ネオユートピア その後⑤
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起きたら、ベッドの上だった。
隣にはフウマも寝ており、俺が目覚めると同時に、フウマも目を覚ました。
「おはようございます」
「おはよう」
そう挨拶をする二号。
俺は挨拶を返して、トイレに直行する。
なんか知らんけど、膀胱が破裂しそうなくらい限界な状態だった。
ふぃ〜と安堵してトイレから出ると、水道で手を洗って病室に戻る。
二号は変わらずに椅子に座っており、俺の動きを追っている。
見た目は好好爺さん。あの日の面影があり、見るだけなら懐かしい気持ちになる。
だが、その身から感じる魔力は、やはり俺の知る物ではなかった。
そんな二号の前に座ると、俺は鋭く睨み付ける。
「んじゃあ、話せ」
「はい」
二号の話では、俺は十日間も眠っていたらしい。
どうして眠りこけていたのかというと、蘇生魔法を受けたから、ではない。
ヒナタの身から作られた心臓が馴染むのに、それだけの時間が掛かったのだという。
夢の中でのやり取りを思い出す。
あれがただの夢で、俺の妄想だったのならどんなに良かっただろう。
だけど現実は残酷で、あの夢は最後の別れになってしまった。
俺はそれを無表情で聞き、先を促す。
今回起こった災害の被害者数は判明していない。
ざっくりとした数は、三十万人から四十万人と算出されている。
これはあの日、助かった人数からの試算となっている。
当日、ネオユートピアにいた人数がはっきりとしておらず、仮に百万人と仮定した場合の数なのだそうだ。
勿論、人数を把握する装置は存在していたが、ネオユートピアの消滅と共に消えてしまった。
百万人以上の居住が可能なネオユートピア。
そんな場所がダンジョン化すれば、今回以上の被害者数になってもおかしくはなかった。
「それで、この世界はあと何年持つ?」
「短くて五十年、長ければ八十年といった所でしょうか」
短い。
聞いてた話では、ダンジョンが出来て三百年から六百年は掛かるらしいが、この世界での侵食状況は普通じゃない。
「ネオユートピアでの一件以来、世界中に二百箇所以上の迷宮が現れました。20階まで潜れる者も少なく、多くの犠牲者が出ています」
「ギルドとか、お前の所は何もしてないのか?」
「残念ながら、その余裕が無いと言った方がいいでしょう。力尽くで行くのなら、迷宮の管理も可能です。ですが、神託が広まっているにも関わらず、自己を優先する者達を救う必要もないでしょう」
「……」
二号のこの世界に対する評価は低い。
それも、人でない何かと混ざってしまった影響なのだろう。もう、何も期待していないと、その目は訴えていた。
それからの話は、俺に関しての物だった。
黒龍との戦いの映像が数多く再生されており、俺を特定する情報が多く出回ったそうだ。
その全ては、探索者協会と日本政府で対応して消したようだが、中には個人的に俺を調べてやって来る者もいるらしい。
まだ俺の所に来るのならいい。
だが、実家も特定しているようで、そっちに行っている輩も現れているとか。
「そちらの方は、私の信頼出来る者に頼んで対処しています」
そう言って、二号は安心させてくれる。
流石のフォローに感謝しようと思ったが、元々の元凶がこいつなのでやめておいた。
「あっちの世界との繋がりは消えているんだよな?」
「はい、ユグドラシル様が守護者に指示を出し、魔法陣を消滅させ、空間を修復して頂きました」
「……今、向こうはどうなってる?」
英雄であるヒナタがいなくなった。
都ユグドラシルを守る、最強の存在がいなくなったのだ。その混乱は相当な物になるだろう。
「今はまだ、情報を伏せているようです。可能なら、権兵衛さんには直ぐに来て欲しいでしょう」
「そう言って来てんのか?」
「そうではありません。ただ、ここにいても、何も出来ないのではないかと思っただけです」
確かにそうだろう。
だけど、決着を付けないといけない奴もいる。
「なあ、俺を襲った奴は誰だ?」
あいつは誰だ?
あの右腕には見覚えはあっても、あの男には会った覚えがない。忘れているだけだろうと言われたら、それまでだが、ヒナタを知っている様子だったので、何かしらあちらに関係があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「あの人は……権兵衛さん、以前、私の仲間が殺されたという話をしたのを覚えていますか?」
「ああ、確か仲間が裏切ったんだよな」
「はい、それが彼です。名は天津勘兵衛。天津平次の父になります」
「……は?」
あれがナナシの父親?
