おまけ話②(フウマ)
1巻重版決定!
ありがとうございます! ありがとうございます!
これも皆様のおかげでございます!
重版に伴い、サイン入り色紙プレゼントキャンペーンを行っております! 詳細は活動報告に載せていますので、確認していただけると幸いです。
※この話しはネオユートピア編の前、フウマが酒呑童子を倒した後の話です。
四畳しかない狭い和室に、男が座っていた。
灯篭の灯りが、ぼんやりと室内を照らしており、異様な雰囲気の二人を浮かび上がらせていた。
一人は神主が着用するような衣装を身に付けており、もう片方は、着物を着たやや頭部の大きな老人だった。
「して、酒呑童子がどうなったのか、不明だというのだな?」
「そうだ。あの悪鬼がやられたとは思えんが、姿を消したのは間違いなかろう。荒れるぞ、北の地が」
「貴様の力でどうにかならないのか?」
「無茶を言うな、儂が治めるのはこの東の地だけだ。それ以上の侵略は危険だ。そも、酒呑童子が戻って来れば、争いになるぞ」
神主の男に向かって、頭の大きな男は苦言を呈する。
「大妖ぬらりひょんの力を持ってしても、酒呑童子を押さえられないのか?」
頭の大きな男ぬらりひょんは、下らない事を言う男を目を細めて見る。
大きく質が下がっている。
ぬらりひょんの前に座る男は、この国の将軍を守る役目を任された御庭番の者の子孫だ。
昔は、ぬらりひょんとも戦い、この国の治安を守ろうとしていた者達。
陰陽師にして、この国を守る最後の砦と呼べる存在だった。
その姿に敵ながらあっぱれ! と、感心していたものだ。
それが今は、守るべき将軍家を失い、代わりに国の実権を握りながらも戦争に負け、戦勝国に従い政を行っていたら、天津平次により大量に粛清された。
かつての御庭番としての面影はどこにもなく、目の前にいるのは、ただの惨めな抜け殻だった。
この男も、今代の御庭番の頭領ではあるが、はっきり言って物足りない。妖狐の下にも、同様の者が保護されているようだが、それもそう大差ないだろう。
「力の問題ではない、土地の問題だ。儂がここを離れ北の地に移れば、今度はこの地が荒れるぞ」
たとえ妖怪の王と呼ばれようとも、治められる地には限りがある。
力の弱い妖怪には知性が乏しく、上位の者がいなくなった途端に暴れ出す。動物を襲い、人を襲い、世に妖怪という存在が知られてしまうだろう。
ぬらりひょんとしては、それでも構わないのだが、西の九尾や南の鵺は隠しておきたいようだった。
「それは困るな。北には配下の者を向かわせよう。状況が分かり次第、また連絡する」
「それで良かろう。……なあ、貴様らは気付いておるのか?」
「……何の事だ?」
「いや、分かっておらんのなら、それでいい」
訝しんだ顔をした男は、ぬらりひょんを見ると何も言わずに出て行った。
足音が聞こえなくなり、人の気配が無くなるとぬらりひょんは人差し指を立てる。
その動作が合図だったかのように、旋風が巻き起こる。すると目の前には、ぬらりひょんの三倍はありそうな大きな天狗が姿を現した。
「ここに」
大きな天狗はそう一言発すると、ぬらりひょんに頭を下げた。
「大天狗、北の地に向かい、何者が酒呑童子を討伐したのか確認してまいれ。決して近づくな、良いな」
「はっ」
それだけ言うと、大天狗は姿を消した。
今の大天狗はぬらりひょんの配下の中でも、五指に入るほどに強い。しかし、酒呑童子と比べると数段劣る妖怪だ。
近付くなと言っているが、見つかる可能性も十分にある。その対応が出来るだけの能力を大天狗は持っているが、どうなるかは結果を見なければ分からないだろう。
「……少し覗いてみるか」
ぬらりひょんは、それだけを呟くと溶けるように姿を消した。
向かった先は、突如現れた巨大な力の持ち主がいる土地。九尾の土地ではあるが、少しの間ならば大丈夫だろう。
ーーー
人々が寝静まった真夜中、この時間は怪異が動き出す時刻である。
妖狐のミミ子は山を下りて、ある家を目指す。
その家は、遠目から見ても神聖な光で輝いており、今も多くのこの世でない者達を導き、そして焼いて行く。
