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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第七章 冬
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新しい年

「あけましておめでとう、正直君」


「あけましておめでとう、華弥」


 近所にある神社に向かっている途中、僕らは顔を見合せてそう言った。


「間に合わなかったねぇ」


「いいさ。華弥と年を越せたってだけで、僕は嬉しいんだからさ」


「……そういうことばっかり言うんだから。だから紗月は」


「瑠璃川は?」


 ニヤリと笑いながら尋ねると、華弥はプイっと顔を背ける。


「なんでもないー! あ、ほら。神社、見えてきたよ」


 華弥が差す指の先を見つめると、煌々と照らされている鳥居が見えた。


「そうだな」


 暗闇の中心で輝くそれは、神様を祀る場所に相応しい。そこにいる神様は僕らの幸運を願ってくれるだろうか。


 僕らは一つ目の鳥居を潜り、頭上を覆う松や桜の木に見守られながら境内へ向かって石畳の上を歩く。


 二つ目の鳥居を潜ると、初詣のために列をなしている人々がいて、僕らはその最後尾に並んだ。


「そんなに大きい神社じゃないのに、結構ひとがいるんだねぇ」


「まあな。この辺りに住んでる人たちは、だいたいここに集まるから」


「へえ。じゃあさ、もしかして、中学の同級生とかも」


「いるだろうな。ま、僕のことなんかわかんないだろうけど」


 実際、毎年ここへ初詣に来るものの、一度として同級生に声をかけられたことはない。


 僕自身が気づいていても声をかけないから、ということもあるだろうが、向こうも気づかないのだ。


「そっか。じゃあ、私と来ていても一安心――」


「あれ、彌富じゃね?」


「ほんとだ! おーい、華弥ぁ!」


「やめろよ、男連れじゃん」


 そうだった。僕はすっかりと忘れていた。


 僕という存在が元同級生たちに認知されなくとも、彌富華弥が人気者であるということを。


「え? あ、久しぶりー!」


 華弥はそう言ってから、こちらに顔を向ける。


「あの子たち、誰?」


 僕にしか聞こえない声で、華弥はそういった。


「中二のとき同じクラスだった鈴木さんと、そのお友達。覚えてないのか?」


「……ああ。なんか見覚えある」


 華弥の記憶力の悪さには少し驚いたが、鈴木たちの図々しさにも驚いた。


「華弥の彼氏ぃ? もしかして同高の子?」


 いや僕、君と同じ中学だっただろう。財布のこともあったのに、なぜ覚えていないんだ。


 そんなことを鈴木に思ったが、結局はなにも言えなかった。


 鈴木はいつの間にか華弥の隣に並んでいる。


 華弥が鈴木に何を言うのか気になったが、彼女が僕といるのが気まずいのであればこの場をさることも考えた。


「ってかヒョロくない? いざという時、役に立たなさそー。どこがいいの?」


 次々と繰り出される鈴木の問いに、華弥は苦笑いをする。


 そりゃそうか。隣にいる男が冴えない顔をしているとか不釣り合いとか言われて、華弥も困るよな。


 好きで付き合っているわけじゃないんだって。


 そんなことわかっているのに、なんだか悲しくなった。


 華弥のそばから離れようとした時、彼女は僕の腕をグッと掴む。


「彼の良さも知らずに、あれこれ言うのはやめて。そういうあなたの方が、見る目ないんじゃない?」


「え……あの」


 鈴木は、今まで見たことのない華弥の姿に驚いているようだった。


「それと。あなたは覚えていないのかもしれないけれど、彼はあの財布事件の速水君だよ。クラスメイトだった人の顔も覚えていないなんて、ひどいんじゃない?」


 最後の言葉は華弥にも共通する内容だとも思ったが、敵しかいない状況で僕の味方でいてくれた彼女に、僕はまた惚れてしまった。


「ご、ごめんって。ってか、財布?」


 そう言ってハッとした鈴木は、僕を凝視する。


「って速水? あの時の? マジで!?」


 マジです、はい。と内心で思いつつ、苦笑いで返した。


「あん時からいい雰囲気だとは思ってたけど、まさか付き合ってたなんてなあ。しかも高校一緒とか。偶然?」


