エピローグ
この世界にダンジョンが現れたのは、第二次世界大戦の終盤。
悲劇の爆弾が落とされて、そこに巨大な洞窟が聳え立っていたらしい。これが、後にダンジョンと呼ばれる物だった。
そして約五年前、世界の滅亡が予言されて、世界中にダンジョンが現れた。
世界は混乱して、たくさんの悲劇が生まれたみたい。
悲劇を少しでも食い止める為に、世界規模の探索者監察署なる組織が生まれて、犯罪を犯す探索者を取り締まって行って、ある程度治安は回復した。っていうのを、この前の特集番組で見た。
それから三年後、今から二年前、ある奇跡が起きた。
世界中からダンジョンが消えた。
正確には、最初の二つを残して消えた。
消えたダンジョンに潜っていた人達は、強制的に外に出されたらしく無事。ただし、その土地の経済がダンジョンに依存していた所では、別の混乱が起きた。
多くの探索者が職を失い、地域が壊滅したそうだ。
新たな仕事を得る人もいたが、ダンジョンという特殊な環境を味わった大半の人達は、一般的な生活に戻れなくなっていた。
結果的に、各地のダンジョン探索をやっていた人達が、日本に押し寄せて来てしまった。
この影響で日本の人口は爆増して、探索者による犯罪も横行した。おかげで、プロクラスの探索者の需要が高まっていて、私のような30階をクリアして一般落ちした人は、どこの企業でも採用してもらえるようになった。
私が就職する時も有利に働いて、そこそこ大きな幼稚園に採用された。
えっと……ん? 何か違うな……。
……まあいっか。
ダンジョンが無くなったと聞いたとき、私は彼がやったんだなって思った。
彼は、私に痩せると宣言してから一度も会っていないけれど、ダンジョンをどうにかすると言っていた。
だから彼がやったのだろう。
それだけ強かったし、死んだ人だって生き返らせるくらい凄い人だから、きっとそうなんだろう。
「ちさとせんせー!」
「はーい!」
「ひなたちゃんがあぶないことしてるー!」
「またー⁉︎」
私が勤めている幼稚園では、少し変わった子がいる。
その子の名前は田中日向ちゃん。
女の子だけれど、その行動力が男の子顔負けのアグレッシブさを持っているのだ。
滑り台の上で仁王立ちする女の子。
この子こそが日向ちゃんである。
幼いながら整った顔立ちをしており、男の子達にも大人気の女の子だ。話では子供服のモデルをしたこともあるらしく、ローカルテレビだけれど出演しているのを見たことがある。
番組の内容は日向ちゃんじゃなくて、お家の紹介だったけれど、やたら日向ちゃんを映していたような気がする。
そんな日向ちゃんが何かしようとしている。
といっても、これはいつものことなので大体察せられる。
「日向ちゃん危ないよー! 普通に滑って降りて来て!」
「だいじょうぶ、あたし、とべるから」
まるで大丈夫じゃないし、人は飛べない。
いや、確かに飛んでる人や馬はいるけれど、あれは例外中の例外だ。普通の人は、決して真似してはいけない。
ふんっ! と足に力を込める日向ちゃん。
「とう!」
という掛け声と共に、滑り台から飛び立った。
いや、飛び降りた。
私は急いで落下地点に向かうと、魔力で体を強化する。
そこで日向ちゃんを抱き止める。
キャッチする瞬間に、日向ちゃんが少し浮いた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
上空にフウマがいるけど、たぶん気のせいだ。
そんな気のせいは放っておいて、日向ちゃんを怒らないといけない。
「日向ちゃん、危ないことしちゃダメでしょ。人は飛べないんだよ」
「とべるもん、あたし、とんでたんだもん」
「飛んでたって、飛行機とか?」
「ん〜、ゆめで」
夢かい⁉︎ なんてツッコミはしてはいけない。
理不尽な否定は、その後の成長への悪影響に繋がる。
「あのね、夢では飛べても、今の日向ちゃんはまだ飛べないんだよ」
「……うん」
シュンとする女の子。
こうして見ると、大人しい美幼女に見えるから不思議だ。
喧嘩になれば、男の子を蹴散らすだけの力を持っているというのに。
「今は駄目だけど、もっと大きくなったら、日向ちゃんも飛べるようになるから、それまで我慢してね」
「……ほんと? あたしも、フウマみたいにとべる?」
「ん? ああー……フウマ、フウマね……そっか、フウマね……」
あの子の影響かー⁉︎ と絶叫しそうになりながらも、私は必死に抑える。
もう一度空を見上げてみる。
残念ながら、そこにはもうフウマの姿は無い。
どうやら逃げたようである。
とりあえず、日向ちゃんが空を飛びたがる原因は分かった。
お迎えが来た時にでも、日向ちゃんのママに注意してもらおう。もちろん、フウマの方をである。
落ち込む日向ちゃんを抱えて、教室に移動する。
そこには、日向ちゃんの親戚である武光くんと瑠衣ちゃんがいた。
武光くんと瑠衣ちゃんを見ると、何故か懐かしい気持ちになるから不思議だ。
「あっひなたちゃん⁉︎」
「ひなた?」
二人は私に抱っこされた日向ちゃんを見て、駆け寄って来る。
生まれた頃から一緒にいるだけあり、日向ちゃんを心配していたのだろう。
と思ったのだけれど、かなり違った。
「ちさとせんせー、だっこしてー」
「ぼくもぼくも!」
二人が抱っこをせがむものだから、他の子達まで来てしまって大変なことになってしまう。
もしも他の先生が来てくれなかったら、きっと抱っこ地獄になっていたに違いない。