清浄な者は輪廻の輪に戻り、悪しき者は消えて行く。
何とも神聖で悍ましい光景。
本来なら、ミミ子も絶対に近付きたくないのだが、己の命よりも優先させるべき事柄があった。
ミミ子は狐の姿のまま、コーン、コーン、と甲高い声で鳴く。近所迷惑だが、野生の小動物の鳴き声なんていちいち気にする人はいない。
鳴き声に反応して、リビングの扉が開く。
そこから、ミミ子より一回り大きな太った馬が顔を出した。
『フウマー! 行くぞー!』
太った馬であるフウマに向かって、小声で思念を送る。
するとフウマは、
「ブルル」
嫌だと頭を振った。
なっ⁉︎ と驚いたミミ子は、足早にフウマに近付き、首元のスカーフを噛みながら、引き摺り出そうと強く引っ張っる。
『嫌だじゃない! 行くのだ! フウマが行かなかったら、北の地が荒れてしまう! というか、昨日までノリノリだったであろう!』
するとフウマは、ミミ子の訴えが届いたのか、渋々外に出て来る。
フウマは既に二度、北の地を訪れている。
その時にやったのは、力自慢の妖怪達を捩じ伏せるくらいで、特別な事は何もやっていない。
いわゆる顔見せ程度の物だ。
またこれをやるのかと、人型に変身したミミ子を背に乗せると、フウマは空高く舞い上がった。
下から「誰にも迷惑かけんなよ〜」と見送りの声が聞こえて来る。
その声に対して、誰がするかと「ヒヒーン⁉︎」夜空に向かって嗎声いた。
飛行機が通過するほどの上空、そこから目的地に向かい一気に加速する。
背中にいるミミ子に負担がないよう、風を纏うのも忘れない。
出発して三分、あっという間に北の地に到着した。
『凄いのう! 凄いのう! 飛行機よりも速いんじゃないかのお⁉︎』
「ブルル」
飛行機に乗った事のないミミ子は、フウマの背中に乗るたびに、毎度興奮する。
初めて乗った時は、かなり怯えていたが、二回目からは目をキラキラさせて景色を楽しんでいた。
そんなフウマとミミ子が降り立ったのは、大きな山の山頂。
今の季節は夏だが、山の夜はとても寒く感じる。
しかし、フウマ達に向けられる視線はどれも熱くて仕方ない物だった。
周囲を見渡すと、そこには多くの妖怪達がおり、フウマに熱い視線を送っていた。
憧れ、尊敬、畏怖、嫉妬、様々な感情が混じった視線に「メ〜」と泣く。
注目されるのは嫌いではない。
でも、こんなゲテモノ揃いの妖怪達にではない。
中には、格好良いや可愛いが混じっているが、それはあくまで少数派だ。
大抵の場合、体の一部が肥大化していたり、欠損した部分から変な物が出ていたり、頭と尻が反対になっていたり、毛むくじゃらだったりと、呪◯のアニメで出て来るような魅力的な妖怪は数えられる程度だった。
こんなの詐欺じゃん。
勝手に期待しただけだが、酒呑童子というとても格好良い妖怪を目にしては、期待せざるを得ないだろう。
がっかりしているフウマだが、ミミ子は前に出て皆の注目を集める。
『これより、新たに北の地を支配するフウマを紹介する! フウマ前に』
呼ばれたフウマは、思わず前に出る。
出たくはなかったが、目立てると思うと、体が勝手に動いてしまった。
『汝らの中には、納得いっていない者も居るだろう。じゃが! このフウマこそが、酒呑童子を討ち取った猛者である! 挑戦したい者は前に出よ! 我こそは北の地の支配者に相応しいと思う者は前に出よ! フウマは逃げも隠れもせん! 納得行くまで挑むが良い!』
「ブルル⁉︎」
なに勝手な事言ってんの⁉︎
昨日まで散々しばき倒してきたじゃん! まだやらせんの⁉︎
ミミ子の宣言に戦々恐々とするフウマ。
更に嗎声くと同時に、魔法を発動する。
空気の層を幾重にも重ねて、奇襲をかけて来た者達を包み込む。
「くっ⁉︎」
『うっ⁉︎ 動けぬ⁉︎』
それは二体の鬼だった。
『むっ⁉︎ まだ分からぬのか! 朱鬼、蒼鬼、汝ではフウマに触れる事すら出来ん』
朱鬼と呼ばれたのは、赤みがかった肌の女の鬼。
蒼鬼と呼ばれたのは、青白い肌の女の鬼。
