えて口にはしなかった。今回は爆破テロの話で犯人は既に捕まっている。切り裂きジャック……雪華については担任から説明があったとおり逮捕されることはない。だというのに疑いという言葉を使ったということは、何か別の事件があるということだ。
話はそれで終わり、俺は教室へと向かう。
「なんかどうもくっっそ面倒な出来事に巻き込まれていってる感じがするなぁ。」
『情報整理、過密のためエラー。ウタカタにまつわる事件が多発しているようです。この世界の自治機関は気が立っているのかもしれませんね。』
過ぎたる力を手に入れて、好き放題するようになった者が増えてきたのだろう。俺の周りは比較的治安の良い方だと感じる。
「やあ、お疲れ様。聞いているよ、昨日は大変な事件に巻き込まれたそうじゃないか。」
教室に入ると千歳が声をかけてきた。あの場にいなかったのは幸いだった。彼女もこのクラスにいるということは何かしらのウタカタを持つのだろうが、やはり戦闘経験が無いものには刺激が強すぎる。
「王子様、おはようございます。警察の取り調べを受けていたなんて……余罪を追求されたりはしませんでしたか?」
続いて雪華が寄ってきた。彼女は警察の取り調べを受けなかったようだ。これも超法規的措置というやつだろうか。
「何で俺が犯罪者前提なんだ……?」
「だってだって王子様のような加虐嗜好の人間、きっと知らない場所で法を犯しているのでしょう?大丈夫です、これからは私が全部王子様の愛を受け止めてあげますから。」
そう言って雪華は両頬に手を当てて俯き、身震いする。俺は別の意味で身震いしそうだった。
「おい殺人鬼、ちょっと黙るんだ。今、私とアオトが話をしていたんだ。殺人鬼というのは礼節の一つも弁えていないのか?」
横から突然入ってきた雪華に対して不機嫌そうに千歳は言い切る。
途中で割り込まれたのもそうだが、やはり千歳は雪華に対して悪い印象しか抱いていない。親しいものを殺されたのだから当然といえば当然だ。
「ふと思いついたんだけどね、記憶の鍵にスマホを見るのはどうかな?SNSでの付き合いや、どういう趣味なのか……スマホはその持ち主の性格が一番出るだろうからね。」
「察するに小型の情報端末のようなものか……手元にはないけど家にあるのかも。しかしこういうのはロックがかかってるんじゃないか?」
「そこは裏技があるのさ。しかしそうか、知らなかったのなら当然携帯はしないか……放課後、君の家に行こうじゃないか。案内してもらうよ?」
千歳の何気ない一言にクラスが一瞬ざわめく。同じクラスになって改めて分かったが、千歳の存在感は学内ではかなり強いようだ。そんな彼女が男子生徒の家にお邪魔するというのだから、それは心穏やかにはならない者が多数いるだろう。
「ちょっと待って。そういうのはまず恋人の許可を取るものではない?ねぇ王子様?私は嫌、他の女の匂いが王子様の部屋に残るのが。」
「家についたらまずはスマホ探しだな。もし見せたくないものがあるなら今のうちに頭の中で整理して私に見つからない場所に隠しておくと良い。それじゃあまたね。」
雪華を無視して千歳は自席に戻る。そろそろ朝のホームルームが始まる時間だ。見られたら困るもの……といっても俺の部屋は蒼音の部屋であって俺の部屋ではない。俺は困りはしないのだが……なるべく配慮はしよう。
チャイムがなる。俺も千歳に続いて席につくこととした。





