幕間43(狂いはじめる天使)
英雄ヒナタの死。
ユグドラシルより知らされたのは、一部の者だけだった。
『……ヒナタが、死んだ?』
現実味の無い言葉を呟き、ミューレは呆然と立ち尽くして受け入れられないでいた。
『辛いが、事実じゃ。ヒナタはその身を捧げて、ハルトを救った』
『……』
ユグドラシルより告げられているというのに、反応出来なかった。
この場には、ミューレの他にもオリエルタやアミニク、ヒナタと親交の深かった者が集められており、誰もが呆然としていた。
そんな中で、妖精族の族長であるオベロンが発言する。
『ユグドラシル様、ヒナタを復活させることは出来ないのですか? 蘇生魔法を使えば、まだ助かるのではないのですか?』
『無理じゃ、肉体全てをハルトの一部に作り変えておる。それでは、復活させることは出来ん。それに、魂の行き先も分かってはおらん』
『そう、ですか……』
オベロンはそれ以上何も言えなかった。
ユグドラシルは話さないが、ヒナタを生き返らせる方法は存在する。
しかしそれは、田中ハルトの死と引き換えだ。それに、ヒナタの魂も確保しないといけない。
とてもではないが、探し出せるものではなかった。
そもそも、田中ハルトを殺させるつもりもない。
ヒナタが命を賭して救ったのだ。
どうして、危害を加えるような真似が出来ようか。
だが、大切な存在を失い続けた者は違う。
敬愛する姉を失い、愛する夫とは離れ、大切な娘は道を誤ってしまった。
そして、英雄と呼ばれた甥まで失った。
ミューレの忠誠は、どこまでもユグドラシルに向けられている。これは、その為だけに生きていけるほどに強い忠誠だ。
しかし、そんなミューレでも失い続ければ狂い始めてしまう。
姉の死をきっかけに同族に不信感を抱き、一人で戦い続けて来た。
それは孤独な戦いだった。
オベロンのような存在もいたが、心を開くまでは行かなかった。
唯一、同族の中で心を開いたのがヒナタだったのだ。
『……私のせいだ』
ミューレは己を責める。
娘に、真なる英雄である田中の出現を早める為に、いろいろと行動させていた。
その結果として、地上と都ユグドラシルを繋げてしまい、恐ろしい存在を出現させてしまった。
責任を取らなくては……。
責任を取って、ヒナタを生き返らせなければ……。
ミューレは、ユグドラシルの蘇生魔法の範囲を知っている。
姉のキューレが亡くなり、復活させようと掛け合った時に説明を受けていたのだ。
ヒナタの魂を探し出し、田中ハルトからヒナタの肉体を引き摺り出す。そして、ハルトの魂を代償にヒナタを復活させる。
それは本来なら不可能な行いだった。
田中ハルトに勝てないのもそうだが、離れたヒナタの魂を探し出すなど、到底不可能だったからだ。
それは、ユグドラシルでも同じで、魂の行き着く場所など知る術が無いのだ。
しかし、それでも、諦めるわけにはいかなかった。
神殿をあとにするミューレ。
どれだけの時間が掛かっても探し出す。
永遠の時が流れても、必ず成し遂げる。
転移魔法を使い、ミューレは姿を消した。
それから暫くして、マヒトよりヒナタの転生体が見つかったと報告を受ける。