ネオユートピア その後⑥
この章の本編はこれで終わりとなります。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
目が覚めてから次の日、カフェで千里とお茶をしていた。
フウマを置いて行こうとしたのだが、何故か着いて来てしまい、今は店の外からこっちをガン見している。
「ね、ねえ、あの子大丈夫なの? ガラスに思いっきり顔張り付けているけど……」
「大丈夫だって、寧ろ無視くらいが丁度いいから」
一度でも構うと、どこまでもつけ上がるからな、あいつ。
ズズッとフラペチーノを飲み干して、ふうと一息つく。
暑い日は、冷たい物が一段と美味しく感じる。
「フラペチーノ好きなんだね」
「好きじゃないよ。甘くて口に残って、どっちかというと苦手だ」
「そうなんだ。じゃあ、何で飲んでるの?」
「思い出の飲み物だからかな……」
「ふーん、ロマンチストなんだ」
「おう、かっこいいだろ」
「あはは、かっこいいかっこいい」
なんて適当な会話をしつつ、千里との時間を楽しむ。
きっとフウマはこの中に混ざりたいのだろうが、残念ながらこのカフェはペット厳禁だ。
お前はそこで見てろ。
「それにしても、大変な事になったね。ハルト君は、これからどうするの?」
大変な事というのは、世界が終わる事についてだろう。
あの一件以降、ギルドとミンスール教には多くの人が集まっているらしい。
前者は力を求めて、後者は救いを求めて。
どっちも、助かるための手段を欲しており、みんなどうにかしようと足掻いているのだ。
「俺は、もう少ししたらダンジョンに行こうと思う。千里は、もう潜らないんだよな?」
「そのつもりだったんだけど、親が行って来なさいって言うのよ。これから、危険な世界になるだろうからって」
そりゃ仕方ないけど、どうなのよーって感じなのよね。と千里は愚痴を言っていた。
「じゃあ、美桜達と潜るのか?」
「うん、そのつもり。大学からも、非公式だけど推奨しているらしいから」
非公式で推奨ってなんだろう。
行っても良いけど、責任は負いませんって感じかな。
何だか狡いよなぁ、なんてどうでもいい事を考えてみる。
そんな風にのんびりとしていると、千里が気不味そうにしながら口を開く。
「……あのさ、何かあったの?」
どうしてだろうな。
「……何かって?」
「だって、ずっと元気が無いじゃない」
「……」
そんな事はない。
そう言いたかったけど、何故か言い返せなかった。
どうしてだろうなぁ、そう考えて、もしかしたら話を聞いて欲しかったのかも知れないと思い至る。
「……場所変えても良いか? 長くなるかも知れないけど、話を聞いて欲しいんだ」
もしかしたら、懇願するような顔だったのかも知れない。
千里は俺を心配するような目をして、頷いてくれた。
公園に移動してベンチに座る。
季節は夏だが、何故か今日は涼しくて過ごしやすい。と思ったら足元にフウマがいて、常春のスカーフの効果のおかげだった。
「いいなぁ、このスカーフ」
「ブルッ⁉︎」
涼しい理由を説明すると、千里はフウマのスカーフを欲しがっていた。
ここまで暑いと、誰だってこの便利アイテムが欲しくなるだろう。俺だって、いつか奪い取ろうと画策しているくらいだ。というより、そのスカーフは元々俺の物だ。
「それで、話って?」
「うん、俺の子供についての話なんだ……」
驚いたのか、息を呑む音が聞こえる。
それにも構わず、俺は話を始めた。
奈落での話、森での話、天使の子供を拾った話、首の長い大きなトカゲの話、森での生活の話、ナナシや二号との話、それから別れの話。
ここまで話をして、ふうと息を吐く。
「何か聞きたい事とかあるか?」
その問いに対して、千里は首を振って答える。
「ごめん、話が思ったより大き過ぎて、何を聞いたらいいのかわかんない」
「少し、時間を置こうか?」
