休日2. ハルト閃く(三十八日目)
今回の投稿は急いで書き上げたので、またどこかの段階で修正します。大まかな流れを変えるつもりはありませんので、読んで頂けたら幸いです。
実家に帰ると、母が若返っていた。
嘘のような事態だが、現実に起きている。
「ねえ、どうして母ちゃんはそんなに若返ったの?」
「黙ってソファ片付けなさい」
若返った母は尋ねても機嫌が悪かった。
お気に入りのソファが壊れたせいだろう。一体誰がこんな酷いことをやったのやら。
機嫌の悪い母は、壊れたソファを片付けるように言うだけで質問には答えてくれない。それどころか、俺を疑う始末だ。
ソファは帰って来たら壊れていたと言っても信じてはくれず、どこかの太った輩が跳ねて遊んでいたと言ったら信じてくれた。
だから俺は悪くないと言っているのだが、聞く耳を持ってくれないのだ。
新しいソファを買うから許してと訴えて、やっと許してもらえた。
「ソファって高いんだな」
購入した明細書を見て呟く。
これまで一人暮らしだったので、ソファなんて必要なく価格を見たことがなかった。十万円あれば十分だろうと思っていたら、母が選んだのは二十万円を超える物だった。しかも当日お届けのサービス付きで、ホームセンターの従業員がこれから運んでくれるそうだ。
「タカト達は夕方に来るみたい」
時刻を見ると15時を回った頃だ。
兄と姉が来るのはまだ後になる。
「なあ、母ちゃんは癌に罹ってたんじゃないのか?」
新品のソファに深く腰を埋めながら切り出す。
癌と聞いて帰って来たのに、本人はピンピンしている。それどころか、若々しい姿になっていた。
聞いてた話と真逆の状態だ。
「患ってたよ、それは本当。でもね治ったの。運が良かったのよ」
「ふーん、早期発見なら確実に治るって聞くしね。まあ、大事なくて良かったよ」
「違うわよ、大事あったのよ」
母の言葉に首を傾げる。
母の姿はどう見ても元気であり、大病の影はない。
寧ろ若返っており、そっちの方が問題だ。
「ハルト、母さんね、ステージ4の腎臓癌だったの、余命三ヶ月って言われてたのよ」
「……え?もっかいお願い」
母の額に血管が浮かぶ。
別に揶揄っているわけではない。
聞こえてはいた。ただ理解が出来なかったのだ。
それだけの大病を患ったのに、どうして若返るのか分からなかった。
だが、一つだけ可能性が思い浮かんだ。
「はっ!母ちゃん転生したの!?今流行りのやつ!」
「意味わかんないこと言ってんじゃないわよ! 癌だったの!ステージ4の!」
「じゃあ、どうやったらそんな体になるんだよ。おかしいだろ」
「おかしいのはアンタもでしょ! そんなに太って、しかも若返ってるじゃない」
「ぐっ、ちょっとフクヨカになっただけさ。気にしないでくれ」
「フクヨカ通り越してるわよ。明らかにおかしいでしょ!」
「…健康には問題ないって」
病院に行ったとは言ってない。
あくまで自称である。
「タエちゃん、話が進まない。ここからは俺が話すよ」
「…そうね。ジンさんお願い」
怒ってばかりの母に代わり、父が話を引き継ぐ。
父は懐から小瓶を取り出すと、コトンとテーブルの上に置いた。
その小瓶は最近良く見るようになった物で、大変お世話になっている代物でもある。
「ハルト、この小瓶に見覚えはないか?」
「あるよ。ポーションの入れ物だな」
「…タエちゃん、じゃなくて母さんが助かったのはな、コレのおかげなんだ」
「ポーションにそんな力が!?」
まさかポーションに癌を治す力があったとは、なんて万能薬なんだ。凄すぎるぞポーション!
「んなわけあるか。ハルト、この前荷物送って来ただろう? アレに何を入れたか覚えてるか?」
荷物を詰めていたときの記憶を探る。
何を入れた。余計な物は入れてないはずだ。
「…ご当地のお土産とメンマと……ナマモノ」
そうだ、送った記憶がある。
まさかその小瓶はあのとき送った物なのか?
……だからなんなんだ?
