革命の篝火
突然、教室の扉が開いた。入ってきたのは、学生服ではなく、ジーンズにカジュアルな衣服を着た男性だった。年齢は20代後半くらいか。どうやって校門や警備員をすり抜けてきたのかはわからない。彼は自信満々に笑って、声を張り上げた。
「見ろ!これが俺のウタカタだ!」
彼が手を振ると、周囲の物体が爆発した。椅子や机、窓やドアが破裂し、炎と破片が飛び散る。雪華は火薬の匂いがすると言っていた。つまり、彼は物体を爆発物に変える能力を持っているのだろう。
「ははは!見ろ見ろ!俺の力に皆、ひれ伏している!そうだ、俺は強いんだ!この力さえあれば世界を変えることだってできる!これは正当な行為だ!みんなして俺を馬鹿にしやがって!力の無いやつが……俺を見下しやがって!!」
『想定の範囲内。この世界にウタカタという新たな力が入ったことで治安の悪化は避けられません。パワーバランスの崩壊。マスター、今後も立ち回りには注意してください。恐らくはこれからこの世界の秩序は一時的に乱れるものでしょう。』
超常的な力、それは抑圧からの開放のきっかけには十分すぎるほどである。もっとも例外はいるが……雪華の方を見る。
「わぁー凄い爆発させてる。でも私の王子様と比べてあれはちょっと解釈違い。ただ無茶苦茶に暴れているだけ。絶対に殺してやるって殺意がない。はぁつまんない。ねぇ王子様もそう思わない?」
彼女にとってはこんな修羅場など日常茶飯事というわけだ。そういう目で見たら空賊である自分……こちら側に近い存在……親近感が湧くのも無理はないのかもしれない。
ジリリリリリと警報音が鳴り響く。学校に備え付けられている緊急通報スイッチだ。スピーカーからは「火事です。火事です。」と鳴り響く。慌てた教師たちは避難するように指示する。
「警察……いや自衛隊は来ないのか!?」
「それが異界域のせいで遅れるとか……!」
「み、みんな落ち着いて!慌てないで!走らないで!」
学内はパニックに陥っていた。そんな様子を見て爆破させている男は満足げに笑う。そして教師に向かって手をかざす。教師は怯えた様子で「ひっ」と情けない声をあげた。
「そんな怯えるなよ……どうだ凄いだろう俺の力は?こんな簡単に爆発を起こせるんだ。無敵なんだ。」
男は避難するために集められた生徒たちを舐め回すように見る。下卑た表情だった。
「お、俺がその気になればお前たちなんて簡単に死んでしまうんだ。どうだ?怖いだろ?恐ろしいだろ?」
生徒たちは黙り込む。当然の反応だった。
「無視するんじゃねぇよ!!馬鹿にしてんのか!!」
それが男の逆鱗に触れたのか、突然怒りを露わにする。それと同時に爆発!教師の肉体が弾け飛んだのだ。女生徒の悲鳴があがる。
「ふ、ひひひ……なぁ……?凄いだろう?これが俺の力だ。ここにいる奴らより強い。君もそう思うだろ……?」
その反応に気を良くしたのか悲鳴をあげた女生徒に詰め寄る。女生徒は怯えた様子で頷く。そんな様子に男は満足げな笑みを浮かべた。
「はぁ……何アレ気持ちが悪い。やっぱり豚ね。何一つ興奮しない。つまんない豚。」
「なんだと!!?」
雪華は大きな声で男に聞こえるようにそう言い放つ。男は激怒した様子でこちらを見た。
「見るに堪えないの。でも私は今、とても幸せなの。だって王子様を見つけたのだもの。本当に良かった。ウタカタなんて力があっても、豚は獅子になれない。何一つ変わらない。もしも王子様に出会えなかったら、私もしかしたら貴方みたいな豚で妥協してたのかも。そう思うと身震い、吐き気がしちゃう。おえっ。」
心底、人を見下したかのような冷淡な物言い。それが男の劣等感を強く刺激したのか、みるみるうちに顔は真っ赤になり、声にならない叫びをあげた。
「ほら、ね。つまらない男。死んでくれない?」
「駄目だ雪華!」
今、雪華が動けば死人が間違いなく出る。それだけではない。彼女に取り付けられた首輪がどう働くかもわからないのだ。爆発すると斎藤は言っていた。もしここで彼女が人殺しを始めると、その爆発機能が働くかもしれない。
止めようと駆け出した時、俺は見た。まただ、また”あの時”の異世界融合が始まった時に見た光の点が見えた。その点は少しずつ大きくなり……その中から何かが飛び出してきた。
『魔力反応急上昇、マスター危険です。』
それは人型の生き物だった。全身がライダースーツのように覆われていて、頭部にはフルフェイスヘルメットを被っている。しかし動きはまるで人間の動き……いいや、生命の動きを逸脱していた。
「なんだおま───。」
言葉を口にしようとしたのと同時にその人型の存在は凄まじい早さで俺と雪華を掴んだ。そして窓に向かい飛び出した。
飛び降りた瞬間、背後で轟音とともに爆発が起こる。赤く燃え上がる炎と黒い煙が空を染める。男の爆破魔法の威力を再認識した。
「王子様……情熱的すぎです。皆、見ています。」
当の雪華は赤面し顔を背ける。彼女にとってこんなものは日常の延長線でしかないのだろう。
「今のやつは!?どこに行った!?」
辺りを見回すとその人型の存在は消えていた。もしも窓から飛び降りなければ爆発に巻き込まれていた。"アレ"は俺たちを助けてくれたというのか?
