目覚めた力
───久しぶりの学校は憂鬱だ。
異界域と呼ばれる異世界がこの世界に召喚されてしばらく経った。外出禁止令が政府によりかけられていたが、それも少しのこと。学生は学生らしく学校に行けと言うことだ。
千歳とはそのあと連絡をとり無事なのは確認した。
ウタカタについてあれからアイビーと一緒に調べたのだが、どうも異界域出現後に観測された現象らしく、各地で目撃情報が相次いでいるらしい。その報告は突然火を出したり雷を出したり……。
つまるところ人間に超常的な能力が備わったというのだ。
『ユグドラシル世界と強制融合したことによりこの世界に魔力が溢れ、一部の人たちが強制的に魔法使いの才能に目覚めたと推察されます。』
というのがアイビーの推察らしい。なら何でこの世界の住人である自分はその力に目覚めないのか謎ではあるが、既に魔法が使えるわけでどうでもよかった。
クラスではウタカタの話題で一色だった。どんな能力だった?みたいな話題で当たりだの外れだのまるでゲーム感覚に男女の垣根なく嬉々と話している。
「ねぇ雨宮くん、貴方はどんな能力を手に入れたの?」
あまり親しくない同級生から声をかけられる。とにかく手当たり次第聞いてるのだろう。
「あーそれなんだけど俺は……。」
能力に目覚めなかった。そう言うのは容易いのだが一つピンときた。ここで適当に誤魔化しておけば、今後は俺の魔法が公で使えるのではないかと。
今まででよく使うのはやはり肉体強化魔法。筋力不足のこの身体には助かる能力。ならば答えは一つだつた。
「俺は肉体強化?みたいな能力を手に入れたよ。なんというか凄い筋力を発揮できるみたいな。」
ウタカタと呼ばれる能力が魔法に準拠する。ならば不自然ではないと考えた。
「いいなぁ、私なんて炎を出す能力だよ?肉体強化なんて普段から使えて便利そう。」
言いたいことだけ言って女生徒は立ち去っていく。
『昨日の斬撃魔法の使い手……いえ斬撃のウタカタと呼ぶべきでしょうか。並外れた威力にも関わらずデータベースにないのも当然でしたね。』
「この世界に生まれた新しい常識……みたいなやつか?何か一波乱ありそうだな……。」
そうこうしている内に担任がやってきてホームルームが始まる。いつもどおり……だと思ったが最後に一言、変わったことを担任は言った。
「政府の方針でウタカタのレベルテストを行う。そのあとクラス替えだ。そういうわけなので今日の授業は全部中止。体育館にこれから向かうように。」
クラスメイトたちは騒ぎ出した。ウタカタの能力の強さを測るということで、皆、わくわくしているらしい。その結果次第でクラス替えをするというのがどうも気になるが……列を組んで体育館に向かう。
「やっぱりレベル?が低いと今後の学校生活に影響あるのかな?」
『可能性は高いです。目に見えた成績の開示。学内における学力、運動能力……それにウタカタ力のようなものが追加され学内カーストが形成されると予想。』
子供ってのは残酷だ。倫理観が育ちきっていないから、弱者に対していくらでも残酷になれる。しかしアイビーの予想を考慮すると面倒だ。俺にはウタカタが備わっていない。
「……学力でなんとかカースト上位を目指すかぁ。」
『空賊らしからぬ言葉ですね。』
ほっとけ。
俺の目的はこの少年に生きる目的を与えること。学内での立ち位置はそれなりにしておくのが理想だ。
今後の将来設計をしていると前の方でどよめきがあがる。
「まぁこんなものかしら。玖月の人間が低レベルだなんてありえないもの。」
綾音が得意げに振る舞っている。レベル評価は1から5の5段階評価。加えてウタカタの力を持たないものは「なし」と評価される。綾音は堂々の五を記録していた。初めてのことらしく皆が騒ぎ出す。
「さすが玖月家の令嬢だ……。」
「家柄もよくて能力も高いとかチートかよ……。」
称賛や嫉妬、色々な声だったが称賛の声が大きい。まぁ学校なんて狭いコミュニティ。強いものに巻かれるのが賢い生き方だってのは子供でも分かるもんだな。