「中身に何かしたか?」
「……」
無反応な様子に父と母は、何かを確信した表情になる。
そして立ち上がると深々と頭を下げた。
「ハルト、ありがとう。貴方のおかげで、今もこうして元気でいれます」
「タエちゃんを救ってくれてありがとう。ハルトのおかげで、俺はもう一度幸せを手に入れた」
「うん、分からん。ちゃんと説明しろ」
二人で勝手に理解して完結している。
置いてけぼりにされた側は、不快になるだけだ。
父と母はごめんごめんと言って説明を始めた。
癌を患った母が、俺が送ったナマモノを飲んで倒れた。
病院に運ばれて検査すると癌は無くなっており、三日後目覚めたときには若返っていた。
こりゃ大変だとその原因を探ると、倒れていたときに握っていた小瓶が怪しいとなる。
小瓶の中に残った液体を調査すると、ダンジョン産の貴重な薬品ではないかと結論が出たようだ。
ただ、これは推測であり、液体自体が少なく劣化していたこともあり断言出来ない。
だが、父と母はこの小瓶の中身で体が癒えたのだと思っているそうだ。
「へーそんなことあるんだね」
鼻をほじりながら答える。
説明を聞いて思うのだ。
そんなわけあるかいと。
あの蜜にそんな力があるなら、俺は今頃赤ん坊になっている。これまで何十ℓ飲んで来たと思ってるんだ。
そもそもダンジョン11階で手に入れたモノに、そんな効果があってたまるか。
母が助かったのは別の要因があるんだろうなと、勝手に結論を出していた。
「それでな、母さんを担当してくれた先生がな、もし残りがあるなら譲ってほしいそうなんだ」
「ないよ」
「嘘ね。ハルトは嘘吐くとき、必ず鼻が膨らむから分かりやすいわ」
子供の癖を把握している母に嘘は通じないようだ。
「ぐっ、絶対渡さない!残り少ないのに渡してたまるか!」
「別に無理にとは言ってなかったわよ、貴重なモノなんでしょ? まだあればって話だし、謝礼もするそうよ」
「…謝礼?」
母の言葉に疑問を持った。薬を転売や資料として取り扱うのなら買取ると言いそうだが、謝礼は少し違う気がする。
「先生のお子様がね、事故に遭って寝たきりの状態らしいの。同じ病院に入院しているみたいなんだけど…」
藁にも縋る思いなのだろうな。
愛する子供のために、あらゆる可能性を試したいのだろう。
その思いは理解出来る。
だが、と考える。
仮に効果があったらどうだろう。
きっと色んな人に話が回って、俺だけではなく家族にも被害が及ぶかもしれない。
ならば、出す答えは決まっている。
「悪いけど、譲るつもりはない」
守るべきを間違えてはいけない。
お子さんには悪いが、見ず知らずの人よりも家族の方が大事なのだ。
「なにあんた、どうしてそんなに太ってどうしちゃったの⁉︎」
「アハハッ!おまっ!それはやばいって!何で太ってんだよ」
兄と姉が実家に帰って来た。
開口一番に馬鹿笑いした兄と驚いている姉を見て、兄とは拳で語り合わなければならないなと密かに決意した。
「少しぽっちゃりしただけさ」
「それの何処がぽっちゃりなんだよ。しかも若返ってないか? 母さんと一緒? いや太ってそう見えるだけか?」
「デーブデーブ」
「デブデブ‼︎」
兄が繁々と見ている周りで、小さなモンスター、甥と姪が俺を指差して楽しそうにしていた。
ゴブリンよりも小さな子供達だが、比べ物にならないほど可愛い子達だ。そして、子供らしく容赦のない言葉を投げかけて人を傷付ける。
そうか、俺は子供から見てもデブなんだなぁ。
コーヒーを啜って俺は涙を拭った。
「久しぶりハルト君!元気そうだね、そんなに太ってどうしたんだい?失恋でもしてやけ食いしたのかい?」
心の涙を流していると、元気な女性が話し掛け来た。
その女性は従姉妹であり、兄の嫁様であるヨシナさんだ。
昔から変わらず活き活きしており、彼女がいるだけで場の雰囲気を明るくしてくれる存在だ。また、兄に猛アタックをして結婚まで漕ぎ着けた肉食系な一面も持つ。
「お久しぶりですヨシナさん。残念ながら、失恋するような出会いもありませんよ」
「そうなの?まあそのうち良い人見つかるよ。頑張れ!」
「はあ、頑張ります」
正直、ヨシナに苦手意識を持っていた。
その原因は、過去に兄のエロ本と間違って自分のエロ本を公開されたからだ。エロ本の内容が巨乳揃いだった事もあり、皆んなに自分の巨乳好きがバレてしまったのだ。
ヨシナは学生時代のハルトにトラウマを植え付けた人物なのである。
コーヒーを啜ってまったりしていると、暇になった甥と姪が寄って来て、遊んで遊んでと腹にパンチを打ち込んでくる。
お前らの遊びは人の腹を殴ることなのかと兄を睨む。
あんたの教育はどうなってるんだ。
非難する視線を無視し、兄はアハハと笑って止める気はなさそうだ。
仕方なく、子供の相手をしてあげる事にした。
