フウマ⑦
4月25日2巻発売!
活動報告に表紙を載せております。
表に主人公はいません。
八咫烏からなんか危ないかも、と知らせを受けたその日の夜。
フウマは「ヒヒーン!」とテンション高めに嗎声いて夜空を駆け抜ける。
『えらく上機嫌だのう、何か良いことでもあったのか?』
「ヒヒン!」
『もう直ぐじゅじゅつしに会えるって? じゅじゅつしってなんぞ?』
残念ながらミミ子は呪◯師を知らないらしい。
呪いというのは確かに存在しているが、そんな物をわざわざ使う必要がないのだ。直接やった方が手っ取り早いし、呪いを返された時のリスクが大き過ぎて、妖怪の中では廃れた技術でもある。
「ブル?」呪◯師を知らんのか? と驚くフウマは、ミミ子に説明を開始した。
『ぬ〜……そうか、そのような戦いが日夜繰り返されていたのか……。人とは恐ろしいの!』
おかげで怖がらせてしまった。
特級◯霊の件で、そんなにやべーのがいるんかいとなり、五◯先生の登場でもっとやべーのがいるやんとなったのだ。
そんな勘違いさせた会話をしつつ、北の地にたどり着いた。
そこで待っていたのは、これまでよりも多い妖怪達だった。
『おお! フウマ様が来られたぞ!』『ミミ子様もご一緒じゃあ!』「おーい、こっち来ーい!」『こんなんちっさーのに、すごかだなぁ』『ミミ子はまだ三尾かや?』『ふたんともちっこいのう!』
集まっていた妖怪達は宴を開いており、フウマとミミ子を認めると、親しげに近寄って来た。
一昨日までは畏怖の感情を抱いていたというのに、えらい変わりようである。
因みに、こっち来いと呼んだのは朱鬼である。残念ながら、周囲の声にかき消されて聞こえなかったが、一番元気に呼んでいたのは間違いなかった。
『なんじゃお主らは、この前までフウマにビビっておったであろうに』
『な〜に、フウマ様は恐ろしい力持ってんけども、そりゃばワイらの頭が強いってこった。なんれま、ここが平和になるっちゅうこっじゃろ? なんら、恐れる必要なんて無いって気が付いたんだよ』
と雪童が、藁の間から可愛らしい顔を覗かせて教えてくれた。
『じゃあ、この宴は?』
『フウマ様を迎える為に、皆さ集まって騒いでたんだよぉ〜』
雪童の大きめの口が弧を描いて笑い、とても可愛らしかった。
「ブルル」
『ちょ⁉︎ これフウマ! まだ話は終わってはおらぬぞ!』
歩き出したフウマは、ミミ子の言葉を知らんふりをして宴に参加する。
昨日の夜も似たような催しがあったが、こっちは幾分質素で物足りない。それでもフウマとしては、こういう場の方が合っているなと思っていたりする。
ミミ子も諦めたのか、宴に参加してどんちゃん騒ぎに興じる。
飲み、食い、お腹が満たされて、平和で良かったと心も満たされて行く。
このひと時は、いずれ奈落に行くであろうフウマにとっても、最高の思い出の一つになった。
そんな楽しい思い出の中で、八咫烏に言われたことを思い出して、ミミ子に尋ねてみる。
『なぬ? ぬらりひょんが良からぬことを企んでいるとな?』
どうやら、ミミ子には伝えていなかったようだ。
そこら辺のところを尋ねると、『そもそも、ここ数日会ってはおらん』という。
噂の八咫烏だが、同族の妖はそれなりにいる。
この北の地にも百羽近く生息しており、かなりのコミュニティを形成していた。
そんな八咫烏には、ある特殊能力が備わっている。
それは遠くに居る同族に、情報を伝えるというものだった。
千里眼とまでは呼べないが、それなりに遠くを見渡せる目と、この特殊能力により、情報を得るのが最も得意な妖怪として知られていた。
おかげで、力尽くで従わせようとする妖が現れて、度々襲われていた。