どちらも、酒呑童子の子である。
子と言っても、本当の親子ではない。
昔々に、捨てられた子供を拾い眷属にしたのが、この鬼達だ。
酒呑童子がそうしたのは、優しさからではない。
ただの暇つぶしだ。
挑んで来る武士の数が減り、敵対する妖怪も居なくなり、暇を持て余していた所に、幼い子供を眷属にしただけだ。
憎しみから生まれた酒呑童子は、人に愛情を持てるようにはなっていなかった。
「おのれ! 父の仇!」
『勝負しろ! 卑怯者め!』
「ブルル……」
憎しみをぶつけられて、若干へこむフウマ。
日頃は、召喚主である田中から向けられたりはするが、それはもう慣れたので平気だ。でも、まったく知らない者から向けられると、繊細な心が傷付いてしまう。
『おい、フウマが落ち込んでおるだろうが! 言葉には気をつけい!』
「ヒヒーン」
やめて、そう懇願するように泣いた。
ミミ子は腰に手を当てて、二体の鬼を見上げながら現実を突き付ける。
『いい加減にしろ。汝らがどれほど反発しようとも、この現実は変わらん。酒呑童子でも、手も足も出なかったのだぞ。その程度の力では、フウマに傷ひとつ付けられん。認めぬというのなら、この地から去れ! でなければ、待っているのは消滅だけぞ!』
「くっ⁉︎」
『ならば殺せ! 我らは貴様には従わん!』
「ほっ⁉︎」
蒼鬼の覚悟の思念に、朱鬼はマジかよと焦った顔をする。
『……ならば仕方あるまい、これもこの地の平定の為。……フウマ、せめてこの者らで最後にしよう。皆の前で、見せしめに始末するのだ!』
「メッ⁉︎」
何言ってんの⁉︎ そんな事するわけないじゃん!
いきなり、何を言い出すんだこの狐っ娘は⁉︎
の意味で、短く鳴いた。
とはいえ、このまま襲われても敵わないので、フウマは最適な選択をする。
ここにいる妖怪達を黙らせるのに、命を奪う必要はない。ただ単に、力の差を見せてやれば良いのだ。
「ヒヒーン!!」
リミットブレイクを使用して、力を解放する。
フウマは黄金を纏い、空に上がる。
そこで軍馬へと姿を変え、大気を支配下におき、幾つもの竜巻を作り出す。雷が発生し、妖怪達を威嚇する。
黄金の姿に、誰もが見惚れてしまう。
強大な力に、誰もが怯えてしまう。
妖怪達は膝を突き、フウマに向かって祈りを捧げる。
このお方こそが、この地の支配者だと誰もが認めて、受け入れてしまう。
それは朱鬼や蒼鬼も同じで、圧倒されて膝を突いていた。
『よもや、ここまでとは……』
フウマの力を見て、ミミ子は絶句する。
酒呑童子をも圧倒する力を見て、途轍もない力を持っているのは分かっていた。それでも、天変地異を起こせる程とは思っていなかった。
『やはり、フウマは凄いのう!』
だからこそ歓喜した。
これで、無用な犠牲を出さずにこの地を平和に出来る。これだけ強ければ、他から攻められる心配もない。
圧倒的な力の下で、この地の平和は約束されたのだ。
そう誰もが確信している中で、一体の妖怪が落下して来る。
ドウッと落ちた妖怪は大きな天狗で、竜巻に巻き込まれたのかボロボロになっていた。
『むっ、こやつは大天狗か? ぬらりひょんの配下だったはずだが、どうしてここに?』
気を失った大天狗を見て、ミミ子は何か嫌な予感がした。
ーーー
雨の中を着物姿の老人が、傘をさして歩いていた。
季節が梅雨というのもあり、じめっとした湿度が不快に感じてしまう。
そんな中を、片手に烏を持ったぬらりひょんは何でもないように進んで行く。
「それで、その者は人なのだな?」
『……そうだ』
ぬらりひょんの質問に答えたのは、捕まった八咫烏だった。
この地を訪れた時、ぬらりひょんは近付くのを止めようかと思案した。
突然現れた神のような存在。
それを見にこの地を訪れたのだが、遠目からでも分かる力の大きさに、足が止まったのだ。
そこに八咫烏が通り掛かり、事情を聞く為に捕獲した。
『何をするつもりだ? あの男は安定している。下手に刺激すれば滅ぼされるぞ』
「何もせん、ただ見に行くだけだ。どのような者か、確認するだけだ」
どうにかする為にな。
