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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第七章 冬
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温もり

 午後八時頃。大掃除の疲れが出たのか、僕はいつの間にかうつらうつらとしていた。


 せっかく華弥が隣にいるというのに、なんてもったいない時間の使い方なんだ! と内心思いながらも、やはり睡眠欲には勝てない。


「眠いの?」


 華弥は笑いながら僕に問いかける。


「大掃除の疲れかなあ……」


「一人で大掃除は大変だったろうね。よし、ご褒美をあげよう」


 その言葉を聞き終えると、僕の視界は反転する。何事かと目を丸くした。


「どう? 寝心地は」


 華弥はそう言って僕の頭上から顔を覗かせる。後頭部に柔らかい感触がしていた。


「ひ、膝枕!?」


「その驚き方は初めましてだなあ。正直君の初めてもらっちゃったって感じ?」


 意地悪な顔で笑う華弥。


 その言い方にはやや誤解があるように聞こえるけれど、確かに初めての膝枕だったので、初めてを捧げたといえばそうなのかもしれない。


 でもさっきまでうつらうつらしていたのは噓のように、目がさえてしまった。


「どうしたの? 寝てていいんだよ?」


「いや、その……逆に眠れないっていうか」


「もしかして寝心地悪い? 私の筋肉のせい?」


「そうじゃなくて……」


 華弥に見つめられ、ずっと鼓動が鳴りやまない。でもそんなことを言えるはずもなく、僕はそっと目を逸らした。


「膝枕、やめようか?」


「いえ、このままでお願いします」


「なぜ敬語。でも、うん。わかったよ」


 僕は華弥の膝の上から彼女の顔をじいっと見つめていた。華弥はテレビに集中しているようで、僕の視線に気づかないまま大笑いをしている。


 このまま頭を上げたらキスができそうだ――なんて下衆なことを考えるが、実行に移す勇気はもちろんない。


 そんなことをしたら、きっと華弥は僕のことを軽蔑する。彼女の兄と同じだと思われるだろう。


「はあ」


「あ、ごめん。うるさかった?」


「ううん。内なる自分と闘っていたところなんだ」


「え?」


「ははは、なんでもないよ。こっちの話」


 それから僕が身体をおこそうとすると、華弥は僕の額を押さえこみ、身体をおこさせてくれなかった。


「何?」


「うーん。人肌が恋しいなあっと」


 華弥はテレビに目を向けたまま僕の額を押さえ、そんなことを言う。


 その顔がなんだか照れているように見えた。


「そっか」と笑いながら返し、再び華弥の膝に頭を乗せる。


 それからまたしばらく、華弥の膝枕を堪能した。


 そして数分後。


「ねえ正直君」


 テレビを観ていた華弥はぽつりと言った。


「どうした?」


「キス、しない?」


「――え!?」


 目を丸くしていると、華弥が顔を覗き込んでくる。


「嫌ならいい、けど」


 唇を尖らせ、眉間に皺を寄せながら華弥は言った。


「嫌じゃ、ない」


 そう言って僕は身体をおこす。今度は額を押さえられることはなかった。


 僕は華弥の顔を見つめると、華弥の瞳に映る僕の姿が見えた。


 華弥の顔を近づき、ゆっくりと唇が重なる。その唇が離れると、華弥は僕の目をまっすぐに見つめ、口を動かした。


「愛し合う恋人はキス以上もするって知ってた?」



 ***



 ベッドから上半身を起こし、両足を投げる。


 ふう、と息を吐いて、肌が露出した太ももに両手を乗せた。


 疲労した身体と、満たされた心。

 さっきまでの行為がまるで夢のようだった。


 数ヶ月前までは隣にいることだって奇跡みたいに感じていたのに、今では華弥とこんなにも深い関係になっているなんて。


 後ろでベッドに寝そべったままの華弥を横目で見ながら、そんなことを思う。


 しかし、リビングから自室に移動したのは正解だったかもしれない。


 もしも途中で両親が帰ってきていたら、高校生が不純だとかなんとか言われて、華弥を気軽に招けなくなるところだっただろう。


「初詣へ行く前に、シャワー浴びておかなきゃな」


 立ち上がろうとした時、背後からそっと抱きしめられた。直肌から華弥の体熱を感じる。


「君は本当に純粋で真っ白だ。ごめんね、私……君を穢した」


 華弥は苦しそうな声でそう言った。


 きっとお兄さんとの今までのことがあって、今回のことに引け目を感じているのだろうと思った。


 でも、華弥がそんなことを思う必要なんてないんだよ――。


 首から回されている腕に触れてから、僕は華弥に答える。


「僕が真っ白だって言うのなら、それは華弥のおかげだよ。華弥がいたから、今の僕がある。だから……華弥が今回のことで気にやむことはない」


 僕がそう言うと、華弥は小さく笑った。


「――やっぱり君は、優しいね」


「それもまた、華弥のおかげだ」


 僕も笑いながら、華弥に答えた。


「ありがとう、正直君。君を好きになって本当に、良かった」


 押し当てられた華弥の前髪が後ろ首に触れ、くすぐったく感じる。けれど、不快感などはなかった。


「うん。僕も」


 ずっとこのままでいられたら――そう思った時、スマートフォンから目覚まし時計の音が鳴り響く。


 寝落ち予防としてセットしていたアラームが、あと一時間で大晦日が終わると知らせてくれたのだ。


「なんか、ごめん」


「いいよ。実に真面目な正直君らしいタイミング」


 それからベッドを降りると、交互にシャワーを浴びてから僕らは揃って家を出た。


 近所の神社に向かう途中、星が瞬く夜空に響くように除夜の鐘が年明けを知らせてくれたのだった。

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