危ない危ないと日向ちゃんを下ろすと、教室の隅で馬の置き物を発見した。
その置き物の馬は芦毛のポニーで、園児達を乗せてもビクともしない。それどころか、園児が引っ張っても微動だにしない。引っ張られても、叩かれても無反応。落書きされても無抵抗という徹底した演技である。
てっきり逃げたものだと思っていたが、どうやら教室の置き物として参加するようだ。
まあ、そんなこと許さないんだけどね。
「フウマ、何やってるの?」
「……ブル」
「ここ幼稚園だから、ペットは入ったらいけないのよ」
「……ブル」
わい、召喚獣やし。と主張している気がする。
何と言われようと、フウマはここにいてはいけないのだ。いくら日向ちゃんが心配だからといって、この一線は越えてはいけない。
私が睨むと、フウマは諦めたのかトコトコと歩いて出て行く。
その背中に日向ちゃんが飛び乗るが、まあそれくらいなら……。
「って、日向ちゃん⁉︎ フウマ待って!」
フウマごー! と指差す日向ちゃんを回収して、事なきを得る。
絶対、この過保護が原因で日向ちゃんは突飛な行動をするんだろうな。そんな思いを、園の先生みんなが思っていた。
とはいえ、日向ちゃんは責められないし、フウマを邪険に扱うようなことは園長先生含めて誰もしない。
理由は、フウマの力が強いからとかではない。
フウマは、この幼稚園の恩人ならぬ恩馬だからだ。
海外からも探索者が入って来るようになり、一時期治安が悪化した。この地域にも探索者崩れが流れて来て、強盗などの犯罪に手を染めていたのだ。
犯罪者は警察に追われて、人質を取ろうとこの幼稚園に侵入した。
子供達を園の中に退避させようとしたけれど、とても間に合わない。
このままじゃ、子供達が犠牲になる。
そう絶望した瞬間に、空からフウマが落下して来て、犯罪者を押し潰したのだ。
犯罪者もギリギリ生きており、スプラッターな映像を園児に見せずに済んでホッとした。じゃなくて、これで犯罪者は捕まった。
この出来事以来、フウマはこの幼稚園のヒーローになっている。
保護者の皆様からの人気も凄まじく、この幼稚園に通わせたら馬が守ってくれるから安心という噂まで流れる始末である。
それだけではない。これを機に、日本中の探索者崩れの犯罪者の大半が捕まった。何でも、意識を失った状態で、警察署の前に転がっていたらしい。
誰がやったのかは不明だけれど、治安は劇的に改善したから良かった。
「じゃあ、幼稚園が終わるまで待っててね」
「ブル」
フウマを外に出すと、トコトコと歩いてどこかに行ってしまう。その後ろ姿が彼に似ていて、どうしても寂しい気持ちになる。
「……まだ帰って来ないのかな?」
思わず呟いてしまい、周囲を見る。
誰もいないのを確認して、ホッと安堵する。
こんなの聞かれていたら、きっと話のネタにされて揶揄われてしまう。
急いで園に戻り、私は仕事に戻った。
幼稚園も終了の時間が訪れ、続々とお迎えがやって来る。
送迎バスで帰る子達は、元気良く乗り込んで行く。
これで、今日の業務も終わり。
あと数人残っているけれど、それももう少ししたらお迎えがやって来るだろう。
「ママおそいな〜」
そう呟くのは瑠衣ちゃんだ。
側には武光くんもおり、じっと待っている。
日向ちゃんも残っているけれど、何だかいつもと違ってソワソワしているように見えた。
いつもより遅いお迎えに心配しているのだろうか?
「日向ちゃんどうしたの?」
「ん? うん、なんか、なんか……わかんない」
もしかして不安なのだろうか?
それにしては、楽しみにしているようにも見える。
突飛な行動を取られても困るので、日向ちゃんを落ち着かせようと抱っこする。
ママ遅いね、と呟きながら待っていると、道の先から懐かしい気配を感じた。
誰だろうかと目を細めると、それは細身の男性だった。
園児のご両親の顔は何となく覚えているのだが、その中に彼の顔は無い。
なら親戚だろうか?
そんな疑問を浮かべていると、腕の中の日向ちゃんが彼を呼ぶ。
「オヤジー‼︎」
おかしいな、日向ちゃんは父親のことをパパと呼ぶ。
決してオヤジなどとは呼ばない。
じゃあ、誰だろうか?
なんて考えるより前に、私は彼が誰なのか分かった。
ジタバタし始めた日向ちゃんを下ろすと、駆け出して彼の足にしがみ付いた。
彼はそっと頭を撫でると、日向ちゃんを抱き上げる。
それから私に近付いて来て、困った顔をする。
「えっと、久しぶり。……俺のこと分かる?」
何を言っているのだろうか、この人は。
こんなにも待ち望んでいたというのに。
「うん、それにしても遅かったね」
彼は頬を掻きながら、気まずそうにする。
「まあ、痩せるのに時間が掛かったからな」
それは嘘だな。鼻の穴が少しだけ大きくなっているのを見て、そう直感した。
でも、いろいろと頑張ってくれた彼に、そんなこと言うのは気が引けた。
「私との約束守ってくれたんだ。じゃあ、仕方ないね」
「おう、俺は約束を守る男だからな」
それよりも早く帰って来て欲しかったのが本音だけれど、彼の顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んでしまった。
「ハルト君」
「えっと、その……」
何か言いたそうな彼の言葉を遮って、私は告げる。
「おかえり」
私の言葉にキョトンとした彼は、優しい笑みを浮かべて発する。
「おう、今帰った」
とても彼らしい返事だった。




