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ブルーミラージュ ~歪な異世界で、私は何度もやり直す~  作者: ホワイトモカ二号
結末の濫觴
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顕現した異世界

 はずなのに何で俺は人混みに揉まれ千歳の買い物に付き合っているんだ。両手にはたくさんの買い物袋。それも衣服とかなら可愛げがあるもんだが意味の分からないものばかりだ。


 「よし次はあそこだアオト!いやぁ助かるよ。まさか君からこんな申し出をしてくれるなんて。」

 「俺が頼んだのはこの世界の常識を知りたいってだけなんだが……。」

 「だからこうして連れてきたんじゃないか。買い物というのはつまるところこの世界の文化を知るのに一番さ。異世界に限った話ではない。外国でもその国がどういう文化なのか、どういったものが愛されているのか……それを知るのに一番手っ取り早い。」


 千歳に案内されたのは街の裏路地のようなところ。そこに怪しげな店がいくつも構えられていて、顔なじみなのか次々と購入している。商品は電子部品や化学薬品の数々だ。


 「本当かアイビー……?俺、騙されてない?」

 『現地協力者の言う事ですから疑うのはよくないと思います。』


 電子部品をつかみ眺める。トーマスなら何か分かるのだろうか?技術屋ではない俺にはどうもピンとこない。


 『推察のとおりこの世界の文明レベルは私たちの世界に比べ劣っているようです。今、マスターが持っている電子部品も極めて原始的なもの。いえ、魔力のないこの世界なりの工夫なのでしょう。』


 物理法則も違うこの世界。例え同じ時代を辿ったとしても致命的に欠けているもの。それが魔力だ。それがこの世界の文明の発展を遅らせているのだとしたら、逆にここまでやれたことは称賛に値するのだろうか。


 「どうだいアオト、学校と違って中々刺激的な一日だったんじゃないか?何せ見知らぬ土地……いや世界での様々な物品なんだ。何も感じないだなんてウソさ。」

 「確かにまぁそれは一理ある。なるほどこんなバカみたいに買い物したのも俺に色々なものを見せてあげたいという気遣いだったのか。」

 「まぁ丁度材料が不足してたからね。通販で済ませれば良いんだが、中には通販お断りの困った店もあるから。」


 おい、そっちが本音じゃないのか?どうもこの女の本音が見えづらい。


 「───続いてニュースの時間です。現在、騒がれている連続殺人事件、切り裂きジャックの新たな犠牲者が出ました。被害者は皆、裕福な男性でどれも凄惨な手口から警察は怨恨の可能性があるとして……。」


 街頭テレビからニュースが流れる。


 「またこのニュースか。」

 「ふむ、物騒な話だね……近場なのもあるし、しばらく夜一人で歩くのは避けた方が良いだろう。それよりも君のことのが私には重要だよ。」


 千歳はここぞとばかりに俺の身体の希有さを語りだす。正直いって興味のない話だった。


 「……ん?」


 セクハラをしてくる千歳を押しのけていると、見えた。雑踏の中、スクランブル交差点の中央でそれは見えた。なにかの光点。本能で察した。なにか危険な予兆。


 「伏せろ千歳!!」


 そう言いながら千歳の肩を掴み抱き寄せて屈む。それと同じタイミングだった。爆発音、そして衝撃波。鼓膜を破るほどではないが強烈な衝撃だった。


 薄っすらと目を開ける。

 爆発は思ったよりも規模が小さかったのか建物は倒壊していない。だが景色が明らかに違う。道路の横断歩道は途切れ途切れで、途切れた部分はアスファルトではなく土の地面から生えた草原。高層ビルの一部は岩山と融合していて、その姿はスライスしたビルと岩山の切断面をくっつけたような歪な形。


 更に奇妙なのは見たことのない生き物が転がっている。生き物は立ち上がりこちらを見つめている。猿のようだが違う。体毛はなく肌の色は黒ずんでいる。何よりも手に持った刃物は、明らかに俺たちに敵意を示すものだった。


 「お、おい見ろあれ!!」


 誰かが空を指さして叫んだ。その先に見えたのは巨大な翼を持った生き物。鳥にしては規格外の大きさ。


 その光景はまるで、異世界がこの世界に転移してきたかのようだった───。


 『警告、空間レベル異常値……えっ……安定……レベルは異常値ですが世界は安定しています。これは……。』


 アイビーの報告は混乱していた。空間レベルというのはこの世界が一つのコップに注がれた液体だとするならば、その中身が揺れる大きさを言う。当然揺れが大きいほどその中身は乱れ……そして溢れる。即ち世界が崩れるということだ。

 だが此度は異常値を出しながらにして安定、これは即ち……。


 「異世界と異世界が融合した……ということか。」


 そういうことになる。

 そして奇妙な生き物。それはこの世界には不釣り合いだったため判別できなかったが今は分かる。あれはゴブリン。俺たちの世界の……モンスターだ。


 「魔法開放。犠牲が出る前に殺す。」

 『エラー。目撃者が多すぎます。』

 「もうそういう問題じゃねぇだろ!ああくそっ!!」


 ゴブリンは状況を把握しきれず混乱していた様子だったがやがて考えることを放棄したのか、こちらに向かってくる。人間おれたちという餌を見つけて。


 「くそ!逃げるぞ千歳!!」


 為すすべなく俺は千歳の手を掴み逃げ出した。ゴブリンは恐れるに足りない。例えこの身体であろうと平均的な女性の脚力でも逃げ切れる。


 距離をとってからしばらくして俺の体力も限界に来たので立ち止まる。不便な身体だ。


 「ハァハァ……ここまで来れば……大丈夫……。」

 「アオト……!アオト!今のは今のは何なんだ!?私たちは、何を見たんだ!?」


 満面の笑みで俺の両肩を掴み千歳は説明を求める。ああ……こいつはそういう奴だな……。



 「突如、○○区第三地区に出現した異界域と呼ばれる領域ですが、現在自衛隊の懸命な活動により取り残された人々の救助が続いています。政府与党はこの事態に対して声明文を近々発表する他、諸国との連携を~。」