 鈴木の隣にいた男子――たぶん同じ中学だった男――は目を丸くする。


「ま、まあ。そんな感じ」


 とは答えたものの、大嘘である。僕が華弥を追いかけたのだから。


「なんか意外ー。真逆な二人じゃん!」


「確かにー!!」


 言われなくっても、僕自身そう思っているよ。


 小馬鹿にしてくる鈴木達を見て、つい笑みが引きつった。


「そういやお前。速水にムカついて、傘をへし折ったことあったよな!」と男の一人。


「なっつ! そんなことしたわー。若気の至りってやつだな」


 うんうん、と小さく頷きながらもう一人の男は言った。


 あの時、僕の傘をへし折ったのはこいつだったのか。


 と内心で思ったが、特に怒りの感情は湧いてこなかった。


 ただの嫉妬。華弥から相手にされなかったことへの八つ当たり。可愛いもんじゃないか。


 そう自分に納得しようとした時。


「最低……なんでそんなことを笑って話せるの? どうして謝ろうって思えないの? 自分たちがどれだけ醜い人間かわからないわけ?」


 華弥はなんとか感情を抑え込んでいる、というように低くゆったりとした口調で言った。


「や、彌富? どうした?」


「なんか、華弥らしくないよ?」


 鈴木達は狼狽える。


 その不穏な空気は周囲にいる関係のない人たちにも伝わっているようで、コソコソ話したり何やら耳打ちしたりしていた。


「そもそも私らしいって何? いつもニコニコしてること? みんなの理想の姿であること? そんなの、みんなが都合よく思うだけの姿でしょ! 私はそんな人間じゃないっ!!」


「悪いって。俺らも、その……」


「本当に悪いって思ってるなら――」


 華弥がそこまで言いかけた時、僕は彼女の手を引いて並んでいた列を抜けた。


「私、まだ言いたいことを全部言えてない」


「いいんだよ、もう」


「なんで? 正直君も、そういうことをするのは私らしくないって思ったの?」


「そうじゃない」


「じゃあなんで!」


 華弥は声を荒げ、こちらを睨む。僕は観念するように、小さくため息をついた。


「周りにいた人たち。みんな華弥を見てた」


「だから何」


「無関係な人たちの新年の始まりに、水を差す必要はないだろうってこと」


 それを聞いた華弥は目を見開き、ゆっくり俯いた。


「……そっか。ごめん。私、自分勝手だった。私の自己満足だよ」


「そうでもない」


「え?」


「僕は嬉しかったよ。僕のために怒ってくれたんだなあって。たしか中学の時も、そうだったよな」


「あの時は……あの時も、私は自分のためだった」


「それでもいいんだ。僕は、あのとき華弥に惚れたんだから」


 顔を背けながら「そっか」と華弥は答える。


 もしかして今の僕、ちょっと気持ち悪かったか?


 そんな不安が頭を掠めたが、瑠璃川が言っている『いつものこと』だから、あまり気にしないことにした。


「ありがとう華弥」


「ううん。私の方こそ、ごめん」


「でもあれってさ。華弥が少しずつ本当の自分を出せるようになっているってことでもあるんじゃないかと思うんだ」


 そう。僕だけに見せてくれていた、彼女の本当の姿。本音。


「そうなのかな」


「うん。そうだよ」


「そっか……でもきっとそれは、正直君のおかげだね。正直君が、私の味方でいてくれるから」


 華弥はそう言って自分の頬に触れ、こちらに微笑む。


「お互い様ってわけだ」


「うん」


 それから僕らは来た時と同じ道を歩いた。


 さっきのことはすっかりと忘れ、いつもの他愛無い話をしながら笑い合う。


 途中ですれ違った軽自動車に、華弥は目を細め顔を伏せた。


 普段はこんな時間に車なんて通らないのだが、おそらく初詣に向かう車だったのかもしれない。


 どんな人たちが乗っているかまでは僕には見えなかったが、たぶん華弥が目を背けたくなるようなものが見えたのだろう。例えば友人同士で仲良く話している姿とか。


 僕は華弥に身体を寄せ、その手を握った。


 すると、華弥もそれに応えるように強く握り返してくれる。その身体は少し、震えているようにも感じた。


 街灯と月明かりで照らされた歩道。僕ら以外、誰もいない空間。


 彼女の手を離さないようしっかりと握りしめ、僕は夜道を歩いていった。

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