綾音と目が合う。何か言いたげな、自分の成果を見せつけるような表情。つまりドヤ顔。何も言わないのはまぁ俺が以前、関わるなと言ったからだろう。
「凄いじゃないか。やっぱり血筋が良いとウタカタとかいうのも凄いのかな。」
「ふん、当然。」
上機嫌に去っていった。よくわからない女だ……。
教員に名前を呼ばれる。自分の番だ。
「えーっとそれじゃあまず簡単な質問からだ。雨宮、お前の能力はどんなだ?」
「肉体強化です。筋肉が強くなります。」
「なるほど、それじゃあ試しに見せてくれないか。」
教員は手慣れた手付きでダンベルを手渡す。ウタカタとはアイビーの分析によると魔法を源流とするもの。つまるところ五大元素……自然現象をもとにしているのである程度の能力は予想がつくのだ。
しかし、ダンベルといっても5kg程度のもの……こんなの誰でも持てるだろう……。
……ひょっとして嘘をついているのか試しているのもあるかもしれない。
年頃の若者がウタカタなんて未知の力を手に入れて、それを誇示する機会があるのに何もしないなんてことはないはずだ。
「ではいきます。」
「ん?いくってなにを?」
ダンベルを握りつぶした。教員の手からペンがこぼれ落ちる。よし、最初のインパクトは掴めた。
「さて次はこの潰れたダンベルを~?」
「え、まだあるの。」
引っ張って元の形に戻した。ちょっと歪んでるのは愛嬌だ。
「どやぁ……。」
「お、おう……凄いことは分かったよ、これはレベル5行くかもな……。」
教員は驚きながら装置らしきものを引っ張る。これで測定するというわけだな。
手をいれる穴があって、そこに突っ込めばいいらしい。とてもまずい。この装置が正確なら、そもそもウタカタなんてものは持っていない俺の評価は「なし」でしかない。
「突っ込まないと駄目なの?物足りないならそのダンベルを今度はちぎるけど。」
「駄目だ。規則だからな。というかちぎれるのかよこわ……。」
必死に抵抗するも教員にドン引きされるだけだった。仕方ないので手を突っ込む。どうにでもなれだ。もしかしたら俺の秘めたるウタカタ力が覚醒してという展開もあるかもしれないしな……!
「…………反応がないな。壊れたか?」
「そうかも。その場合、どうなるんですか?」
「これは国の指示だからな、ちゃんとしたデータがとれるまで何度もやるものだが……丁度いい、今、他の班の装置が空いたからこれを使おう。さっきまで動作してたから問題ないはずだ。」
手を突っ込む。反応はない。
「……ウタカタレベル……なしか?え、それじゃあさっきのは素の筋肉?い、いやそれはないよな雨宮。」
「そ、そうですよないですよ。見てくださいよこの細腕。嫌だなぁこんなか弱い男子高校生をゴリラみたいな目で見ないでください。」
「だよなぁ……ありえないよな……とりあえずレベルは不明にしておこう。今回の件については国に報告して指示を受けることにする。なに心配するな雨宮。国もウタカタについては特に力を入れているから今日中にも回答はもらえるはずだ。」
こうして検査は終わった。危ない危ない。俺の芸を見せなかったら「なし」にされていたな。
『マスター、しかしこれはこれでまずいのでは?』
「なんでだ?良いことじゃないか。「なし」だなんてクラスメイトの笑いの種だぞ?」
『いえ、そうではなく異世界から来た魔王としての力の隠蔽は絶対です。バレたら……。』
あっ。
血の気が引いた。そうだ。俺は今、自らウタカタ以外の力の可能性を自ら見せつけたじゃないか。
「さ、再検査ってできないかな……?」
『無理でしょう、かなり厳格にしているみたいです。ほら先程の教員、慌てた様子で体育館から立ち去っています。きっと検査よりも先程の報告書作成を優先するように指示されたのでしょう。』
……祈るしかない。今のうちに言い訳を考えておくしかなかった。