「大丈夫、続けて」
千里に促されて、話を進める。
といっても、あとは世界樹の話と、この前のネオユートピアで起こっていた経緯の話しかない。
それでも、千里は真剣に聞いてくれた。
「その、ヒナタ君は、黒い龍と戦っていたんだ」
「ああ、あの黒龍は俺を狙っていた。前に俺が倒した奴だったから、その仕返しだと思う」
黒龍はしっかりと倒した。
ヒナタが止めを差してくれた。
でも、その後の乱入者の手で、俺は死んでしまった。
そんな、不甲斐ない俺を助ける為に、ヒナタは己の命を俺にくれた。
ここにこうして、千里と喋っていられるのも、ヒナタのおかげだ。
全て話し終えて、俺は空を仰ぎ見る。
かなりの時間を話していたのか、夕焼けが差していた。
この空は、余り好きじゃない。
あの時を思い出してしまうから。
「……ハルト君は、泣かないの?」
そんな俺を心配して、千里が声を掛けてくれる。
「……泣かない。だって泣いたら、ヒナタが不安に思うだろう」
「……意地っ張りだね」
寂しそうに微笑む千里。
俺はそれに、
「男ってのは、意地張ってないと、生きていけないからな……」
そう、鼻の奥がツンとしながら答えた。
ーーー
父ちゃんから赤ん坊が産まれたと聞いたのは、二日後の昼の事だった。
どうやら、産まれて五日間が過ぎているらしく、いつでもいいから顔を見せろという連絡だった。
おいおい、どうしてもっと早くに連絡しないんだよ、と尋ねると、
「……ハルト、お前今、大変な目に遭っているだろう? だから、落ち着くまで待ってたんだ」
そう言われてしまい、黙るしかないしかなかった。
知っているのか? そう聞きたかったけど、何だか怖くて言葉が出て来なかった。
まあ、それはそれとして、フウマに跨って空を行く。
一応、人目が無い所を探してやっているが、これもその内バレるだろう。と言っても、既に何人かにはバレているらしいので、気にしても仕方ない。
空の旅を終えて、実家の近くにある山に降り立つ。
少しばかり離れてはいるが、人目を気にしなくて良いのでちょうどいいのだ。
ただ地上に降りた瞬間に、近くにいた狐が驚いて飛び跳ねていたのは、なんかすまんって思った。
それから山を降りて実家に向かうのだが、家には誰も居なかった。
スマホを取り出して、父ちゃんを選択して発信。
「もしもし父ちゃん、今どこ? えっ病院? ああそっちか、分かった今から行くよ」
そうだよな、出産して五日ならまだ入院中か、今日で退院するくらいだよな。
という訳で、いつも母ちゃんを連れて行っていた病院に向かう。
途中で、ドラッグストアがあったので、とりあえず買えるだけのオムツを購入しておく。こういう時は、いくらでも入る収納空間は便利で助かる。
他の物は、ある程度揃っているだろうし、オムツなら兄ちゃんと姉ちゃんの所にも配れるから、あって困る物でもないだろう。
「そういや、弟か妹か聞くの忘れてたな……まっ、どっちでも良いか」
「ブルル」
そんなんで良いのかとフウマが言って来るが、どっちにしても俺の兄弟になるんだ。男の子だろうと女の子だろうと、どちらでも扱いは変わらない。
そう思いながら、のんびりとした足取りで病院に向かう。
しかし、途中でその足を止めてしまう。
別に誰かに絡まれたとかではなく、
「……ここにもダンジョンが出来てんのか」
立ち入り禁止処置が施された、ダンジョンを見て驚いてしまったのだ。
興味本位なのか、学生がダンジョンの中に入るか入らないかで、はしゃいで笑っている。
結局、ダンジョンから離れて帰って行ったが、いつか何かやらかしそうで怖い。
いつかは、ここにもギルドが出来るのだろう。
そして時が来たら、ここから凶悪なモンスターが溢れて来るんだろうな。
そんなダンジョンから視線を戻して、再び病院を目指して歩き出す。
熱い日差しが、容赦なく俺の肉を焼く。
