四十三日目
今日は朝からギルドに来ている。
昨日、計画していた通りに、裁縫の講座を受けるためだ。しかも五回は無料で受講することが可能となった。
実は昨日、新人探索者の指導を終えて受付に報告したのだが、報酬を貰えなかった。なんでもギルドに登録していない者には支払えないそうだ。
ギルドでは二つ金銭を稼ぐ方法がある。
一つは俺がいつもやっているように、ダンジョンから素材を採取して売る方法。
二つ目は外部からの依頼を受注し、依頼達成が確認されたら報酬が支払われる。
一つ目はギルドに登録していなくても利用可能だが、二つ目はそうではない。ギルドへの登録を行っていないと、依頼を受注する事も出来ないのだ。
そして、昨日の新人指導もギルド側からの依頼となり、ギルドカードという身分証明書の提出と共に報酬を支払われる事になっている。
だが、俺はギルドに登録していない。
だからカードも持っていない。
いやいや、そんなの持ってないよと伝えても、じゃあ払えませんねで終了である。
流石に文句を言った。
無理矢理やらせといて、報酬を支払わないとはどういう了見だと訴えた。
だがギルド側は、じゃあギルドカード作って下さい、ギルドカードがあれば報酬を渡せますとしか言わない。
大した殿様商売である。
そもそもギルドへの登録料五万円に対して、今回の報酬は四万円であり、登録すればマイナスである。
登録するだけ無駄な出費だ。
そんなの報酬じゃない。
第一、俺に登録するメリットがないのだ。
俺はひたすらに文句を言い続けた。
悪質なクレーマーだと言われようと構わない、これは俺の権利だからだ。
ギャーギャー喚いていると、受付の人もほとほと困り果てた顔をし出した。つまり、ここからが正念場だ。
これからどうやって追い詰めていくかが、こちら側に有利な条件を飲ませるカギとなる。
さあ、俺の戦いはこれからだ。という段階になって、俺に新人指導を強制したオバチャンが登場した。
受付の人がオバチャンに説明をすると、仕方ないねと呟いて俺の前に立ち塞がる。
その姿はまるで不動明王のようで、俺を前にしても決して引かないと確固たる意志が見える。てか、このオバチャンもの凄く強い、武人コボルト以上の強さを感じる。
戦いになれば間違いなくやられるだろう。
だが、ここで引く俺ではない。
正義はこちらにあるのだから。
んでオバチャンどうしてくれんの?と悪質なクレーマーの如く上から目線で問いかける。
それをオバチャンは、金はやらん!と一喝した。
いやいや違うよね、報酬出すって言ったのオバチャンじゃない?と優しく諭すと「金はやらん!が代わりの物を上げるよ」と提案してきた。
正直このままでは、お金を頂くのは難しそうだなと思っていた。こうも頑なに払わないのは、過去にギルド登録者以外に支払って、トラブルが発生した事案があったのではないだろうか。
この予想が当たろうが外れようが現状に関係はないが、代案が出されたのなら、それに乗ってみるのも手だ。
俺は了承して、オバチャンの後に付いて行った。
オバチャンが荷物を置いている部屋に通される。
てっきり使用していない会議室や待合室に通されるものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
案内された部屋には、テーブルを囲むソファが三脚置かれており、その奥には派手さは無いが、高級感を醸し出した机と椅子が置かれている。
俺はソファに座ると、その身を縮こまらせた。
もしかして、オバチャンって権威ある人だったりします?そう聞けたら良かったのだが、聞いたら聞いたで何も貰わずに帰りそうなので、知らぬ存ぜぬの態度で挑む事にした。
オバチャンが持って来たのは、ポーションや武器防具類と何かのチケットだった。
ポーションは売店に売っている普通のポーション5本で、これはお詫びにくれるそうだ。
そして他の物に関しては、この中から一つ選んで持っていけという事らしい。
どれも報酬の代金よりも価値はあるから安心しろというが、残念ながらどれも欲しくない。
殆どが初心者向けの物で、俺が貰っても売却するしか道はないからだ。
金銭を考えるならそれでも良いが、少額と言えど権威あるオバチャンからそんな物を貰ったら後が怖い。それに、ポーションだけで元は取れているので、何を選んでも問題はない。
そして、慎重に選んで五枚綴りのチケットを手に取った。
それは、売店で見た技能講座の受講券だった。
回数に制限はあるが、人数制限を気にせず優先的に参加出来るという物だ。この受講券を即座に手に取ると、これにしますと告げて立ち上がる。
そして、もう用はないと足速に立ち去った。
こんな事があり、受講券を手にして裁縫教室に来ている。
受付に受講券を差し出すと、本当にこれを使うのかと問われたが、逆にここで使わなかったらいつ使うんだと聞くと、受付はそれ以上なにも言わずに受け取ってくれた。
教室に入ると人はまばらで、全体で十人程度しかおらず、その大半が男性で、女性は二人しかいなかった。
それから人が増える事はなく、講師が入って来ると挨拶もなく始まった。
ふむふむ。
講座の内容はとても解りやすかった。
スキル裁縫についてとその活用法。
裁縫のスキルは、手縫いが上手くなるだけのスキルではなかった。裁縫のスキルの真価は、布製の装備品に魔法陣を縫い付け、特殊効果を付与する事にある。
そして、魔法陣を縫い付けるのは手縫い限定ではなく、ギルドで販売されているスキル用ミシンを使用すれば、魔力は多少使えども特殊効果を付与する事は可能なようだ。
ミシンの話を聞いて膝を突く。
俺の努力はいったい…。
作成した刺繍の数々が泣いてる気がした。
講座では、どこにどのようにどのような特殊効果を付与すべきかを教えてくれる。
そして最後に、魔法陣一覧の載った一冊の本が教壇の上に置かれた。
値段はなんと格安の百万円!
