3.林林檎と田崎桃
ミウリに急接近してきた林檎。どうする?
課外活動のあとから、明らかに林檎が話しかけてくるようになった。休み時間でも昼休みでも授業で男女混合の班を編成する時でも指名してくるようになった。
それはクラスでも皆気づいていて、林檎とミウリは付き合っているのではといった噂まで立つようになった。しかし人気者の林檎は、ミウリが孤独なので救済していると捉える者も多く、避難してくる事は無いし、林檎も普段通り生活していた。
良吾はこのことに一切口出ししてこなかった。あの性格からは考えにくいが、ふざけていい基準があり、今回は茶化さないと決めたらしい。その基準自体ミウリ側からすればいい加減な話なのだが。
何気ない良吾とのやり取りも、林檎がいると調子が狂うのか、今までのようにふざけてこない。逆に謙信はいつにも増してちょっかいを出してくるし、林檎のおかげでミウリの周りに人だかりができることが多くなった。
ミウリはそのことをあまりよく思わなかった。謙信ほどではないが、林檎によく思われたい男子もミウリを使って輪の中に入ろうするからだ。空気のような存在だったミウリの自由は奪われ、下駄箱を見張りに行く事もできない。
それに問題は男子だけで収まらない。女子にもこの現状に不満を持つ者がいた。その代表格が桃だ。
林檎とは小学生の頃からの長い付き合いだという。ミウリと良吾の関係性に似ていた。林檎は昔から誰とでも仲良くなれるほど社交的で、活発な性格から交友関係が広い。中学校に入ってからは、お付き合いしたいと申し込んでくる男子を、桃が防波堤のように守っているらしい。
林檎は特定の人と付き合うことを嫌い、よく桃に相談している。まさに親友と呼べる存在だった。
桃も女子からは人気があるし友達も多い。林檎が連れてくる友達とは、そつなく繋がり、男子をはねのけるパワーが男勝りで格好いいと、宝塚女優のような魅力を醸し出していると言うが、実際黒い噂もある。
普段見せる天然ぽい性格と、男を蹴散らす二重人格者。もしくは普段から男子を嫌うのは、同性愛者だからという噂。その噂は林檎も全く気にしていない。ミウリにとっても無関心だった。
そんな桃は林檎がミウリに急接近した事を怪しんでいる。警告もしている。ただ直接話をしたことは無い。近づいてこようとしないからだ。きっと林檎の気持ちを考えての行動だろう。もし林檎が拒否反応を示せば、ミウリの待遇は一気にどん底に落とされ、再起不能なまでの仕打ちが待っているに違いない。
ある日、林檎が一緒に帰ろうと言ってきた。駅前のファストフード店に行きたいというのだ、しかも奢るという条件付きだ。
ミウリは快諾した。しかしこの好条件に聞き耳を立てていた男子はこぞって手を上げ立候補する騒動が起きた。しかもミウリの連れという立場で。一体どんな立場だとツッコミを入れたくなる。
女子も何人か声がけしたと言うが、ミウリを誘ったと知って遠慮されたとか。まだ付き合っているとか思われているのだろうか。
さすがに女子と二人は気が引けるのでミウリは良吾に声を掛けた。良吾は一瞬ためらったが、旧友のためならと了承してくれた。
謙信が懸命にアピールしていたが、林檎は苦笑いしながら断ると、悔し涙を堪えながら去って行った。
放課後、校門には林檎と桃の姿があった。桃は険しい顔つきで校門を出ていく生徒たちを睨んでいる。ミウリは良吾と顔を見合わせると、肩をすくめた。思ったことは一緒のようだ。
「お待たせ、ゴメン遅れた。ふぅ」
「ううん、じゃいこっか」
ミウリの息は上がっていた。教室を出ると謙信率いるリン親衛隊がその行動を阻止してきたからだ。ミウリが待ち合わせに遅れれば、今日のイベントは中止になると同時に、林檎の信用を失墜させることができると踏んでの所業だった。
ミウリは廊下を走り体育館を経由し、職員室の前で騒ぎを起こすと、先生たちに捕まった。理由を説明し、ミウリだけ先に返され無事に合流できたのである。
「ミウリくん、汗すごいね。大丈夫」
「ちょっとしたウォーミングアップだよ、腹すかせた方が飯、旨いでしょ」
「ぷぷっ」
「なんだよ良吾、文句あるか?」
「いいえ、ございませんご主人様。お仕事お疲れ様でした」
「な、なんだよその態度」
「良吾君って面白いよね、今日はいかがいたしましょうかご主人様。あはっ」
「ご主人様じゃないから。良吾、変な事言うなよ」
「申し訳ございません、ご主人様」
「ご主人様ハートマーク」
「やめい、なんのプレイだよこれ、ほら田崎さんが呆れてるよ」
「な、急に振らないでよ、ご、ごしゅじん、さま」
「田崎さんまで!」
「桃、ナイス」
林檎が笑い、それを見てミウリたち三人はぎこちなく笑った。青春だ。そして駅前に向かって歩いて行く。
――数十分後、校門前には謙信たちリン親衛隊の姿があった。かなりお灸が据えられたのかメンバーの顔色はすぐれない。
「謙信、どうすんだよ。これじゃ俺たちの方が印象悪いだろう」