一月やそこらではあるが、ダンジョンで鍛えられた体は子供パンチでダメージを受ける事はない。止めろよと子供達を抱っこして抱きしめてあげると、悲鳴のような声を上げて喜んでいた。
この暑い夏にボディプレスはさぞ気持ち良かろう。
満足してもらえて何よりだ。
「じゃあ乾杯しましょうか」
母の音頭で始まった夕食は談笑を交えて進んでいった。寿司を食べてビールを飲む、途中でハイボールに変えたりしながら酒精が体に回る。
俺も人と飲むのが久しぶりで、酔いがいつもより早く回ってしまった。
ここにいる皆がイケる口なのもあり、酒の減りが早い。
『次のニュースです。探索者法改正案が可決されました。この改正案は、探索者の税軽減措置や特定の競技への参加を認める法案で、各界から反対の声が上がっていましたが、衆議院を賛成…』
テレビのニュースをBGMにして飲んでいると、暇になった子供達が母親の元に行き遊んでとせがんでいた。
その様子を見て素直に可愛いと思う。
人の腹をなんの躊躇いも無く殴って来る奴らだが、甥や姪を嫌いになることはない。
のんびりとビールを傾けていると、話題は母の若返りに移った。
「お義母さん、若々しくて羨ましいですね。私より肌に艶がありますよ」
「ふふっ、これも日頃の手入れの成果よ」
完全に嘘である。
母と父はナマモノの事を誰にも言ってないようだ。
これは、配慮してくれたのだろう。
「若いって言ったら、ハルトも若くなってるわね?」
「あっそう思う?俺も思ってたんだよ。太ってそう見えてるだけなのか。自信がなかったんだよな」
横目で見て来る姉の目は、羨ましいとも何とも言えない表情だ。
「なに言ってんだよ。俺はなにも変わってないだろう?」
「変わり過ぎよ!めっちゃ太ってるじゃない!母さんみたいな若返りなら良いけど、あんたみたいなのは論外ね」
大変失礼である。
「何だよさっきから、若々しいのは前からだろ。姉ちゃんより三つも若いんだから」
「はあ…あんた本当に自覚が無いのね」
姉は立ち上がると、手鏡を持って来る。
そしてスマホ画面を操作して、俺の痩せていた頃の姿を見せて来る。
うむ、イケメンである。
痩せている俺は、どこに出しても恥ずかしくないイケメンだ。スーツ姿の写真は白黒に加工されており、壁に肘をつけしなだれるようなポーズを取っている。
これぞ真の俺。
「あっDJTのシュン。カッコいいよね」
「あっこれじゃないわ。ごめんごめんこっちだ」
姉は間違えたと別の写真を出して来る。
いや、もうさっきので良いよ。
次に出された画面には、どこにでもいるような平凡な男だった。決して悪くはない、でも一味足りないそんな男が、疲れた表情で画面に映っていた。
スマホの画面を見せられた後に手鏡を渡される。
「…誰?」
「あんたでしょうが!」
「いやいや、高校生じゃん。今朝見たときはこんなんじゃ…こんなんじゃ…」
鏡に映った自分の顔が、思っていたのと違う。
朝、見たときは若い感じではなかったはずだ。
まさか、蜜に脳が破壊されて幻覚でも見ていたとでも言うのか。
…どうしよう、自信がない。
「分かった?そういうことよ」
ショックで酔いが醒めてしまった。
まさか太っただけでなく、若返っていたなんて。
しかも、顔の幼さが学生のそれだ。頑なに成人していますと言えば通りそうだが、絶対に止められるだろうな。
所謂、そういうお店に。
これでは、月に一度のお楽しみが無くなってしまう。
それどころか居酒屋に行っても、飲酒を断られてしまうかもしれない。
余りの衝撃に膝から崩れ落ちた。
「どうしたの!?」
「…なんでもない、ちょっと楽しみが無くなったショックで膝が笑ってるだけだよ」
兄を除いた皆が、意味が分からないという顔をしている。
いや、妻帯者のあんたが分かっちゃ不味いだろう。
そして、そんな俺に追い討ちをかける存在がいる。
「オリャ!」
「タァ!」
余程、俺の体はサンドバッグに適しているのか、甥と姪がボスボス叩いて来る。
どうやらもう一度ハグを御所望らしい。
まさかこんなに人気が出ると思わなかったな、俺の熱い抱擁を受け取ってくれ。
両手を広げて子供達に迫ると、きゃーと楽しそうに逃げて行く。
そこまでは良かったのだが、追いかけていると甥っ子が転んで柱に頭をぶつけてしまった。
急いで駆け寄ると、強く頭を打ったのか血が滲み出していた。甥っ子はあまりの痛みに、泣き出しそうになっている。
即座に治癒魔法を使用して治療していく。
力を入れ過ぎず、光らないように調整する。
ホント株式会社会長を治療したときは、全力で行ったので発光していたが、弱めて使用すれば光ることはない。
その分、治癒力は落ちるが、この傷ならばこれくらいで問題ない。
目の前で姪が驚いていたが、シーとしたら何度も頷いていた。
そこで、一つ閃いた事がある。
「母ちゃんが行ってた病院ってなんて病院?」
それを実行する為には、母に尋ねる必要があった。




