その出会いは運命的で
「……それはおかしいだろ。なら何で魔法が使えるんだ。」
『分析結果。斬撃魔法に類似した彼女の攻撃は斬撃魔法とは若干異なるものです。通称ウタカタ。つい最近観測された超常現象。詳細は不明。現在、無線通信を主に情報が急激に波及。』
未知の力、それも突然湧いてきたということだろうか。肉体強化魔法は基本的汎用魔法。子供が義務教育で習う便利魔法レベルで、争いの道具ではない。
「肉体強化魔法のリミッター開放。」
『推奨しませんマスター。既に倫理コード活動限界は近いです。その上リミッター解除をした場合、肉体が損傷します。』
「だろうな。だがここで殺されるよりマシだ。」
だが蒼音、もといドレイクは魔王。その力で極めて高度にブーストされる。ある程度ならば使い方次第で十分に渡り合える。
肉体が締め付けられる。スーツ状に変形した魔法陣が蒼音の思考を読み取り、イメージした動きを再現するために肉体を強制的に動かしているのだ。
肌に何やら紋様が薄く輝いている。少女は蒼音の奇妙な変化を見逃さなかった。先程の奇天烈な動き。あれがまた来るのではないかと身構える。……筈だった。
消えた。蒼音の姿が、目をそらしていないのに消えた。建物がぐらつく。建物ごと切断したため、地面が安定していない。思わず身体のバランスを崩してしまう。
「えっ───。」
気がつくと腕が折れていた。あらぬ方向へと揺れている。遅れて気が付いた。消えたのではない。あまりにも早いスピードで見えなかったのだ。
バランスを崩したのは偶然だった。もしあのまま身構えていたら、折られていたのは首。首をへし折られていた。それは死。死んだことすら気がつかないほどに素早い動きで殺される。
「外したか。次は確実に……仕留める。」
「仕留……める……?」
少女は誤解していた。目の前の雨宮蒼音という男を。彼は確かに想像どおりどこにでもいる平凡な男子高校生である。だがその中身は別物。魔王と呼ばれた空賊。キャプテンドレイク。人一人を殺害するのに、ためらいなど微塵もなかった。
決意を決めた彼の視線は冷たく、まるで虫を見るような、凍りついた視線が少女に突き刺さる。初めて見る人の表情だった。殺意とか怒りとか憎しみとかじゃない。例えるなら目の前の虫けらを始末する、そんな表情。
ズキリときた。折れた腕の痛み。
「い……たみ……?きゃっ!?」
轟音。蒼音が跳躍したのだ。まるで爆発したかのように床が壁が爆発している。直線的な動きではない。獣のように部屋中を飛び回り、今度は確実に殺す意思を込めて、攻撃を仕掛けようとしているのだ!
「い、いや……たすけて……!」
痛みは死を連想させ、死を覚悟した。たまらず少女は逃げ出す。部屋の外へと。しかし転倒。見ると地面に先程の得体のしれないロープ。既に足が縛られていた。布石が打たれていたのだ!
「なんなのこれ……!」
床を切断。崩れ落ちる地面。たまらず蒼音は崩落に巻き込まれながらも受け身をとりつつ様子を伺う。
警告音が鳴り響く。魔法倫理コードの限界時間はとうに過ぎている。だがここで止めるわけにはいかなかった。殺人鬼をここで逃がすわけにはいかない。
崩れ落ちた瓦礫、土煙の中で刃が飛ぶ。しかし、それはあらぬ方向ばかりで、下の階層がズタズタにされていく。悪あがきにしか見えないが、中々近寄れないのも事実。
「サーモグラフィー起動。よし、これで良いか。」
適当な瓦礫を拾う。土埃で見えないのは相手も同様。こちらにはアイビーがサポートするサーモグラフィーにより位置が探知できる。目標に向けて思い切り瓦礫を投げつけた。
ドカンと音がして瓦礫が爆散する。どうやら障害物の影に隠れているようだ。銃弾を逸らすほどの斬撃魔法だが、やはり視野が確保できていないと十分に機能しないようだ。
「何発目に……くたばるかなぁ!!」
『マスター、やってることが完全に悪人側ですね。』
衝撃音が響く!響く!そして斬撃!しかしあらぬ方向!これは勝負がついた。そう確信していた。
ズズズ……と鈍く、そして嫌な音がした。
『マスター、退避を推奨します。』
真っ二つに切断されたマンションは、ついに限界を迎え崩れ始める。いや、あえて迎えさせたのだ。少女の斬撃の狙いは俺ではなかった。建物そのもの。
「おいおいマジかよマジかよ!くそっ!おい女!次は絶対にこうはいかねぇからな!首を洗って待っていやがれぇぇぇ!!」
『マスター、なんというかこちらが悪者にしか見えない言い回しはやめましょう。』
ロープを形成。そして射出。ビルとビルに突き刺さり、ジップラインのように使って崩れていくマンションから避難する。
そして蒼音の負け惜しみが夜の街に響き渡るのであった……!
───崩れ落ちた瓦礫の山。
殺人鬼の少女は安全な場所まで逃げたことを確信するとその場に座り込んだ。まだ呼吸が落ち着かない。心臓がドクドクと高鳴っている。途中から見せた彼の顔が今も瞼の裏から離れない。冷たい目。初めて見た人の表情。
静かな夜の闇が街を包み込み、ほのかな月明かりが路地を照らしていた。彼女の心は胸に響くような興奮に満ちていた。彼との出会いは一瞬なのに、今も心から離れない。少女は蒼音に対する深い感情を抱いていた。
「はぁ……はぁ……あぁ……そう、これがこれがそうなんだ。」
落ち着かせるように胸を抑えるが止まる様子がない。そう、この感情は間違いない、これがこれが……。
「これが恋……!あぁ、見つけた、見つけた私の王子様……❤」
王子様につけられた傷を愛しく何度も撫で回し月を見る。学生服を着ていてくれて本当によかった。あの学校なら知っているから。
「神宮寺!しっかりしろ!連絡は既に済ませている!あぁくそ、異界域なんてものがなければすぐに車やヘリが迎えに来たというのに!」
千歳と神宮寺は無事にマンションから脱出できていた。だが神宮寺の顔色が悪い。真っ青になっていて、息も荒くぐったりとしている。ついには立つこともままならない状態になり千歳の肩を借りている状態だ。
「お嬢……俺はもう駄目です。血が止まらない。止血が効かないんだ。喉が凄く乾いて凄く寒い。見なくても分かる、チアノーゼも起こしているんでしょう?」
「馬鹿を言うな!気のせいだ!喉が乾いているのなら、そこの自販機で飲み物を買ってくるから……!」
そういって財布を取り出し、自販機に向かう。思うように硬貨が入らずイラつきながらも何とか買うことができた。
「ほら飲むんだ。お前の大好きな甘ったるい炭酸飲料だ。顔に似合わず甘党な……。」
無理やりペッドボトルを口に当てる。だが中身は溢れ、神宮寺の口周りを汚すだけだった。
「しっかりしろ神宮寺!」
「お嬢、小さい頃からずっと、ずっと仕えてきましたが、こんなこと親父さんには言えませんが、天涯孤独のこの身でしたが本当の娘のように……。」
「私もだ、私もだよ新宮寺。私にはもう一人父親がいたようなものだった。だから───。」
新宮寺から完全に力がなくなる。目から光がなくなり、人形のようにがくりと千歳の腕の中で崩れ落ちた。
車の音がする。あまりにも遅い到着。ただ愕然と、千歳は神宮寺を抱きかかえていた。





