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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第六章 クリスマス
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『儚い恋』

「私と過ごすと、華弥との時間が減っちゃうんじゃない?」


 その問いに、速水君はハッとする。


 そして私は、この瞬間にすべてを確信した。


 やはり速水君と華弥は、もう――


 先ほど窓から見ていた二人は、しっかりと指を絡め合って寄り添いながら歩いていたのだ。いくら毎週デートをしていても、速水君が私の手に触れてくれたことは一度もなかったのに。


 つまり、そういうこと。


「気付いて、いたんだな」


「――ええ。なんとなくね」


「そっか」と速水君は小さく笑う。


「文化祭のあと、かしら」


「うん。文化祭の時に告白して、それでな」


 照れたように頬を掻きながら、速水君は幸せそうな顔をした。


 ――そうか。あの時、二人の様子がおかしかったのはそのせいだったのね。そして、私と会う日曜までにその答えが出たと。


 あの時、私が華弥の背中を押したから。


 華弥の言っていた、私の言ったことが分かったというのは、やはりそういうことだったんだ。


「よかったじゃない。ずっと好きだったんでしょ、華弥のこと」


 そう言いながら唇が震えた。これじゃ本当は祝福していないことが速水君に気付かれてしまうかもしれないと思ったけれど、それも杞憂だった。速水君は満面の笑みをする。


「うん。瑠璃川には感謝してる。ありがとう」


「感謝?」


「瑠璃川がいなかったら、彌富のことを相談できなかったし、一緒に過ごすなんてできなかったと思うから。だから本当にありがとう」


 速水君は嬉しそうに笑う。いつもは温かく感じるその笑顔は、冷たい氷柱となって私の胸を貫いた。


「ええ……」


 私は俯いて、そう答えるしかできなかった。何かを言ってしまえば、速水君や華弥を責めてしまうような気がして。感情が溢れてしまうような気がして。


 そもそも私に、勝ち目なんてなかったのね。じゃあ、しょうがないじゃない――。


 目頭が熱くなる。でも、ここで涙は流せない。


「た、だいまー! ってあれ? 真面目な顔してどうしたの?」


 華弥ののんきな声が聞こえ、私は咄嗟に顔を上げて笑みを作る。


「速水君に意地悪していたところよ」


「そっかあ! 相変わらず仲良しだねえ」


 ふふふっと華弥は楽しそうに笑った。


「ええ。私たち、仲良しよ。これからもずっと良いお友達だものね」


「そうだな」


 そう。私たちはただの友達。これからも先も、ずっと――。




 それから各々が買ってきたプレゼントを取り出し、交換会を始めた。音楽を流し、止まった時に持っていたプレゼントをもらえる。そんなスタンダードな交換会だった。


「お! 私は紗月のプレゼントだ!」


「僕は彌富のだね」


 そして私は速水君が用意したものだった。それから順番にもらったプレゼントを見せ合う。


「これって……」


「女の子が喜ぶものって良くわからなくてさ。一応、花柄のポーチにしてみました」


「いつものアネモネ?」


 華弥は私の手にあるポーチを覗き込むように言った。


「さすがにアネモネの柄は見つけられなかった。季節じゃないからかな」


「そっかあ。でも、すごく可愛い――よかったね、紗月!」


 満面の笑みで華弥はいう。しかし、その瞳の奥には表情と相反するような別の感情があるような気がした。


「え、ええ」


 それから速水君は自分の手元に来た華弥からのプレゼントを嬉しそうに開く。華弥が用意していたのは保温機能のあるタンブラーだった。


「これがあれば、コーヒーがいつでも温かい状態で飲めるな。彌富、ありがとう」


「えへへ。速水君ならそう言うと思った! 喜んでもらえてよかったよ」


 華弥は速水君がコーヒーを好きだと知っていたんだ。私は知らなかったのに。


 私は華弥と速水君の世界をただ傍観して、胸の傷に気付かないふりをした。


 それから少しだけまた楽しいおしゃべりの時間を過ごし、パーティーは完全にお開きとなった。


「――今日はありがとう。楽しかったわ」


 玄関口に向かいながら、私は肩越しに華弥と速水君に伝えた。


「こちらこそ、お誘いありがとね紗月! 楽しいクリスマスになったよ!」


「うん。また良い思い出ができたな。ありがとう瑠璃川」


 二人が心からそう思ってくれているのなら、今日という日があって良かったのかもしれないと思える。


 でも、もうこの時間は戻って来ない。三人で、というのはお終いになるのだから――。


 玄関口に着いてから家まで送迎がいるかを問おうとしたけれど、やっぱりやめた。きっと断られることも分かっていたし、もしかしたらこれから二人でまた出かける可能性があるかもしれないと思ったからだった。


 それから二人を見送ってから自分の部屋に戻り、ふと窓の外に目を遣ると、出ていった華弥と速水君の後ろ姿を見つけた。


 二人は来た時と同様にしっかりと互いの手を繋ぎ、寄り添いながら歩いている。


 そんな二人の周囲は暖かそうだった。私の心はこんなに冷たくて、苦しいのに――


 寒風で窓ガラスが揺れ、ガタガタと虚しい音を部屋に響かせた。


 私は窓から目を背け、ベッドにゆっくりと身体を預ける。そして速水君からもらったポーチを目の前にかざした。


「――何よ。これを見るたび、悲しくなるじゃない」


 パタリとポーチを持っていた腕を降ろし、反対の腕で顔を覆う。そして私は声を殺して泣いた。




 これで、終わったのね。私の『儚い恋』が。

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