ぬらりひょんは、胸中で呟く。
見に行こうと決意したのは、八咫烏からその存在が人間の男だと聞いたからだ。
どのようにして、人がこれほどの力を得たのか疑問に思うが、今はそれはいい。
ただ、人が相手ならば、力の有無関係なくやり込める自信があった。
ぬらりひょんは大妖怪であるが、最も得意としている行為は、他者の信頼を得るというものだ。
人当たりの良い老人。
それが、笑みを浮かべて近付き、わずかな会話でその心を掴む。さすれば、ぬらりひょんの望むままに動く人形に早替わりだ。
だからこそ、勝算は十分にあると考えていた。
『やめておけ、あれはお前の思っているような者ではない』
「それを判断するのは儂だ」
解放した八咫烏が何か言っているが、木端の妖怪の言葉など聞く気は無い。
雨は、一段と勢いを増して降り続ける。
真っ直ぐの一本道。
一方通行の狭い道の先に、ビニール傘をさした太った男の姿が見えた。
奴だ。
強い光に見えていたのは、この男の力が強大過ぎるから。
それを除けば、どこにでもいる普通の人だ。
だから、恐る事はない。
そう信じて、ぬらりひょんは一歩一歩進んで行き、ある所から前に進めなくなった。
太った男と目が合う。
ぬらりひょんは姿を隠すように傘を前に出し、それでも駄目だと察して傘を手放す。
傘が落下するのに合わせて、その身を消して行き、この場から離脱した。
「はあ! はあ! はあ! 何だあれは⁉︎ どうして人の形を保っていられる⁉︎」
遠く離れた路地裏で、ぬらりひょんは絶叫する。
目が合った瞬間に悟った。
あれは人ではない。
妖怪でもない。
この世界の神と呼ばれる存在からも逸脱している。
ぬらりひょんの言葉で、その心は動かせない。
ぬらりひょんの太刀では、傷ひとつ負わせる事は出来ない。
あれは理不尽の塊だった。
「何故、あんな者が存在している……」
雨に打たれながら、ぬらりひょんは顔を歪める。
その雨が、突然何かに遮られた。
「大丈夫っすか? 気分悪い感じっすか?」
頭を動かして、声のした方を見る。
そこには太った男がおり、ぬらりひょんが落とした傘を持ち、差し出していた。
「……いや、大丈夫だ」
太った男から傘を受け取り、呆然とその顔を見る。
どこにでもいそうな男だ。やや抜けた印象を抱くが、悪意はなく好印象を受けなくもない。
「なら良かった。傘置いて行ってしまうから、焦りましたよー。じゃあ、気を付けて帰って下さいね」
老人を心配する太った青年。
側から見れば、そう見えただろう。
雨が降りしきる中で、太った男の姿が見えなくなっても、そこから動く事が出来なかった。
ぬらりひょんの体は、恐怖で震えていた。
ーーー
なんか変な爺さんがいた。
買い物に行こうと雨の中を歩いていたら、ガン見して来る老人がいて、何だよと見ていると傘を捨てて逃げ出したのだ。
これってまさか、俺が危険人物に見られてる⁉︎
いやいや、まさかそんな……違うよね?
……老人だったから、もしかしたら痴呆的な何かが始まっていて、俺を誰かと勘違いしたのかも知れないな。
うん、きっとそうだ。
そうに決まっている。
俺がヤベー奴に見えたなんて事は、絶対に無いはずだ!
あっ、傘落としてるや、持って行ってあげよう。
俺は傘を拾うと、風を操って雨を吹き飛ばし、上空に上がった。それから、空間把握の範囲にいる老人に向かって急降下。
音もなく着地すると、爺さんは胸を押さえて苦しそうにしていた。
大丈夫かな?
結構な距離、走ったみたいだから疲れたのかな?
治癒魔法で治してあげようかな?
とりあえず、大丈夫かどうか声を掛けてみよう。
大丈夫っすか?
え? ああ大丈夫。
傘拾ったんで、どうぞ。
じゃあ、俺はこれで。
……大丈夫だ。あの爺さんは俺に怯えてなんかいない。
体が小刻みに震えていたけど、これはきっと雨に打たれて寒かったからに違いない。
うん、きっとそうだ。
そうに決まっている。
俺は、目から流れる汗を拭って、買い物に向かった。
それでは、良いお年を!
また来年もよろしくお願いします。