また、あの時のように
二学期の期末試験が終わり、私たちはまもなく冬休みを迎えようとしていた。
教室ではそれぞれの冬休みの予定を話し合うクラスメイトたちがいて、クリスマスは誰それと過ごすとか初詣はいついつに行くとかそんな話が聞こえてくる。
私だったら、どんな冬休みにするのだろう。
いつもならクリスマスもお正月も家族で過ごしていたけれど、今年は海外で仕事関係のパーティーがあるからと家族は全員出払ってしまう。
このままでは寂しい冬休みになりそうな予感がした。
「どうしよう……」
速水君の予定はどうなんだろう。もしも私がお願いしたら、一緒にクリスマスを過ごしてくれるのかしら。
ふと速水君の方を見遣る。速水君は頬杖をつき、文庫本に視線を落としていた。
二人きりも良いけれど、夏祭りの時みたいに三人で過ごすのが良いかもしれない。
夏祭りの時のことを思い出して、思わず頬が緩む。
「クリスマスも三人で何かができたら楽しそうね」
また、三人であの時間を共有したい。
そんなことを漠然と思った私は速水君の席に行き、彼にそれとなく尋ねてみることにした。
「ねえ速水君。クリスマスの予定は?」
「え!? クリスマス……」
速水君は明らかに狼狽していた。
私がクリスマスの予定を聞いて、何か不都合があるのかしら。
そんなことを思い、つい眉間に皺がよってしまう。
「何よ、予定でもあるの? 万年ぼっちの速水君のくせに?」
「し、失礼なっ! ああでも、えっと……その日は――」
「もういいわ。華弥に訊くから。あなたは寂しいクリスマスでも過ごせばいいのよ」
「や、彌富に!? じゃ、じゃあ僕も行く」
速水君はそう言いながら机に両手をついて、慌てたように立ち上がる。ギイっと床にこすれる椅子の足の不快な音が、妙に大きく私の耳に響いた。
華弥がいるなら、か。小テストの時は断ったくせに。
「――いいわよ、一人で行くから」
「いや、僕も行くって」
「なんでよ?」
「だから、その――」
もごもごとする速水君を見て、なんだかこめかみ辺りがチリチリとした。
言いたいことがあるのなら、はっきりと言ってくれればいいのに。どうして話してくれないの――。
速水君にとって私は、その程度の相手ということなの?
「もう、好きにすればいいわっ!」
「ごめん。ありがとう」
本気で申し訳なさそうな顔をしながら、速水君はそう言って両手を合わせた。
そんな顔をされてしまっては、許さないわけにはいかない――
「じゃあ、行くわよ」
私は渋々ながらも速水君をつれて、華弥の元へと向かう。
「華弥、ちょっといいかしら?」
華弥は隣の席の女子生徒と楽し気に話していたところを中断して、こちらを向く。
「うん、どうしたの?」
「ちょっとこっち――」
私は華弥の腕を引いて廊下に出た。暖房の効いていない廊下は少し肌寒かったけれど、他のクラスメイトに聞かれるのはなんだか嫌だったから仕方がない。
「速水君まで。一体どうしたの?」
きょとんとした顔で華弥は私たちを見る。
「えっとね。……クリスマスの予定を聞きに来たのよ」
「え、クリスマス……」
華弥はぎょっとした顔をして、視線を私の背後に向ける。誰とアイコンタクトをしているかは分かっていたけれど、私はあえて振り向かなかった。
「予定はないよ。どうしたの?」
「クリスマスパーティーをしましょう。三人で」
「おおお! いいじゃん、いいじゃん! 夏祭りの時も楽しかったし、三人で一緒にっていいね!」
目を輝かせながら、華弥はそう言った。
「ああ、僕もそう思う」と速水君も嬉しそうに頷く。
そんな速水君を見て、私の胸が何かにキュッと締め付けられる感覚がした。
その痛みが表情に出そうになる。でも、私は屈しない。だって、彼の心に棲めるといまだに信じているのだから――。
私は速水君と華弥に倣い、笑顔を作る。
「じゃあ、私の家でやりましょう。豪華なお料理を用意しておくわ」
「え!? 瑠璃川家の専属シェフによるスペシャルなディナーってこと!?」
華弥は両手の指を絡めながらそう言って、また目を輝かせた。
「瑠璃川の家って専属のシェフがいるのか?」
「い、いないわよっ!」
速水君の期待に応えられず少々申し訳ない気持ちになったけれど、しゅんとするのも私らしくない気がして、ついいつもの冷たい口調で返してしまう。
そんな私の返答に「そっか」と速水君は苦笑いをする。きっとさっきみたいに優しく受け流してくれるんだろう。やっぱり速水君は優しい。
「まあ専属のシェフはいないけれど、お手伝いさんならいるわ。それは華弥も知っているでしょう?」
「あはは、そうだったねえ」
「まったく……そういうわけだから。お料理は取り寄せになるわ」
「そっかー。なんにしても楽しみだね、速水君!」
「ああ、そうだな」
見つめ合って微笑む二人から私は視線を外した。
「当日、プレゼント交換もするから各自で用意をするように。ないとは思うけれど、一緒に買いに行くのはダメよ」
「わ、分かってるって! それに、一緒になんて行かないよ! なあ彌富」
「そうだよお! 冗談はやめてよねー」
「え、ええ」
本当に冗談で言ったつもりだったのに、二人は露骨に狼狽えているように見えた。
もしかして――いえ、そんなはずはない。私は必死に自分へそう言い聞かせた。
その週の土曜日、私は交換用のプレゼントを買うために大型のショッピングモールに来ていた。
「速水君が持っても、華弥が持ってもおかしくないものにしなくちゃならないわよね。何がいいのかしら」
フラフラと歩き回っているとガラスの工芸品が並べられた雑貨屋さんを見つけた。私は吸い寄せられるようにその店内に足を進める。その店内にはグラスにお猪口や花瓶、一輪差しなどが置いてあった。
「きれい……」
ショーケースに入っているグラスは、あの夏の夜に見た花火のような色鮮やかさだった。
「『津軽びいどろ』っていうのね。この一輪差しは個人的にほしい逸品だわ――って今はそうじゃなくて」
いくら綺麗だと言っても、あまり高価なものだと受け取ってもらえない可能性があるから、この『津軽びいどろ』はダメね。
「あ、これなら……」
私はある一つのバッグチャームを手に取った。
色とりどりの花びらと金箔が封入されている雫型のガラス玉。麻紐がナチュラルさを醸し出していて、その付け根についているシンプルな五弁の花は創作されたもののようだった。
これなら速水君も――仮に女の子のみたいだと言われても、無理やりつけさせましょう。
私はそのバッグチャームをレジまで持って行き、クリスマス仕様の紙で包んでもらった。
店員さんから購入したものを受け取り、それをすっと鞄にしまう。そしてレジの前で踵を返して顔を上げると、来店時に見た工芸品が視界に入った。
「また今度、『津軽びいどろ』は買いに来ましょう」
あの時の花火のようでしょうと、速水君や華弥にも見せてあげたいから。
クリスマスまで残り一週間。三人でどんなクリスマスを過ごすことになるのかと楽しみにしながら、私は雑貨屋さんを後にした。