アスファルトからの熱気も凄まじい物である。
そんな環境だからか、人通りが少なく、車が多く走っている。
ここまでの暑さともなると、命が危険だ。
なので、例の如くフウマを片手で抱える。すると、涼しい環境を一瞬で手に入れてしまった。
「ブル」
暑苦しいだろうがと非難の声を上げるフウマ。
だから、安心させる為に言っておこう。
「分かってるって、夏場に外に行く時だけだからよ」
「メッ⁉︎」
それ毎日じゃん⁉︎ と戦々恐々としていた。
病院が近くなると、ゆっくりとした足取りが段々と早くなってしまう。
こんな事なら、もっと早くに来れば良かったな。そう思いながら、必死に足を運んで行く。
フウマも自分の足で行きたいだろうが、一頭では病院に入れないので、俺の小脇で大人しくぬいぐるみのフリをしている。
分かっているんだ。
そう、フウマも分かっているんだ。
その証拠に動かなくても、鼻息が荒くなっている。
俺も病院が近くなると、我慢出来ずに走り出していた。
走る走る。本気が出せないのをもどかしく思いながら、一般的な速さで走り抜ける。
そして病院に到着すると、受付を済ませて病室に向かう。
「病室は……」と看護師さんが教えてくれるが、そんなの分かっているので最後まで聞かずに早足で向かう。
失礼な態度だが、今は、今だけは勘弁して欲しい。
エレベーターだと時間が掛かるので、階段を一気に駆け上がる。
ここは人目も無いので、風を纏って一気に行けるのが良い。
目的の階に到着して、感じる魔力に向けて焦りながらも歩いて行く。
俺の様子を見て心配したのか、途中で看護師さんから止められるが、「すいません」と短く断って目的の病室に到着した。
コンコンとノックして、「はい」と返事があり入室する。すると、そこには父ちゃんとベッドの上にいる母ちゃん。
「ハルト?」
「あ、ああ、その、その子が産まれた子?」
そして、母ちゃんの腕の中にいる赤ん坊。
病室の扉が閉まるのを確認して、フウマを下ろす。
すると、フウマは自身を浮かび上がらせて、赤ん坊の下に行ってしまった。
その様子を見ていた父ちゃんと母ちゃんは驚いていたが、それを気にする余裕が俺達には無かった。
「ちょっとハルト、この子浮いてるけど⁉︎」
「ごめん、今だけはごめん。その子って、母ちゃんが産んだんだよな?」
「そうだよ、何だか不思議なのよねー、この子あんまり泣かないのよ」
どうしてだろうねぇと、母ちゃんは赤ん坊に顔を向けている。
俺はそんな赤ん坊に近付いて行く。
今度はゆっくりと、衝撃を与えないようにゆっくりと慎重に。
「男の子? 女の子?」
「女の子だ。これでうちの男女比も半々になったな」
そう言う父ちゃんに「ああそうだな」と返して、赤ん坊に手を伸ばす。
抱かせて欲しい。
そう懇願するように手を伸ばすと、母ちゃんは快く俺に渡してくれた。
小さい、とても小さな命だ。
腕の中にいる小さな命を見て、あの頃を思い出してしまう。
「なあ、名前はなんて言うんだ?」
名前が決まってないのなら、俺が付けたかった。
拒否されるなら、頷くまで土下座でお願いする所存だ。
「それがね、これも不思議なんだけど、この子の名前も頭に浮かんで来たのよ……」
「そうなのか……それで、なんて名前?」
母ちゃんは一拍空けて教えてくれた。
「日向ちゃん、日に向かうって書いてヒナタよ。背中にもお日様みたいなアザがあって、ピッタリと思わない?」
ああ……。
赤ん坊が泣き始める。
俺の腕の中がゴツくて嫌だったのかも知れない。
飛ばされる魔力を霧散させて、泣き続ける赤ん坊を必死にあやす。
泣くのは赤ん坊の特権なので文句は無い。
ただ、うるさくてうるさくて仕方ない。
この泣き声が、赤ん坊だけの物だけではないと気付いたけれど、今は許して欲しい。
どうやら男の意地ってのは、そんな大した物でもないようだ。
今はただ、腕の中の温もりが愛おしかった。