1.初めてのラブレター
pixiv小説に投稿したものです。
時代設定が平成、いや昭和のほうが近いかな。
女子に免疫がない硬派の男子中学生が送る一夏の恋物語のはじまりです。
突然ですが、あなたの学生時代、友達何人くらいできましたか?
ここにいる男子。一ツ橋美兎は二年生になっても友達と呼べる人物は多分五人……いかない。その要因は明白だった。
いつも言葉が乱暴で、投げやりな態度をとったせいだ。クラスメイトからはぼっち、陰キャ、いけ好かない奴などと陰口をたたかれているのは本人も知っている。反抗期のまっただ中にいた。
ここは町立同盟中学校。創立二十年足らずの比較的新しい学校だ。特徴は……ないな。
「ミウリはさあ、このクラスに好きな子いねえの?」
笑いながら話しかけてきた男子は近藤良吾。ミウリにとっては数少ない友達。なのにため息をつくとガン無視を決め込んだ。その態度を良吾はどうとったのか、ミウリの肩を掴んで、グアングアン揺らしながら問い詰めてきた。
「おいおい、いるのかよ。誰だよ、教えろよ」
良吾の大きい声量は悪目立ちして、皆の注目を浴びる中、ミウリは腕を使って強引に振りほどくと、全力で否定した。
「ちげーって、いねーよそんな奴。ふざけんな!」
ミウリの怒声で教室が静まりかえり、教室に不穏な空気が流れる。しかし追い打ちをかけるように控えていたもう一人の男子、松田謙信は口元を隠しながら、良吾とヒソヒソ話を始める。
静まりかえる教室で、二人の会話は丸聞こえだった。というよりわざとだな、絶対。
「あの狼狽えよう。誰かいるな。あれか、やっぱりあの子か」
「クラスで人気の? ないない。ミウリが背伸びしても無理な相手だ。そういう人種とは付き合いたいすら考えてないよミウリは」
「そうか、でもあと一年同じクラスになれたのはラッキーだよな。良吾もチャンスがあれば告白するんだろ?」
「俺はパス。いくら美人さんでも付き合うとなれば別さ」
「へぇ、良吾なら誰とでもいけそうだけどな」
「そういうお前はどうなんだよ謙信。正直者は結構人気あるんだぜ。一発当たって砕けてみろよ」
「砕ける前提かよ!」
ツッコミの出来に満足したのか、二人は大笑いした。それを合図にするように教室は再び、いつもの喧騒に包まれた。
良吾は小学生の頃から変わらない。お調子者だし、社交的ですぐに誰とでも仲良くなれる才能がある。良吾が連れてきた謙信は中学でできた友達だが、根が真面目というか真っ直ぐだ。単純で表裏が無く、言いたいことはズバズバ言う。
そんな二人は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、二人が組むと正直ウザい。早くどっか行ってくれ。
(キーンコーンカーンコーン)
始業のチャイムが鳴った。皆が一斉に自分の席へ戻っていく。そのタイミングで良吾はニヤニヤしながらミウリの肩を思いっきり叩いた。
「イッテッ!」
ミウリの痛がる様子に満足したのか、ウインクを残し戻っていく。
違うって言ってるだろうが! ミウリは無言で抗議した。これほどムキになるのは、単純に恋愛の話が苦手だからだ。要するにうぶ、またはシャイなのである。本人は頑なに否定しているけどね。
――授業が全て終わり、帰り支度を済ませると、クラスメイトの大半は、すでに退出していた。良吾や謙信もいない。残っているは、帰宅部の連中が数人と、日直当番くらい。
教室を出て下駄箱へ向かうと、校舎をつなぐ渡り廊下で、通路を塞ぐように遊ぶ二人の男子に遭遇。そのせいで人の流れがせき止められている。渡るのを躊躇している生徒たちを尻目に、ミウリは端を通り抜けようと前へ出た。
「シュートッ!」
丸めた新聞紙を思いっきり蹴り上げる男子生徒。
その勢いに押されミウリは体勢を崩すと、受け身が間に合わず頭からダイブ。鈍い音と共に悲鳴、動揺する声、そして駆け寄ってくる足音。
「なんで……」
頭がジーンとして、誰かに肩を掴まれた感覚はわかるが体が動かない。次第に心臓の鼓動が耳元で大きく鳴り響き、いつの間にか意識を失った。
――どのくらい経っただろう。目が覚めると、ミウリは保健室のベッドに寝かされていた。上体を起こすとまだ頭が疼いている。
フラつきながらもベッドから立ち上がると、歩けないほどでもない。デスクワークをしていた保健の本輪雪先生、が、起きたミウリに気がついた。
「とんだ災難だったわね。でも、あのくらいで失神するなんてだらしないわね。一応、親御さんにも連絡しといたからね。もう遅いから、気をつけて帰りなさい」
そう言いながら、何かの書類に目を通すとペンを走らせた。
「お世話になりました」
ミウリは一礼して保健室を出ると、足早に下駄箱へ移動した。恥ずかしさのあまり、顔が火照っているのを感じる。
玄関先は眩しいくらい西日が差し込み、夕暮れ色に染まっていた。上履きを脱ぎ、靴を取り出すと、ふと視界に違和感を覚えた。
「なんだ?」
下駄箱をじっくり覗くと、黒い封筒が入っていた。ミウリの靴で隠れるように置いてあったのだ。封筒は可愛いキツネのシールで封印されている。差出人の名前はないが、表には白い字で一ツ橋美兎様と書かれている。ずいぶん丸みがある特徴的な字だ。
不思議に思いながらも封を開けると中には三つ折りになった便せんが一通、開いた瞬間思わず目を丸くした。
ミウリが衝撃を受け棒立ちになっているところに、顔の知らない先生が通りかかった。
「おい、もうとっくに帰る時間だぞ、何してるんだ君、二年生か?」
突然声をかけられ、我に返ったミウリは、咄嗟に封筒をポケットの中へ隠した。そして先生に向かって元気よく挨拶すると、質問を振り切るように走って逃げた。
――ハァ、ハァ。体力の限界を向かえ、息を切らしながら立ち止まる。周囲はもう真っ暗で、行き交う車はヘッドライトを付けていた。
「ここ、どこだ?」
現実に戻ったミウリは急に足が重くなり、トボトボと見慣れぬ道を彷徨い歩いた。帰ったときには父も帰宅しており、母から「どこほっつき歩いてたの!」とこっぴどく叱られた。また学校から連絡があったこともいろいろ質問されたが、上の空だった。
『あなたをずっと想っています』
一体誰が書いたのだろう。文字をボーッと眺めながら、頭の中でクラスにいる女子の顔を思い浮かべた。もしかしてあの子か。
明日からの学校生活に一抹の不安と淡い期待が膨らんでいった。