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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第五章 秋
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私は一人

 軽音部のライブが終わると、予想通りに陽子は三好先輩のところへ行ってしまった。


「先輩が呼んでる! じゃあ、またね!!」


 とだけ言い残して去った時は、今後陽子をどうしてやろうか――と少し腹を立てもしたけれど、姿が見えなくなってしまってはその想いをぶつけることも出来ない。


「どうでもいいや」


 そう呟いてから、私は体育館の外へ出る。


 館内は熱気がこもっていて少し熱く感じていたけれど、外へ出た瞬間、ひんやりとした空気に全身が冷やされた。


 虚しい。そんなことをふと考える。


「演劇部の公演始まっちゃうよ!」

「うそ!? 急がなきゃ!」


 そんな何組もの人間が体育館に吸い込まれるように入っていく。


 どの人も笑顔でどこか浮き足立っていて、文化祭を身体いっぱいに楽しんでいるようだった。


 私は一人でこんな場所に立っているのはなんだかなあと思い、この場を立ち去りたくなった。


「……そうだ。今度は部室棟の方へ行ってみよう」


 それから部室棟の方に身体を向け、私はまた一人で歩き始める。




 文芸部、茶道部、国際交流部、お料理研究会に放送サークル。部室棟エリアでは、様々な文化部たちが声を張り上げながら客寄せをしていた。


 しかし、これと言った興味がなかった私はただぼうっと廊下を歩き進めているだけだった。


 そんな中で私はふと、ある部活が目に留まる。


「茶道部、か。紗月は見に来たのかな」


 来たとしたら、やっぱり速水君と。


 私はいつの間にか足を止め、下を向いていた。


 クリーム色の廊下が見え、キュッキュッというシューズの踏み鳴らす音が聞こえる。


 その音や声で周囲に人間の存在を感じていても、それは私が求めている人ではないのだ。

 

「今ごろ紗月は、速水君とまわっているのかな。私とは、違って」


 かすれるほどの小さい声で私は呟いていた。


 しかし、その声は周囲の雑踏にすぐにかき消される。私の言葉も想いも、誰かに届くことはない。


「十一時より、文芸部による朗読会を開始しまーす! 文芸部部室にぜひお越しくださーい!」


 どこかの教室から聞こえるその声に、ハッとした。


「そろそろ時間だ。教室に行かなくちゃ」


 まもなく十一時になる。私が振り分けられた三班の当番時間だ。




 教室前に着くと、ちょうど当番を終えた紗月と彼女を待っていたであろう速水君と遭遇する。


 ああ、そっか。紗月は二班で速水君は四班だったね。じゃあ二人が一緒にいたのは、開会式からの一時間だけってことか。


 嘘の仮面にまた微細なヒビが入ったけれど、私は構わず二人に声をかける。


「お疲れ、お二人とも!」


 いつものように笑顔でそう言った。


「彌富! 一人で見てたのか?」


「ううん。友達とね! まあその友達も途中で彼氏のとこに行ったから、さっきまで一人だったのは本当かな」


「そっか」と何か考えた顔をする速水君。


 もしかして。気を、使わせてしまっているのだろうか。


 それは良くない、と話題を逸らす。


「速水君はこれから紗月と二人でお出かけ? 熱いねえ」


 速水君をからかうように笑う。私への余計な考えを手放してもらうためだ。


「――行きましょう速水君。速水君もあと一時間で当番なのでしょう」


 紗月はそう言ってスタスタと歩いていってしまう。


「待てよ、瑠璃川! ――ごめんな彌富。じゃあ、また」


 速水君は笑顔でそう言うと、急いで紗月の後を追っていった。


「まだ怒ってる……何がいけなかったの?」


 紗月がそういう態度でいたら、私だって速水君と一緒にいられないじゃん。


 どうして一人で彼を独占しようとするのかな。付き合っているわけじゃないのに。


「って、私なんてことを考えてんのさ。早く受付にいかないと」


 それから一時間。私は入り口の受付に座ったり、教室の中で展示の案内をしたりして過ごした。


 忙しくしていると余計なことを考えずに済むようで、紗月が怒っていることなんて思い出すことはなかった。


 しかし、そんな忙しい中でも速水君の言ってくれた言葉だけは思い出していた。


 私は自分の写真を前にする度に、思わず嬉しくなっていたのである。


「速水君も良い写真って言ってくれてたな」


 誰にともなく呟いていて、口の両端もわずかにあがっていた。


 その時に感じた気持ちは、嘘じゃないと私でも断言できる。


 それから一時間の当番を終えて教室を出ようとすると、私はちょうど戻って来た速水君と紗月と鉢合わせた。


「あ、また会ったね!」


 と二人に向かって笑顔で言う。


 速水君は笑顔で返してくれたものの、紗月は踵を返し、また一人でスタスタと歩いていってしまった。


 困った顔で速水君は紗月を見つめてから、こちらに苦笑いを浮かべ、教室に入っていく。


 ――理由を問い正すなら今しかない。

 そう思った私は紗月を追った。


 幸い紗月とはそんなに離れていなかったため、すぐに追いつくことができた。


「紗月! 紗月、待ってよ!」


 背後から私が呼びかけても、紗月は振り返らない。その態度に少し腹が立った私は手を伸ばし、紗月の右肩を掴む。


「待ってってば。ちょっと話をしようよ」


「――ええ」と紗月は肩越しに答えた。


 拒否されると思って声を掛けたのに、意外と素直に応じた紗月には少しだけ驚く。


 おそらくそれが顔に出ていたのだろうか。「何よ」と怪訝そうな顔で紗月は言う。


「え、ううん。びっくりしただけ」


「そう。――ここだと人が多いし、とっておきの場所に行きましょう」


「う、うん」


 私が肩から手を離すと、紗月はまた歩き始めた。


 だから向かっているのだろう、と思いながらも私は黙って紗月に追随する。


 無言で着いて歩いたのは、紗月のその足取りが先ほどの私から逃げるものではなく、黙って着いてこいと言っているように感じたからだった。

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