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アネモネの花言葉  作者: しらす丼
第二章 五月晴れ
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遅刻魔

「ボランティア?」


「そうよ。悪行を生業としている速水君にはぴったりでしょう」


 いつ悪行なんて――! とツッコもうとしたが、瑠璃川の言うこともあながち間違っていないと悟る。


 大罪ではないが、僕には彌富の机にマーキングをしたという前科があったのだ。


「でも、どうして急にボランティアなんだ?」


花城はなき先生から、顧問をしているボランティア部の活動を手伝ってほしいと頼まれたの」


 手伝ってほしいって……花城先生はクラス委員をなんだと思っているのか。


 そんなことを思うと、ついため息が漏れる。


 いや、そもそも。この学校にボランティア部なんて部があったこと自体初耳だったんだが。


「なあ。そのボランティア部って、部員は何人いるんだ?」


 もしかしたらそこに属する部員たちは、誰に気づかれるでもなく細々と慈善活動をしているのかもしれない。なんだ、考えてみれば良い話じゃないか。


「花城先生一人だけよ」


「はっ!?」と思わず、目と口を大きく開ける。


 良い話と言ったのは取り消しだ! それに顧問は部員じゃないだろうが。

 しかもそれって廃部してるってことだろ……と苦笑もする。


 しかし、もしかしたら花城先生にも付き合いと言うものがあるのかもしれない。


 大人になると、したくもない忖度をしなければならなくなるのだろう。政治家とかを見ていてそう思う。


 だが、仮にそうだとしてもあまり気乗りはしなかった。だから今回のことは丁重にお断りしよう。


「ごめん、ちょっと最近忙し――」


「もちろん速水君に拒否権はないから、快諾しておいたわ」


 僕の言葉を待たず、瑠璃川はしたり顔で食い気味にそう言った。


「い、いつの間に」


「今朝よ」


「事前に訊いてくれよ……」


「じゃあ仮に訊いたとしましょう。速水君はなんて答えるの?」


「もちろん、ノーだ」


 瑠璃川は踵を返した。


「華弥にあの日のことを伝えてくるわ。速水君が華弥の――」


「待て待て待て待て! 冗談だ。OKに決まってるだろ。ボランティアなんて、僕にぴったりじゃないか!」


 僕がそう言うと、瑠璃川は笑顔でこちらに向き直る。なんとも悪魔的な笑みをしていた。


「速水君ならそう言ってくれると思ったわ」


 いや、やっぱり悪魔かもしれない。と思わず小さなため息が出た。


 このまま僕は瑠璃川に従い続ける人生を送るのだろうかと少し悲しくなった。


 これが瑠璃川なりの友情でないことを祈るばかりである。できれば僕は、もっとまともな友情を育んでいきたいのだが。


「じゃあ、今週の土曜日。朝九時に校門集合ね。遅刻したら厳罰が待っているそうよ」


「慈善活動をしに行くのに、そんな試練があるのか!?」


 その活動で時間と思いやりをかけるのに……得るものよりも犠牲にするものの方が多いというのか。


 ボランティアとはそういうものだったんだな。


 安請け合いはしないほうがためである。今回のことから得た教訓だと僕は思った。


「どうやらその厳罰も影響して、部員がいなくなったそうよ。心に疚しいものがある人ばかりだったのね」


 本気でそう考えているであろう瑠璃川に、僕は小さくため息をつく。


 瑠璃川。それは純粋すぎるぞ。


 何はともあれ。僕らは次の土曜日、花城先生の頼みでボランティアに参加することになった。


 そして。話を聞いたこの時点で、世にも過酷なボランティア活動になると誰が予想しただろう。




 翌土曜日。午前八時五十分。僕は校門の前にいた。


 昨日まで降り続いていた雨の雫が、校庭にある大樹の青葉の上でキラキラと輝いている。


 先週から梅雨入りをした関係で天候が懸念されていたのだが、今日は見事な五月晴れ。絶好のボランティア日和となった。


「まだあと十分か……」


 校舎にある時計がふと視界に入り、僕はついひとりごちる。


 実は三十分も前からこの場所にいるのだが、僕は断じて厳罰を恐れたわけではない。


 寝坊したらどうしようと不安で寝付けなかったことはないし、朝食を摂りながら目に見えない恐怖に心の奥がソワソワしていたなんてことはない。


 道中で起こりうるリスクを考えた末に、対処できるようにと早めに家を出たってことでもない。


 つまり。これから慈善活動をするという興奮を抑えきれずにいただけ。そう、僕は厳罰を恐れたわけではないのだ!


 誰に言い訳をしているのだろうと少し恥ずかしく思ったが、休日にこうして家を出るきっかけがあるのはいいことだなと思い始めていた。


 普段の土曜日は部屋にこもって読書をすることがほとんどだったからだ。


 ちなみに日曜日は瑠璃川と出かけることが多いため、最近はずっと外にいる。


 僕もなかなかアウトドアな人間になって来たのかもしれない。


「それにしても瑠璃川、遅いな」


 日曜日は一緒に遊ぶようになって知ったことだが、瑠璃川は必ずと言っていいほど三十分以上の遅刻をしてくる。


 厳罰があると分かっているだろうから、さすがに今日くらいは遅刻をしないだろうと鷹をくくっていた。


 しかし僕は、瑠璃川紗月という人間のことを少々舐めていたことを思い知るのである。




 九時になる三分前。花城先生が校門の前に現れた。


 ヒョロヒョロとした体躯に不釣り合いなよく分からないブランドの真っ赤なジャージ。運動部の彌富が見たら、それがどこのブランドのものか分かりそうだ。


「瑠璃川はまだ来とらんのか」


 花城は冷淡な口調で僕に尋ねる。


 そんなことを確認してもらわなくても、見れば分かる状況だとは思うが。なんて口が裂けても言えない。


 僕は苦笑いをすると「まだ見たいですねー」と答えた。


「これは厳罰に処すしかないな」


 ぽつりと花城先生は言った。ドンマイ、瑠璃川。僕は内心で憐れんだ。


「連帯責任で速水もな」


「え!? 僕は三十分も前からここにいたんですよ!? それはないんじゃないですか!」


「ボランティアとは、仲間の結束力も大事なんだ。だから瑠璃川の処遇はお前の処遇となる」


 そんなネガティヴなジャイアニズムは嫌だ!


 この瞬間、僕は心そこ瑠璃川を恨んだ。あとで何か小言の一つでも言ってやらないと気が済まない。


 それから集合時間の十分遅れで瑠璃川は校門前に到着した。


 花城先生はこれといって厳しい言葉を瑠璃川に掛けることもなく「行くぞ」とだけ告げ、歩き出す。教職員用の駐車場に向かうらしい。


「今日くらい遅刻しないで来てくれよ」


 花城先生に聞こえないよう、僕は声を潜めて瑠璃川に言う。


「し、仕方ないじゃないっ! 私にだっていろいろあるのよ!!」


 瑠璃川も声を潜めつつ、しかしその声を荒げながら答えた。


 遊びに行くわけでもないのに、準備でもあったのだろうか。そんなことを思い、今日の瑠璃川ファッションを一望する。


 学校指定のジャージ。ポニーテールにしている艶々の黒髪。


 どこに時間をかけたのかはよくわからなかったが、きっと女の子にはいろいろとあるのだろう。あえて言及することもない。


「そっか。じゃあ仕方ないから、揃って厳罰に耐えような」


 僕がため息混じりにそう言うと、


「ごめんなさい」と素直な返答があった。


 その素直さに免じて、今回は許すとしよう。


 それから僕たちは花城先生の車に乗って目的地へと向かったのだった。

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