殺人令嬢
一発目。マグナム弾が放たれた。少女の肉体を簡単に吹き飛ばす威力だった。だが……その銃弾は逸らされていた。ダブルアクションはトリガープルが重く、早撃ちをした際に照準がぶれる。だが神宮寺はそれを克服していた。確実に命中させる腕を持っていたはずだった。
二発目。マグナム弾の爆発音が響き渡る。既に東雲千歳とその連れは目を覚ましていて、こちらの様子を伺おうとしていた。
「来るなお嬢ッッ!!」
だが当たらない。確実に命中した筈なのに、何故だかその弾丸はあらぬ方向へと向かう。本能的に察した。この少女からは危険な気配がする。破滅への誘い。躊躇すれば呑み込まれると。懐からナイフを取り出し少女に向けて振り下ろす───!
「そう、それでいいの王子様。拳銃なんて二人の愛には無粋。お互い身体を使ってこそ、愛し合い。求め合うものなのだから!」
「何を訳のわからねぇことを言ってやがる!!」
神宮寺は怒鳴った。少女は狂っていた。短いやり取りで神宮寺はそう確信した。
躊躇ないナイフの一撃。しかしそれは空振る。先程の銃弾とは異なり、少女は体捌きで躱している。神宮寺はナイフの素人ではない。だというのにここまで翻弄されるのは少女の異常性への警戒が大きくあった。
だが神宮寺は歴戦の兵である。ただ躱されるだけでは済まさない。
「あっ……。」
少女の背が壁に当たる。気がつくと袋小路。部屋の隅に追いやられていた。少女は後ろを見て少し驚いた様子を見せる。そうなるように誘導されていたのだ。
神宮寺は全力でナイフを振り下ろした。逃げ場のない敵を確実に倒す。そのつもりだった。
「ツッッッ!!」
ボトリとナイフを握る手が腕ごと落ちる。血しぶきが飛んだ。よく見ると、少女の腕には禍々しい形をした刃物が握られていた。それは小柄な少女の身長と同じくらいのサイズ。軽々と片手で持っている。見たことのない歪な刃物。グルカに近い形状だがここまで歪ではない。どこに隠し持っていたのか。
だが神宮寺の闘志は未だ消えず。眼前の敵を睨みつける。
その姿を少女は嬉しそうに、興奮した眼差しで笑みを浮かべて見ていた。
「あぁ!あぁ!素敵です王子様!腕が削がれてもまだそんな目ができるなんて……!次はどうしてくれるのかしら!?」
「イカレ女が、くたばりやがれ。」
神宮寺は憎悪を込めて言った。少女は狂気を孕んだ瞳で、笑いながら刃物を振り下ろした。神宮寺は哀れ真っ二つに切り裂かれる寸前だった。少女はバランスを崩し吹き飛ばされる。横から誰かが突き飛ばしたのだ。
『情報検知。対象の少女から僅かに魔力反応。』
「千歳、神宮寺さんを連れて避難しろ。」
「待ってくれ!君はどうするつもりなんだ……その女、ただものじゃないだろ!」
「ただものじゃないのはお互い様だ。分かってるだろ千歳、ゲストがいるのはまずいんだよ。」
異世界に文明を無闇に見せるわけにはいかない。そのことを千歳は理解している。腕を抑える神宮寺を支え、出口へと向かう。神宮寺にとって最優先は千歳の護衛。俺が時間稼ぎをするのならば文句一つ言わずに千歳とともにここから立ち去ろうとするだろう。
「駄目よ王子様。逢瀬は始まったばかり。他の女の事なんて見ないで?」
だが女の狙いはあくまで神宮寺のようで、俺を無視して駆け出す。
「チェンジだよお姫様。舞踏会の相手は一人じゃないんだぜ?」
指先から魔弾を放つ。無論当たらない。謎の力で阻害……されているように見えるのはこの世界の人間が知らないからだ、この力を。
『情報整理。連続殺人事件と手口が酷似。彼女は切り裂きジャックの可能性大。』
「斬撃魔法。最近騒がしい連続殺人鬼……切り裂きジャックだっけか?凄惨な刺し傷切り傷だらけと聞いているけれど、まさかこっち側の人間の仕業だとは思わないわな。」
少女の動きが止まる。動かせないのだ。先程放った弾丸は敵を仕留めるものではなく拘束するもの。三発撃ち込んだ魔弾からワイヤーが伸びて対象を拘束する。斬撃魔法で弾く程度で機能は損なわれない。
「なに……これ?」
初めて見る拘束技法。いつの間にか縛られていた自分の身体に困惑を隠せない様子だった。
「そのロープは数多の耐久試験を経て生成された特別製だ。さて話してもらうぜ、お前が何者なのか……。」
「邪魔をしないでくれない?あぁでも……恋物語には障害はつきもの?」
刃物がいくつも空中に出現し、まるで生き物のように少女を拘束するロープを断ち切る。
ありえないことだった。並大抵の斬撃魔法には耐え抜く"魔王"のロープがいとも容易く、こんな年端もいかない少女に断ち切られるなど。
「だから、死んで?」
「死なねぇよ。」
躊躇ない一撃。身体を翻し躱した先、壁が真っ二つに両断された。斬撃魔法とは思えない威力。俺の知るどの魔法よりも次元が違っている。
「アイビー、誰だこいつは。こんな達人級の使い手ならデータベースで照合できるだろ。」
『該当なし。いえ、そもそも彼女は……。』
「何を一人でごちゃごちゃと言っているの……?ねぇ邪魔しないでよ、私は王子様に会いに行くんだから!」
切断、両断、破断。
室内の家具が次々と無茶苦茶にされていく。まるでバターのように簡単に切り裂かれていて、現実感がない。
話にならない。まるで子供の駄々だ。このままじゃマジで殺される。肉体強化魔法を展開。この間のように魔力を身に帯びさせて身体能力を向上させる。
迫りくる刃。だがもう逃げない。肉体強化魔法は強制的に肉体の限界を越えるため活動限界がある。多少の無理はしてでも活路を開かなくてはならないのだ。
神宮寺が落としたナイフを拾う。無数の刃は確実に俺を切断する方向へ飛ばしてくる。よく見ている。だが……!
