超法規的措置
「お前だなんてそんな……雪華で良いですわ王子様……ポッ」
「ふざけんな!おま……お前、昨夜何をしたと思ってんだ!」
俺の態度にクラスメイト全員の注目が向く。しまった、そういうキャラではない筈なのに。
「えーっと……狂咲は雨宮と知り合いなのか。」
「はい……昨夜、彼とはとても情熱的なまぐわいをした仲です。あぁ、アオト様と言うんですね。あなたの愛は私の肌に刻まれ……瞼閉じれば、今もつい先程のことのように昨夜の情事を思い……。」
クラスメイトが騒ぎ出す。誤解しか与えない発言しかしていない!
「あ、あ、あなた……!な、なんてことを……!」
綾音が何か言いたげに席を立ち赤面しながら肩を震わせ指を差す。だが言葉が出ないのかちぐはぐな言葉を繰り返している。
「彼女は殺人鬼だよ。皆も知っているだろう。ここ最近騒がせていた連続殺人鬼。」
芯の入った、そして透き通るようにはっきりとした千歳の声が教室に響き渡る。背景を知っている俺はそれに怒気がわずかに含まれていることも感じた気がした。
教室は千歳の発言で一気に静まり返る。
「私とアオトはね、昨夜彼女に襲われたんだ。訳のわからないことを言ってるけど、つまるところ自分に酔っている異常者さ。なぁ……どの面下げて学校に来たんだい。」
「えっと……すいません、どちら様ですか?あの時、王子様の他にいたのかしら?ごめんなさい私、物覚えが悪くて……テヘッ。」
静まり返る教室。当然のことだった。テレビで騒がれている殺人鬼が目の前にいる。そんな事実を前に迂闊なことを口に出せるはずがない。
「隠すつもりはなかったのですが、説明の手間が省けました。彼女はご指摘のとおり現代の切り裂きジャックと呼ばれている殺人鬼です。皆さん仲良くしてあげてください。席は……。」
「わたしは王子様の隣が良いわ!良いでしょう?」
「……まぁクラス替えをしたばかりですし、知り合いなら都合が良いですね。」
俺の隣にいた生徒が慌てた様子で荷物をまとめて後ずさる。なんて早い動きだ畜生。
「待ってください。説明不足です。殺人鬼を警察に引き渡さないんですか?」
感情が一切籠もっていない声。ただ淡々と責めるように千歳は竜胆を睨みつける。
「彼女は"ウタカタ"だからです。殺人鬼なのは間違いありませんが貴重な高レベルのホルダー。我が国として彼女の罪と有用性を天秤にかけ、超法規的措置としてこの学校への転入を条件とし罰を課さないこととしました。」
「ふざけるな。この国は法治国家だ。遺族の人たちの気持ちはどうなる。」
氷のように冷たい口調。千歳は明らかに敵意を見せており教室に緊張が走る。
「当然、我が国としても殺人鬼を野放しにするほど平和ボケしていません。彼女にはいくつか条件を課しました。まず完全監視下に置かれること。彼女の首にはGPSと爆薬付きの首輪が取り付けられています。そして次に罪を償うこと……そう、この善行ノートで!」
竜胆はノートを取り出す。簡素なノートだった。
「彼女には善行を積むたびにこのノートに書いてもらうのです。そしてそのノートが全て埋まらなければ即爆破します。」
要するに完全監視下に置く上に定時報告を義務付けていて、それを怠ると命も奪うということだろう。言い回しが一々回りくどいのは、この世界の公務員の特徴なのだろうか。
「東雲さんが彼女に襲われたという事実は大変遺憾ですが、彼女の立場、人権は国により保証されています。警察の手で拘束するというのは正当な理由が無ければ不可能です。」
淡々とした説明。千歳は舌打ちをし不満げに座る。
「そういうことだから……よろしくね王子様?」
「何で机をひっつけてくるの?」
苛立ちげに睨みつける千歳を無視して雪華は俺の隣の席に座り机を動かしてくっつけてきた。
「教科書がまだ用意できていないので、雨宮は貸してあげてやってくれ。」
「はぁ……まぁそういうことなら。」
ウタカタを監視するクラスということだが、特段授業内容が変わるわけではない。変わった点といえば隣で今も雪華が耳元で何かを囁き続けていることくらいだ。
「それでね王子様?愛し合うというのはお互いが本気で、それでいて躊躇なく求め合うことが一番大事だと思うの。その究極の形が昨夜のまぐわいなの。王子様はきっとあのとき、私のことをこの世界で誰よりも理解しようとした。そして私もそんな王子様の愛に応えるために懸命に抵抗したの。言葉なんていらないの、ねぇ見て?昨夜あなたに付けられた傷跡。この世界で唯一つのエンゲージリングだと思わない?昨夜のことを思い出すだけで私の鼓動は高鳴って頭の中では王子様のことで……。」
「いい加減にしなさいよ!!」
綾音が立ち上がり怒鳴る。黒板の前でチョークを握っていた教師の手が止まり、困惑した表情で綾音を見る。
「ど、どうしたんですか玖月さん。突然怒鳴りだして。」
「さっきからずっと!ずっとずっと!このサイコ殺人鬼、雨宮くんにくっついて耳元で意味不明な言葉を囁き続けて!頭おかしいんじゃないの!?ていうか何とか言いなさいよ雨宮くんも!!」
「何を言っているのこの女。愛し合った恋人同士なんだものこのくらいのことは当然。そうよね王子様?」
いや正直凄い耳障りだったけど、関わりたくなかったので無視していただけだ。だがどうもそれがよくなかったらしい。彼女にとっては無視ではなく黙認のようなものとして捉えられていたのなら、どんどんエスカレートしていくかもしれない。ここは綾音の言うとおりビシッと気持ちを伝えてこそだ。
「実は凄い迷惑だったんだ。やめてくれない?耳がこそばゆいし。あと勝手に恋人にするのもやめてほしいです。」
「え……ううん、分かるわ。でもこういうのは段階が大事なの。確かに私たちはもう夫婦のようなもの。でも恋人という過程を楽しむのも愛し合いには大事なの。」
「無敵かよお前はよぉ……。」
頭を抱える。雪華の頭の中ではより勝手な思い込みがより確実なものだと感じるに過ぎなかった。適当な発言をするわけにはいかない。でなければ今のように墓穴を掘るだけだ。
「夫婦って……そんなわけないでしょ!勝手に勘違いして何盛ってるのよ気持ちが悪い!」
「玖月という御方なんでしたっけ?私たちの気持ちを何一つ理解しないで勝手なことを言わないでくれないかしら。あなたは王子様の何なの?私たちの愛を阻まないで欲しいわ。」
引き下がらない綾音に対し雪華は流石に無視できなくなったのか、独りよがりな意見をぶつける。俺からすればお前こそ俺の何なんだと言いたいのだが。
しかし綾音は口ごもる。俺にとって何なのか。その言葉に明確な反論ができず「うぐっ」と呻り声をあげた。
「だ、だったらせめて静かにしなさいよ!授業の邪魔だわ!」
「!……そーだそーだ!綾音の言うとおりだぞ静かにしろ!」
授業の邪魔になるという大義名分。これならば誤解を与える可能性など皆無。綾音の意見に俺は便乗して雪華を咎める。
「授業。静かにしないといけないものなの?そう……そうなんだ。」
意外なことに雪華はその言葉に対して大人しく頷き静かになってくれた。