気を取り直し、現状を整理する。まずは雪華を自制させる必要がある。
「雪華、忘れたのか。人殺しはNGだ。その首輪で監視されているんだぞ?」
「忘れていないです。だからあの豚は四肢切断で許してあげようと思ったの。それが……駄目?」
俺の言葉に彼女は心底不思議そうに首を傾げる。なるほど、彼女に常識を求めるのはやめよう。言い方を彼女に合わせなくては話もまとまらない。
「あれは俺の獲物だ。勝手に手を出すな。」
「!……そう、そうねごめんなさい王子様!許して、私を許して!あぁでも羨ましいわ、王子様に直接愛してもらえるなんて……ああ、あの豚が憎い!でも仕方ないのね、王子様の獲物だもの!」
正解の選択肢を引けたようだ。慣れない言い回しだ。
窓から男の顔が覗く。完全にこちらに敵意が向いたようで怒り心頭といった様子だ。
単純な爆破魔法の使い手なら、この位置から投石でもすれば簡単に倒せる。だが殺すのはまずい。奴はこの世界の人間というのもあるが、一般高校生は人殺しなどしない。そんなことをしてしまったら皆から距離を置かれるのは明白なのだ。
爆発のせいで皆が注目してしまっている。こっそりと殺すこともできないのだ。
「何なんだお前……あぁそうか!そのビッチの彼氏か何かか!もう少しで殺せたのに邪魔するなよ!死ねよ!お前も死ね死ね!」
今、俺たちは窓から飛び降りて中庭にいる。男は怒り狂い爆破を続けているが爆発するのは周囲のみ。俺たち自身が爆発に巻き込まれることはなかった。
「何考えてんだあいつ……俺たちを殺したいならさっきみたいに近距離で爆発させればいいのに。」
考えられる原因は二つ。一つは単純な射程距離外。これは俺たちの後ろの校舎も爆破されてるので違うだろう。
ならばもう一つ。爆発物にできる対象は人工物に限るということだ。それも更に限られている。もし人工物全てが爆発物にできるのなら、俺たちの衣服を爆発させれば良いだけなのだから。
「よし、それじゃあお仕置きの方法は決まったな。」
肉体強化魔法を展開。やり方は色々とあるが、今の俺は筋力増強のウタカタということになっているのでこちらのほうが都合が良い。
そして中庭に植えられている樹木を引っこ抜いた。ミキミキミキと音を立てて樹木の根っこが周囲の花壇やコンクリートの床版を剥がす。
ギャラリーたちの驚嘆の声があがった。
「全員、そいつから全力で逃げろよ!巻き込まれても俺のせいじゃないからなぁ!!」
叫びながら持ち上げた樹木を槍投げの要領でぶん投げた。当然標的は爆発魔法の男。
とてつもない音、ガラスとコンクリート構造物が砕ける音とともに、樹木が校舎に突き刺さった。非現実的な光景に周囲は静まり返る。
『マスター、これ死んだのでは……?』
「枝葉に当たるように調整したからへーきへーき……平気だよな?一応生体感知してくれよ?マジで。」
『かしこまりました。センサー起動……生体反応あり。ですが意識がないようです、衝撃で一時的に気を失った模様。』
殺人犯にならずにすんでよかった。
そう安堵したのも束の間、投げ飛ばした樹木が突如炎上した。メラメラと燃え盛る火はどんどん大きくなるが、不思議なことに煙は一切出ない。
そして、火が校舎に燃え移ってもいない。何が起きているのかわからず、俺は呆然と見つめる。
それだけではなかった。空にも異変があった。何かが浮遊しているのだ。飛行機でも気球でもない。よく見ると、それは絨毯だった。空飛ぶ絨毯に人影が見える。
「学生諸君!聞くが良い!今しがた諸君らを襲った爆弾魔は我々が始末した!我々は彼奴のような思想なき犯罪者とは違うことを表明するためだ!我々はウタカタ革命党!ウタカタの力をもって、この国の既得権益、腐敗した階層社会、邪悪な構造を滅するものである!我々は正義である!力を無闇に振るう悪は我々の手で始末する!我らこそが、この国の新たなる秩序なのだ!!」
それは一人の男だった。革命を掲げる新興集団を名乗りあげる。そしてやることが済んだのか男は去っていく。
突如出現したウタカタという力は、間違いなく、確実に新たなる秩序と衝突を生み出そうとしていた。それはその序章に過ぎないのだ───。