これは買いだと、速攻で飛び付いていた。
きっとこれは競争になると予感したからだ。
しかし、購入するのは俺だけだった。
どうやら、他の人達はこの本の価値を分かっていないようだ。
とても残念だ…。
後日、ネットに魔法陣一覧なるサイトが出て来て発狂するのだが、それはまた別のお話。
ダンジョン22階
サイレントコンドルが珍しく低空飛行で向かって来る。
しかも真正面からの突撃だ。
何か罠があるのではないかと疑ってしまう程に、サイレントコンドルらしからぬ行動である。
地属性魔法を使い、土の杭で突き刺そうとするが、魔法発動と同時に加速し、土の杭は空振りに終わる。
今度は土の弾丸にして連射するが、それらを最小限で避け距離を詰めて来る。
大剣を構え、サイレントコンドルの突撃に備える。
腰をどっしりと落とすと、全身に身体強化を施し正面から迎え討つ準備は完了する。
いつでも来い!
気合い十分に待ち受けるが、サイレントコンドルは直前に方角を変え上空に舞い上がった。
勿論それだけでは終わらない。
サイレントコンドルは舞い上がる前に、翼を大きく羽ばたかせ砂埃で視界を塞いでいたのだ。
奪われる視界。
そこにもう一羽のサイレントコンドルが突撃する。
視界を奪われての奇襲であるが、その姿は空間把握により捉えてある。
動きがいつもと違うと思ってはいたが、二羽での連携は素晴らしいの一言に尽きる。対象が俺一人だと言うのに、確実に狩るために策を巡らせて来た。
全力ではないかも知れないが、少なくとも策が無ければ勝てない相手だと判断したのだろう。
その判断は光栄だが、それは誤りであると教えてやろう。
舞った土埃を地属性魔法で支配下に置くと、奇襲を仕掛けて来たサイレントコンドルに一斉に纏わりつかせる。そして、手を握るようにして土の中にいるモノを圧縮する。
弾ける血が、その結果を物語っていた。
もう一羽のサイレントコンドルはその場面を見ていたせいか、こちらを警戒して襲って来ない。
仲間がやられてどう動くのか警戒していたが、やがて諦めたのか遠く離れて去って行った。
ふう、上手くいった。
土埃の操作なんて無理だと思っていたが、何とかなるもんだ。
地属性魔法、魔力操作、並列思考で何とか成せた技である。上手く行くか不安だったが、俺も成長しているのだろう。
最近は戦う度に体のキレが良くなって来ているように思う。正確には武人コボルトに勝利してから、スキル限界突破を得てからだ。
このスキルにはまだ力がある。
その使い方は漠然とだが理解している。
スキルを得たとき、その使い方が頭に流れ込んで来たのだ。これは、今までになかった現象で頭がいじられるようで気持ち悪かった。
まあ、少なくとも現状では力を使う必要はないのだが、どこかで一度使っておこうと考えている。
探索を進めていると、運良く23階に続く階段を見つけた。
ここから先に進むには、泊まり掛けで探索する必要があるだろう。
俺は明日、明後日をキャンプの準備をして潜る事に決めた。
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 16
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破
《装備》
俊敏の腕輪 不屈の大剣 神鳥の靴
《状態》
デブ(各能力増強)
ーーー
18時に幕間投稿。