「慌てるな。まだバレたかどうかは分からねぇ、それより今からいけば合流できるぞ、急げ」
「まだやんの? 俺いーわ」
「たわけぃ! ここで引いたらリン親衛隊の名が泣くぞ!」
「えー!」
「謙信、ある意味凄いわ」
「いいから。続け者ども! 討ち入りじゃー」
「「「オー(乾いた声)」」」
謙信たちは駅前に向かった。そして目当てのファストフード店を見つけると、鼻息荒く店のドアを開け、なだれ込んだ。
「いらっしゃいませー」
店員の甲高い声が響く中、くまなく席を見渡すが四人の姿は見当たらない。焦る謙信に消沈するメンバー。注文もせず、店の中を何度も往復していた中学生たちを不審に思った店長は、警察に通報。あえなく補導されることになったとさ。
――時は少し遡る。ミウリは駅前に向かう途中、林檎に呼び止められていた。
「ミウリくん、こっちだよ」
「え? 駅前はこっちじゃない?」
そう言いつつも、ミウリたちは言われた道を曲がり、林檎について行く。到着したのは個性的な外観の小さなお店だった。看板にはアンティークショップ「SAITOH」と書かれていた。林檎は慣れた手つきでドアを引いて振り向くと、ミウリと良吾に入るよう促す。合点がいったのか桃はすんなりドアをくぐった。
「ほら、どうぞ」
林檎は手招きしながら我が家のように、中へ案内しようとしている。ミウリと良吾は諦めて中へ入ると、アンティークと謳いつつ古さと新しさが混在したアイテムが並んでいた。斬新なデザインの時計やコップ、雑貨が並んでいるが店内はアンティークの色調で統一されている。狭い店だが天井が高いせいか圧迫感は感じない。
アナログ時計の秒針が動く音。それが複雑に相まって、心地よい雰囲気を演出している。棚に整然と並ぶアイテムの数々、可愛らしい小物が並ぶエリアには中高生と思われる若者がしゃがんで品定めしている。女子が圧倒的に多く、今の男子はミウリと良吾だけのようだった。
「せっかくお腹すかせてくれたのにゴメンなさい。本当はミウリくんとここに来たかったの」
「いや、全然。街にこんな素敵なお店があるなんて知らなかったよ」
「良吾君もゴメンね、付き合ってもらっちゃって」
「僕はノープロブレムさ、二人の世界に存分に浸っちゃって下さい。桃ッチ、これいいんじゃない?」
「え、私? ……リンちゃん」
「桃、良吾君のおすすめ、見てきたら」
「……うん、でも何かあったらすぐ声上げてね」
「わかった」
「えー、何もする気ないんですけど」
「怪しい、疑わしい」
「僕も同感」
「良吾! てめぇ」
そんなに長く話してはいないが、桃はすんなり良吾と奥の棚に向かって歩いて行った。残されたミウリは、ばつが悪そうに林檎に弁解する。
「俺、絶対何もしないから。なんで誤解されてるのか意味分からん」
「桃は私に寄ってくる男子に警戒心強いから。私のせいでもあるんだけど」
「え?」
「本当は自分でなんとかしなきゃなんだけどねぇ。どうして桃モに頼っちゃう」
「まぁ人それぞれ、得手不得手ってあるから、いいんじゃない?」
「そういうとこ好きなんだな」
「え?」
「なんでもない。ねぇこれ見て」
ミウリは疑問に思ったが、林檎は終始笑っていた。その笑顔にミウリの心は安らぎを覚えた。桃は林檎のことが気になるのかちょくちょく視線を向けていたのだが、いつの間にか二人とは別々にその店を回っていた。
――小一時間かけて林檎はミウリの希望を聞きながら選んだおそろいのストラップ、それと小物入れを購入。ミウリはストラップの他に置き時計を買った。桃と良吾は何も買わなかったが、何か約束を取り付けたらしく、二人は満足げだった。この店に来てグッと距離が縮まったようだ。
帰り道、さっき曲がった交差点で林檎と桃は駅のほう、ミウリと良吾は学校のほうへそれぞれ別れた。途中で駅の方からパトカーが数台走ってきた時は、何か事件でもあったのかと心配になった。林檎の顔が頭をよぎる。
「林檎ちゃんと付き合うのか」
良吾は歩きながら、唐突に質問してきた。茶化さないと言ったくせにと、ミウリは反論しようとしたが、良吾はいつになく真剣な顔つきだったので、本気で聞いているんだと一旦、言葉を飲み込んだ。
「お前は付き合うのか、田崎さんと」
「ああ、そうする」
良吾は即答だった。今日の事で、真剣に付き合いたいと思ったそうだ。変な噂話について聞こうと思ったが、それは野暮な話だと思い直しミウリは自分のことを話すことにした。
「俺は、どうしたらいいか迷ってる」
「相手は好きだって事わかってる?」
「それは……」
ついさっきのやり取りを思い返してもなんとなくその事は感じていた。しかしミウリの中で下駄箱に届く手紙のことが気にかかり、良吾のように即答はできなかった。
「これは桃ッチの為でもあるんだ」
良吾は天を仰いでそう言った。とっても大事なことであることは何となく分かった。ミウリは、日を改めて相談させてほしいと言って別れた。手紙のことも、いずれ話さなくてはいけないだろうと思いながら。