驚く俺を放置して、二号は言葉を続ける。
「勘兵衛さんは、魔人化しながらも、人の形を保ったまま生き続けていたようです。どのような経緯で、ヒナタや貴方を狙ったのかは分かりません。ただ、彼はもうヒナタの手によって葬られています」
「なあ、お前は奴を恨んでいなかったか? どうして、探し出して殺そうとしなかった?」
そうすれば、俺がやられる事もなく、ヒナタが俺の為に犠牲になる事もなかった。
どうしようもない憤りが、俺の中で生まれそうだった。
「……どう、なのでしょう。恨んでいる気持ちは今もあります。ですが、No.4と混ざり合い、彼の堕ちてしまった事情を知ると、恨み切れていない自分もいます」
「堕ちた事情?」
「はい、勘兵衛さんは……」
天津勘兵衛。
この男は、ダンジョンの探索が進む中で初めてレアスキルを得た人物だった。
そのスキルの効果は凄まじく、たった一人で30階までを踏破出来るほどの強さを誇っていた。
この人物に目を付けたのが、当時の政府である。
当時の探索者の中でも、間違いなく最強だった勘兵衛は、身内を人質に取られ、従うように強要された。
どんなに強くなったとしても、たった一人の人間が国を相手に反抗出来るはずもなく、従うしかなかった。
そんな勘兵衛に与えられた仕事は、無法者となった探索者の始末、政府の意向に従わない者の排除だった。
勘兵衛は上手くやっていた。
表では、普通の探索者として活動を行い、裏では多くの罪のない命を奪っていった。
父親として家族と向き合い、仕事として他人の命を奪う。
そんな二重の生活を続けて行く内に、勘兵衛は壊れ始めていた。
言われるがままに人を殺していき、やがて死体を処理するのが面倒だと、ダンジョンの中で殺すようになる。
知られていなかったダンジョン内での同族殺し。
人を殺すと襲って来る、抗えないほどの快楽。
己の力が増して行くのを感じて、自身の本来あるべき姿を幻視してしまった。
これにより、勘兵衛は完全に壊れ、狂ってしまう。
きっと、誰にも止められなかったのだろう。
唯一の救いは、勘兵衛が地上に出るのではなく、迷宮を選んだ事だ。
もしも、戦後の日本で個による武力が牙を向けば、きっと国は滅びただろうから。
「勘兵衛さんが狂うのは、仕方なかったのかも知れません。元は優しい人でした。優しかったが故に、どうしようもない人の汚い姿を見て、狂うしかなかった。それを知ると、私には、勘兵衛さんを恨み続けることは出来ませんでした」
そう語る二号の表情は、どこか安心したかのようだった。
俺は、二号がこれまでどう過ごして来たのか知らない。
勘兵衛という奴が、どんな奴だったのかも知らない。
どれほどの地獄を見て、苦労して来たのかも知らない。
だが、どんな事情があろうと、俺は止める気はない。
「俺は、勘兵衛を殺す」
それを聞いて、二号はキョトンとしていた。
「勘兵衛さんは、ヒナタにやられたのでは?」
「いや、生きている。奴には逃げられている」
そう言って俺は、心臓のある部分を掴む。
ヒナタがそう教えてくれる。
まだ奴は生きていて、何かをしようとしていると。
「復讐ですか?」
「違う、奴が危険だからだ」
二号がヒナタの死に対して、俺が殺そうとしていると思ったのだろう。
だけど違う。
ヒナタの死は、あいつのせいじゃない。
あいつなんかに、ヒナタは殺されない。
「奴の狙いは何か分かるか?」
俺の問いに、首を振って答える二号。だが、もしかしたらという話をしてくれた。
「ユグドラシル様を狙っているのかも知れません。勘兵衛さんに限らず、堕ちた存在は力を求めるようになります。言い方は悪いですが、ユグドラシル様は同格の存在からすると非力な存在です。狙われる理由としては、十分なのかも知れません」
「そうか…………で、お前は俺を止めようとは思わないのか?」
この問い掛けにも、二号は首を振る。
「あの人は、本来なら幸せな家庭を築いて、幸せに最後を迎えるはずでした。妻の死も知らず、息子の死すら知りません。孫も亡くなり、曾孫がいる事も知らない。全ては迷宮に出会い、人に利用されてしまったから。もう、彼は楽に成るべきなんです。どうか、勘兵衛さんを止めて下さい」
お願いします。
そう言って頭を下げる二号。
「……お前の手で、終わらせてやるつもりはないのか?」
「私には、その資格がありませんから」
困ったように笑みを浮かべる二号。
まあ、そうだろうな。
確かにお前には、奴を恨む資格は無いよ。
今回の騒動が起こらなければ、ここまでダンジョンの侵食が早まる事も無かった。多くの人が犠牲になる事もなかった。
そして、俺達があそこまで弱る事もなかった。
「話はこれくらい、ですかね?」
「まあ、そうだな」
「では、田中ハルトさん。私を殺して下さい」
真っ直ぐに俺を見つめる二号。
その表情は変わらずに微笑んでおり、何でもない日常会話をしているかのようだった。
驚きはない。
寧ろ、二号ならそう言うだろうなと納得してしまう。
「ふざけんな、俺がどうして殺さなくちゃいけないんだ」
だけど、俺は拒絶する。
こいつが何を考えているか、何となく分かっている。だからこそ、そうはさせない。
「今回の一件で、ヒナタが亡くなりました。画策した私が、ヒナタを殺したようなものです。ハルトさんは、私が憎いとは思わないんですか?」
そんなの決まっているだろう。
「そりゃ憎いに決まってんだろうが。だがな、ヒナタが俺の代わりに死んだのは、あいつの意思だ。不甲斐ない俺に、この心臓をくれる代わりに、あいつは死んだんだ。二号、お前なんかの計画で、ヒナタが命を失う訳ないだろうが。お前や勘兵衛なんかに殺されるほど、俺もヒナタも弱くはないんだよ」
ヒナタの死の原因を、お前達なんかにくれてやらない。
ヒナタに命を貰った俺が、その全てを持って行く。
ヒナタを失った原因も罪も後悔も、誰にも渡す気はない。
それに、
「お前が死んだら、ヒナタはきっと責めるぞ」
二号がどれほどの罪を重ねていても、きっとヒナタは二号の死を望まない。
「それにな、俺だってお前には死んで欲しくない。あの森での生活を、覚えてるのが俺だけってのは寂しいだろう?」
そう言うと、フウマが「ブルル」と俺もいるぞと主張して来る。
そんなフウマを撫でていると、二号が震える声で言う。
「貴方は……変わりませんね……」
老人になって、ただでさえしわくちゃ顔を、もっとしわくちゃにする二号。
「お前にとっては数十年でも、俺からすれば最近の話だからな」
そんな短期間で、人は変わらねーよ。
二号との話は、これで終わりになった。
他にも聞きたい事は沢山あったが、それはまた今度にしよう。