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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第七章 冬
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事件後

 目を覚ますと白い天井が広がっていた。ゆっくりと身体をおこし、周囲を見渡すと近くの椅子で瑠璃川が読書をしている姿が目に入る。


「あら、起きたのね」


 淡々と告げる瑠璃川。そして持っていた本を足元に置いてあった鞄にしまい、じっと僕の顔を見つめていた。


「瑠璃川? なんでここに?」


「あらあら。私の父の厚意で個室を用意してあげたのに、そんな言い方はひどいわね」


「個室?」


「ここ、どこかわかってる?」


「ええっと……」


 左手に点滴が付いていることに気付き、ここが病院だということを知る。


 そうか。僕はあの時、華弥のお兄さんに――。


 周囲を見渡すが、華弥の姿が見当たらない。


「なあ、華弥は? 華弥はどこにいる?」


 瑠璃川に尋ねると、


「ここにはいないわ」と瑠璃川は淡々と答えた。


「そうか……あんなことがあった後だしな」


 地面に広がった赤い液体が瞬間的に脳裏に浮かび、僕はおもわず眉間に皺を寄せる。


 もしも僕が逆の立場だったら、気が動転して立ちすくんだままだったかもしれない。


 あの時、駆け寄って支えてくれた華弥の震える手に、僕は彼女の恐怖を察していた。そんな状況だったのに、華弥は僕のために声を上げてくれていたのだ。


 今もどこかで恐怖に震えているかもしれない。だから、早く彼女に、華弥に会わないと――


「少し、話をしましょうか。今がどんな状況なのか」


 瑠璃川はまた淡々とそう告げた。


 華弥の今の状況は気になる。でもそれと同様に華弥のお兄さんのことも気になるし、その後の僕がどうなったかも気になっていた。


 今回のことに関わりのなかった瑠璃川なら、理路整然と説明してくれそうだ。


「ああ」僕は頷く。


 瑠璃川も小さく頷き、僕の目を見据える。


「まず。あなたが通り魔に刺されたのは五日前よ」


「え、そんなに……?」


 僕が一度、目を覚ましたのは何日目だったのだろう。

 そんなことを逡巡する時間を与えてくれることなく、瑠璃川は話を続けた。


「あなたは華弥が呼んだ救急車に乗せられ、この病院に連れてこられた。応急処置は必要だったけれど、命に別条のない程度の傷だったらしいわね」


「そっか。よかった……」


 僕がほっと胸を撫で下ろしていると、瑠璃川は身を乗り出し、真剣な表情で続ける。


「ここからが本題よ」


「え?」


「通り魔――いえ。華弥のお兄さんは、その日のうちに指名手配になったわ。いろんなメディアで華弥のお兄さんの名前が報じられた」


「そんな大ごとになってたのか?」


 僕に刃を向けたことは確かに犯罪行為だ。でも、メディアに取り上げられるほどの事件だったとは思わない。それなのに、なぜだ?


 僕は瑠璃川の返答を待った。

 そして彼女の口からその事実を聞いた時、僕は自分の耳を疑うことになる。


「容疑は通り魔としてじゃない。大物政治家、暗殺の容疑よ」


「――どういうことだ」


「あの日。速水君が救急搬送された後、大物政治家――柳澤議員が何者かに道端で殺傷されたらしいの」


「柳澤、議員が……?」


 ほんの数か月前はあんなに元気だったのに。また来年もボランティアイベントをすると約束してくれたあの柳澤議員が、もうこの世にいないなんて――嘘だろ。


 雨の中、血だまりをつくって道端に倒れ伏せっている柳澤議員の姿が目に浮かんだ。


 薄暗い世界で冷たくなったまま動かない柳澤議員。その瞳孔は開いている。


 僕にもありえた『未来』だった。


「――大丈夫?」


 心配そうなに瑠璃川は僕の顔を覗き込んでいる。


 ハッとして、「ああ」と答えると瑠璃川は「辛かったら言ってね」と言ってから話を続けた。


「柳澤議員殺傷事件の少し前に通り魔事件を起こしていた華弥のお兄さんが、その殺傷事件の容疑者になったのよ。そして。華弥のお兄さんは指名手配をされてからすぐに、警察に捕まったわ」


 瑠璃川は重い口調でそう言った。そしてまだ、何か言いたげな顔をしている。


 僕もそうだった。


「僕たちに危害を加えたことは真実だけど、そっちの事件は――」


「冤罪かもね。別に犯人はいるけれど、とりあえず容疑者を確保したといえば、警察のメンツも保たれるし」


 僕たちを襲ったことは許せないにしても、冤罪を許していいのか――?


「華弥のお兄さんが犯人だと断定してうえで、警察関係者たちは会見を開き、大物政治家事件は幕を閉じたの。そして――」


 瑠璃川は眉間に皺を寄せ、両手に拳を握る。それから息を小さく吐いてから続けた。


「そんなゴシップがわいたら、当然つぎに騒ぐのはマスコミよね」


「……ああ」


「今度はそのマスコミが華弥のお兄さんの近辺を調べ始めたの。そうしたら、お兄さんのことだけじゃなく、他の情報までがメディアの目にさらされることはわかるわよね?」


 瑠璃川はまっすぐに僕の目を見て、そう言った。


 それはたぶん、華弥の秘密が全国に知れ渡ってしまったことを意味するのだろう。


「速水君はすべてを知っていて、華弥と付き合っていたの?」


「ああ」


「私には、一度も相談してくれなかったのにね」


「きっと、華弥も悪いと思ってるさ」


「……そう」と瑠璃川は俯く。


 一番大切に思っていた親友に信頼されていなかったことを知って、瑠璃川は深く傷ついたのかもしれない。それは僕のせいでもある。


 僕らは瑠璃川に許してもらえるだろうか――。


 いや。きっとちゃんと伝えればわかってくれるはずだ。僕も、華弥も彼女に本気で伝えられれば。


 このことを早めに華弥と話し会わなくちゃな。僕はそう思った。

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