 あれから数日、学校も臨時休校でテレビではずっと異世界の話ばかりだ。異世界と言っても部分的なので異界域。わかりやすい。そして彼らが話題にするのは当然だろう。まったく知り得ない世界の存在の来訪。関心度は嫌でも高くなる。


 「アオト?みりんをとってくれないか?」

 「姐さん、そんなことしなくても私たちが用意しますけぇ。」

 「いやいや、そこまで世話にはなれないよ。それにこれは私が好きでやってることさ。」


 異常事態、危険性を説明すると千歳はそれならばと、安全な場所に一度泊まり込むことになった。豪華なマンションの一室……というより、ワンフロア全てを使ったプライベート空間。何でも父の仕事の関係で身辺警護のプロ集団だとか。エレベーターと階段には黒服が警護しているし、玄関口は監視カメラが付いていてオートロックだ。まるで要塞。

 ……それにしては何か柄の悪そうな連中だ。


 「それで?ニュースを見てある程度、情報の整理はついたのかな。」

 「ああ……間違いない。転移してきたのは俺のいた世界、ユグドラシル界だ。もっとも転移してきた中に人間は今のところいないみたいだけど。」

 「こんなこと、よくあることなのかな?」


 興味深そうに顎に手を当てて千歳は尋ねる。


 「あるわけがない。だからアイビーはさっきからずっと異常値を出してる。それに融合と言っても断片的だ。おそらく向こうでも一部の世界が突然こちらの世界と融合して混乱してるんじゃないか。」


 もっとも深刻なのはこちら側だ。

 ユグドラシル界と比較するとこちらの世界は遥かに技術水準が低い。つまりモンスターを討伐する術なんてないわけで……自衛隊とかいう軍隊?も二の足を踏んでいる最大の理由なのだろう。


 「あ、朗報が来たよアオト。学校は来週再会するらしい。」

 「マジかよ、度胸あるなこの世界の連中。」

 「そこは自衛隊の頑張りのおかげだね。私たちの学校は異界域から離れていて安全は確認された。つい昨日政府も自衛隊が警備する安全区域なら外出許可が出たからね。」


 閉じこもりっぱなしで母親にも心配かけてるし、そこは朗報といったところか。


 「じゃあ千歳ちゃんとはお別れか。悲しくなるな。」

 「はん、心にもないことを言うなよ新宮寺。君は父に借りを作りたいだけだろう。」


 強面の中年。千歳に新宮寺と呼ばれた男は表情こそは穏やかだが、その身体付きは見るからにいくつかの修羅場を潜り抜けたようなものであった。その奥では冷たい眼差し。


 「……おい千歳。今更なんだが大丈夫なのかよこいつら……。」

 「大丈夫だよ。彼らは確かに反社会的な活動もするが、頭が悪いわけではない。私の父と付き合う利点がある限り、私たちにも好意的さ。」


 その口ぶりは冷たいというより軽口という印象を受ける。実際二人の空気は朗らかなもので、何というか……本当の家族のような関係性を感じる。

 千歳とて年頃の女の子だ。素直になれないところもあるのだろうと思うと失笑する。


 「……どうしたんだい?今、笑うところがあったかな。」

 「ああ、いや……千歳も可愛いところがあるんだなと思っただけさ。」


 どういう意味さと問い詰める千歳に対して俺は気まずそうに言い淀む。そんな俺たちの様子を、神宮寺は穏やかな目で見ていた。


 ───深夜。

 神宮寺は周囲を警戒しながらも東雲とその友人の様子を見ていた。

 神宮寺は千歳が乳児だった頃からの付き合い。子供のいない神宮寺であったが、不思議なもので何故だが愛着が湧いていた。


 ポーン。


 エレベーターの音がした。このフロアは貸切。入れるのは関係者のみ。こんな深夜に連絡もなしに来訪するのは不自然。


 神宮寺は銃を手に取る。スターム・ルガーのスーパーレッドホーク。44口径マグナム弾を撃ち出すダブルアクションのリボルバーで、近代的な設計と頑丈さを兼ね備えている。防弾チョッキなんて意味はない。プロテクターだろうが貫く。神宮寺はその絶大な威力を重きに置いていた。経験に基づいた選択である。


 気配を殺しドアへと近づく。感覚を研ぎ澄ます。悲鳴は聞こえない。外のボディーガードは無事だということか。

 いや、違う。静かすぎる。誰か来たのならば、それが敵ではないにしろ、何かしらの会話があるのが自然だ。即ち───。


 ドアが開かれる。施錠をしていた筈だったというのに。


 「はじめまして、貴方が私の王子様?」


 警戒は十分にしていた。即射殺するつもりだった。だが一瞬の躊躇。それはお嬢と、東雲千歳と同じくらいであろう少女だった。知らない女。一瞬反応が遅れ、手に持った拳銃の引き金を引いた。


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