8.成人式
クラスにデマを流した犯人は菅谷栄公だった。文通していたミウリを嫉妬しての犯行だったそうだ。林檎と桃の証言により、すぐに嘘だとばれて情報源が特定された。
桐森尚也副委員長が、栄公からの情報を真に受けてクラスメイトに吹聴していた。
この騒動で、翔は大笑いしていたが、恋歌は本気で怒っていた。栄公はクラスでの信頼を失いエリート軍団は自然消滅していった。
嵐山さんは退院し、クラスで起きた騒動のことを知って驚いていた。以降は林檎たちのグループに仲間入りした。
桃は良吾たちのグループへ移動した。謙信は泣いて喜んでいたが、泣いていたのは違う意味だったのかもしれない。。
そしてミウリはどうかというと、林檎と付き合うことになった。騒動が収まった後、林檎の気持ちを素直に受け止め、告白したのだ。
ただ教室では一人でいた。ミウリにとって騒がしいのは性に合わないと、公表することを拒んだ。
しばらくして嵐山さんとの文通が再開した。諭が熱心に説得してくれたからだ。ありがとう。
――五年後、成人式の会場前広場。
ミウリは二十歳になり、久しぶりにクラスメイトと再会した。それぞれが大人びた印象だが、話せばすぐにあの頃に戻れた。
「ミウリ、元気だったかー」
「ミウリくーん、久しぶり-」
クラスの中でも仲が良かった良吾、林檎の姿があった。林檎とは別の高校に進学したが、しばらくして別れた。理由は忘れた。想像していたよりつまらなかったんだろう。
「ミウリさん。こんにちわ」
諭はタイムスリップしてきたかのように見た目も声のトーンも変わらなかった。この先、歳を重ねても変わらないのかもしれないな。
久しぶりの再開に当時の思い出話に花が咲く。
そんな中、諭から林檎と結婚したことが告げられた。
ミウリと嵐山さんが文通を再開したころ、実は林檎たちも文通を始めたそうだ。嵐山さん、諭や桃、良吾と文通をしていたが、最後まで続いたのが諭だったという。今でも文通というツールが有効だということを証明してくれた。
とんだサプライズに祝賀ムードに沸いていると、嵐山さんが会場にやってきた。
「ミウリくん、お久しぶりです」
「ああ、うん。久しぶり」
気品のある物腰にほだされたのか、ミウリはすこし緊張した。嵐山さんは林檎たちにも笑顔で挨拶を交わすと、諭との結婚を祝福した。
成人式が始まると、会場内では堅苦しい挨拶と賞状の授与式が始まった。あまりにつまらないので、自分の番を終えるとこっそりと外へ出た。
広場には先ほどより多くの新成人たちがいたるところに集まって談笑していた。あの教室での喧騒を思い出す。
「ミウリくん」
振り向くと、嵐山さんが物静かに佇んでいた。
嵐山さんとの文通は二年ほど続いたが、次第にやり取りの間隔が広がって今は自然消滅した形になっていた。
「今は、何してるの?」
ミウリは大学には進学せず、地元近くの会社で営業職をしていることを説明した。
「もう働いてるんだ。すごいね」
「いや、ただ勉強が嫌で就職に逃げただけだよ」
成績優秀だった嵐山さんに褒められて気持ちが高ぶったせいか、この後、つい余計なことを聞いてしまった。
諭とは小学生の頃、家が隣通しだった。よく遊んでいた仲で、今も連絡は取っていたので、結婚したことは報告を受けていたと言う。
諭との仲の良さをてっきり付き合っていると思っていたがそうじゃなかった。諭は兄弟のような存在だからと微笑んでいた。
逆に林檎との仲を聞かれたので、少し付き合ったが別れて今日久しぶりに会ったんだと正直に答えた。他には一人暮らしの事を色々聞いてきたので、参考になればと自分が利用した不動産屋を紹介した。
式が終わる頃、クラス会を食事でもしながらやらないかという話になった。ミウリは明日も朝が早いからと誘いを断り、その場で別れた。
別に朝方まで飲むわけでもないのに、ミウリはまだ大人数で騒ぐのに苦手意識を持っていた。
あのクラスメイトから疑いをかけられたときの冷たい視線を思い出すと、腹がズキズキと痛み出す。
――平日、会社では一年経ったがまだ新人扱いだった。零細企業なので毎年新人が入るわけでもないし従業員が少ないので社員総出で雑用もこなすしかない。
資料作りや、コピー作業で今日はだいぶ帰りが遅くなった。ふらつきながらアパートの部屋に入ると、ドアに付属の郵便受けに郵便物が届いていた。
鞄を放り投げ、二ドア冷蔵庫からビールを取り出す。まだビールの味には慣れないが、これからは接待などで飲む機会も増えるだろうと、毎晩飲むようにしている。
「ン、ン、ン、カーッ」
空きっ腹に染み入る炭酸とホップの苦み。ネクタイを緩めて真新しいちゃぶ台に腰を下ろす。
もう一口含んで郵便物に目を通すと、請求書やチラシの他に切手のない封筒を見つけた。
「ん?」
裏を見ると、差出人は書いていないがキツネのシールが貼ってある。どこか見覚えのあるシールだ。不思議に思いながらも封を開けると中には三つ折りになった便せんが一通、あけた瞬間思わず目を丸くした。
あの時の記憶が鮮明に呼び起される。
『あなたをずっと想っています』
ミウリは反射的に缶を掴むと一気に呷って天を仰ぐ。そして、もう一度確かめるように便せんを見入った。
達筆な字で書かれたその一文は幻影ではなかった。
そして明日からの生活に一抹の不安と淡い期待が膨らんでいった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
中学時代は思春期(なってない人も)ならではの苦い経験や、甘酸っぱい思い出があると思います。今の成人は一八歳から。大人の事情に翻弄されて大変だとは思いますが、大人になってわかることもたくさんありますので、紆余曲折しながらも人生をハッピーに過ごしてほしい。
不安なのか、期待なのか、ミウリの心中はどっちなのかな。この先何が起きるのかな。成人になったからこその付き合い方、できるといいなと思います。