「対人慣れしすぎている、それがお前の敗因……だ!」
あくまで人の動きを想定した刃。躱されても、反撃に転じれない絶妙な動き。だが此度は違う。肉体強化魔法は身体能力を極限まで向上させる。躱した先、敢えてバランスを崩し転倒。だがその直前、指一本で倒立。腰を回転させて足の指で掴んだナイフで少女を切り裂いた。
少女は信じられないものを見たかのような唖然とした表情を浮かべた。
「!!……ちっクソ……こういうのは奇襲だから仕留めたかったが。」
手応えはなかった。失敗の原因は体格の違い。前の身体なら余裕で届いていたリーチだが、この身体ではリーチが短い。ナイフは少女の服と肌を裂いただけに留まり、致命傷には至らない。
しかし少女は困惑していた。今までとは相手が違うことを理解したのだろう。今まで狩る側だった筈なのに、今相手にしているのは自分の命に届き得る相手だと、認識したのだ。
ならその一瞬の隙、狙わないのはあまりにも勿体ない。
部屋の床板が砕け散った。俺は地面を蹴り上げた。地面を蹴り上げることで加速した。当然その蹴り上げの威力が大きいほど加速度は高かった。
蒼音の鉄拳が少女の腹部にめり込む。うめき声。だが容赦はしない。その姿には騙されない、敵は恐るべき殺人鬼。容赦をしていては呑み込まれる。少女が怯んでいるうちに終わらせる。
続けての連撃。だがその思惑は刃物によって遮られる。追撃をすると確実に腕が吹き飛ぶと判断し一度後ろに飛び距離をとる。
「くそっ厄介だな。斬撃魔法も極限まで鍛え抜けばこうまで来るか。」
少女は肩で息をしている。ダメージは深刻と見た……のだがなぜだかそこには笑みが溢れている。
「あなた、ウタカタだったの……?そう……そうなんだ!あぁ嬉しい嬉しいわ!ねぇもっと、もっと頂戴!」
少女は興奮した声で言った。ウタカタなんて意味の分からないことを言っている。絶好の機会だと思って殴りつけた。だがその拳を空振る。少女がギリギリの間合いで避けたのだ。それだけではない。腕を掴まれてしまう。思わず身構えるが、少女は掴んだ腕を引っ張り身を寄せる。
次の瞬間、唇が少女の唇と触れる感触を感じた。それはまるで花がそっと開くような優雅さと、熱い情熱の交差点のような瞬間だった。
少女は手を俺の背中に回し、舌をいれてくる。あまりにも意味不明な行動に頭の中が真っ白になっていたが、突き飛ばした。
「おま……!いきなり何しやがる!?」
「困惑、ううん混乱……駄目。暴力っていうのはね……相手に容赦なんてしたら駄目なの。でないとお互い気持ちよくなれないから。」
瞬間、とてつもない圧力と共に地響き。部屋を建物ごと両断された。とてつもなく巨大な刃物で削り取られたかのようだった。外から夜景が見える。
月明かりに照らされた少女は傷口を指でなぞり血がついた指を舐める。顔を紅潮させトロンとした目でこちらを見つめている。
『警告します、彼女は異世界の人間ではありません。この世界の人間です。』
ここにいるのは同じ世界の人間のみ。全力を振り絞るために魔法体系を構築しようとしたとき、アイビーから警告が入る。
ありえない話だった。ならば、今まで起きている出来事は、魔力のない世界でこの女は何をしているのだ。