とはいえ、やられっぱなしの八咫烏でもなく、しっかり反撃をして、逃げ切るだけの能力も備えているのだ。
そんな八咫烏が一斉に叫び出す。
『たいへんだ! たいへんだ! たいへんだーーーっ⁉︎⁉︎』
『なっ、一体何事じゃ⁉︎』
空に上がり、叫ぶ八咫烏達。
それに皆が驚くが、フウマだけは、「ブルル!」キタコレ! とテンションを上げていた。
◯
ぬらりひょんは、判断を誤ったとは思ってはいない。
目の前で部下が飲み込まれてしまっても、これは必要な犠牲だったのだと割り切れるだけの決断をした。
この世界の為に、この国を犠牲にする。
その中には、己の部下も勘定に入っており、己の命さえも計算されていた。
だが、一つだけ想定外の出来事が起こっていた。
「まさか、正気を失っているのか⁉︎」
封印を解き、復活させたダイダラボッチに知性が宿っていなかったのだ。
これが一時的ならばまだいい、この樹海が更地になるだけですむのだから。しかし、もしも完全に意識という物を消失していたら……。
「……まずいぞ、このままでは全てが滅ぶ⁉︎」
ぬらりひょんが呟くと同時に、部下達を飲み込んだ泥のような物が広がって行く。それは触れた物を全て溶かしてしまう、ダイダラボッチの肉体だった物。
本来のダイダラボッチの姿は、体長一キロを越える巨体だ。ただ、その姿で日常を過ごすのは難しい上に、エネルギーも消費するので、体を人サイズまで縮めて生活していた。
しかし今は、その肉体を維持する栄養を取り込もうと、本能のままに全てを取り込んでいた。
「ダイダラボッチ! 私の声が聞こえるか⁉︎ っ⁉︎ くっ⁉︎」
ぬらりひょんは呼び掛けるが、返って来たのは津波のような泥だった。
腰に携えた刀を引き抜く。
煌いた刃は泥を裂き押し返す。
しかし、それだけではこの物量をどうにかすることは出来ない。
泥は更に勢いを増して、ぬらりひょんに迫る。
「くっ、無駄足であったか!」
ぬらりひょんは空間を渡る妖術を使い、樹海の入り口まで移動する。
大天狗を含めた護衛を失い、一人になってしまった。
しかも、この国どころか世界の危機にまで発展しそうな勢いで、ダイダラボッチの肉体は拡大していた。
「……こうなってはやむを得ん。奴を誘導して、ダイダラボッチにぶつけるしかっ⁉︎」
考えをまとめていると、突然体が動かなくなる。
何かに拘束されている。それは分かるのだが、これが何なのか理解出来ていない。
ただ、上に大きな気配を感じて目だけを動かすと、そこには巨大な泥の塊があった。
泥の中から大きな目玉が二つ現れる。
目玉はどちらも赤くて、まるで血溜まりのように見えた。
それを見て、ようやく理解する。
ダイダラボッチの金縛りの術に捕まり、動けなくなってしまっているのだと。
(ここまでか……)
部下を失い、世界を危機に追いやるような行為をしてしまった。後悔しても仕切れないほどの思いが、ぬらりひょんの胸に宿る。
これまでの行動は無駄だった。
世界を救うつもりだった。
今も、あの男が危険だという認識に変わりはなく、どうにかしなければならないと考えている。
だから間違っていないのだ。
そう言い訳をしながら、誰か世界を救ってくれと願いながら、そっと目を閉じた。
一陣の風が吹く。
その風は勢いを増していき、全てを吹き飛ばすかのように吹き荒れた。
閉じていた目を開き、ぬらりひょんはその光景を見る。
巨大な泥の塊であるダイダラボッチが、樹海に向かって吹き飛ばされてしまった。
とても信じられないような光景。
それを成したであろう、空に浮かぶ存在。
その姿に、希望を見出してしまった。