ネオユートピア その後④
(夢見未来)
「本当に良いのかい? あんたのスキルなら、引く手数多だろうに……」
私は今、探索者協会の会長室にいる。
目の前に座っているのは、この部屋の主人であり命の恩人である天津道世さんだ。
「はい、ここで働かせて下さい」
道世さんは履歴書を見て、どうしたものかと溜め息をついている。
「ここで働かせるのは良いんだがね、【予知夢】っていう滅多に見ないスキルを持っているんだ。もっと活用しようとは思わないのかい?」
「これが原因で、散々な目に遭いましたから。もう、必要のない生活を送りたいんです」
ネオユートピアの事件のあと、お姉ちゃん達が殺されたのが、過去の所業と私のスキルが原因だと知った。
このスキルから得られる情報は、それだけの価値があるのだろう。
だけど、私に取っては必要のない物だ。
寧ろ、災いを呼び起こす。
探索者の間で言われている『スキルを他人に話すな』は、的を射た言葉なのだろう。
もう、利用されたくない。
こんなスキル、無い方がいいんだ。
「あんたが所属していた企業は、今回の一件で混乱しているようだねぇ。まあ、今更ちょっかい掛けて来ないとは思うけど、自分の身を守るくらいの力は付けときなよ。これからの世界、守ってくれる奴は少ないだろうからね」
「はい」
MRファクトリーはまだ企業としては残っているが、注力していたネオユートピアが消えて、今も混乱している。
企業としての規模が大きく、潰れる心配はなくても、事業の見直しが必要になるだろう。
おかげで、私から監視も離れて、探索者協会まで来る事が出来た。
「あとね、これから地上にもモンスターが現れるだろうから、何とか出来るくらいには鍛えておきなよ」
「はい」
ネオユートピアで起こったモンスターによるスタンピード。
多くの被害者を出しており、連日ニュースで取り沙汰されている。
だが、それ以上に報道されているのは、世界の終焉を予言した天使についてだ。
神秘的な存在。
神が遣わした天使。
誰もが見惚れて、ただ言葉を聞いていた。
映像に収められたのは、ただスマホを構えたまま固まっていたからだった。
それに音声は無く、ただ意志だけが乗っていた。
音は無いのに、何と言っているのか理解出来てしまう。
〝迷宮の侵攻が進んだ、いずれ訪れる終焉に備えよ〟
この言葉が強調されて、世界へと拡散されていった。
そして、マヒトなる人物を求めて、多くの人がその名前の人物に殺到した。
当然だが、闇雲にマヒトを当たっても、真実を知る者までたどり着けない。だから、この予言をしている人物に心当たりがないか、多くの人が調べ始めた。
すると、直ぐに見つかった。
世樹マヒト。
ミンスール教会の創始者にして、ダンジョンと関わりの深い人物。
多くの治癒魔法使いを保有しており、日本の政財界にも影響力を待つ人物という噂もある。
その彼は言う。
「迷宮の侵食が末期になると、世界にモンスターが溢れ出します」
それは衝撃的な内容で、身近に危険が迫って来ていると告げていた。それも、五十年以内には確実に起こり、短ければ二十年後には、地上にモンスターが現れるという。
その年まで、私が生きているのかは分からない。
この前の災害のようなものに、巻き込まれる可能性だって十分にある。
これからの世の中、探索者はもっと増えて行くだろう。
その中には、悪意を持った人もいて、私が狙われる事だってあるかも知れない。
だからこそ、力を付けておかないといけない。
力が無かったとしても、仲間を作っておかないといけない。
今度は、お姉ちゃんの庇護を受けてじゃなくて、自分の意思で。
「まっ、明日からよろしくね。受付の業務からやってもらうから、目の下のクマはどうにかして来なよ」
「……はい、よろしくお願いします」
それは無理な注文ですよ。
そう言いたかったけど、それが原因でクビになるのも嫌なので、とりあえず頷いておいた。
「失礼します」そう告げて会長室から出ると、探索者協会の一階に向かう。
一階は多くの人で賑わっていた。
老若男女問わず、探索者として登録を行っており、指導者が大勢駆り出されているようだった。
その中に知り合いがおり、その人に近付く。
「灰野さん、調子はどうですか?」
「ん? よう、未来か。見ての通り大忙しだよ」
うんざりしたように言う灰野さん。
今の灰野さんには、片目が無い。インカさんの攻撃により、左目を消失してしまったのだ。
それだけじゃなくて、火傷の痕も残っており、荒事に慣れていない人からすると怖い印象を受けるかも知れない。
それでも本人は、「生きているだけマシだ」と、いつも通りの陽気な様子で言っていた。
「仕事には慣れました?」
「まあな。これだけ忙しいと、嫌でも慣れて来るさ」
溜め息をついて、こんなもんさと人を誘導して行く。
灰野さんは、探索者協会で新人の指導者として働いている。
お金は十分に持っているのだけれど、あの予言を聞いて、ここで働きたいと道世さんを頼ったのだ。
それは、命の恩人への恩返しの意味もあったのかも知れない。
「未来もここで働くか?」
「はい、明日からよろしくお願いしますね、先輩」
私達は、またここからやり直す。
無くしてしまった物が大き過ぎて、時々やるせなくなるけど、これから終わる世界で必死に足掻いて生きて行くんだ。
それが、あの地獄から生き残った私達に出来る事だから。
ーーー
(天津大道)
場所はミンスール教会本部。
早朝だというのに、多くの人が集まっていた。
集まった人達はミンスール教への入信を希望しており、その目的は訪れる終焉から救ってもらうためだ。
あの日、人々は知ってしまった。
圧倒的な存在と、世界の終焉。
そして、別の世界があるという事を。
天使が現れ、ミンスール教の信徒が連れて行かれるのを大勢が見ていた。
事情を知らない者からすれば、それは救いの地から迎えが来たように見えたのだろう。
私達にも救いを。
子供の未来の為に。
この世界が終わるなら、別の世界に。
そう考えた者達が、僅かな可能性に縋って入信を希望しているのだ。
「どうするんだ? マヒトさんが居ない今、貴方が実質のトップになるんだが」
大道が本部の上階から下の様子を見ていると、まだ学生の少年が聞いて来た。
「分かってるよ。つーかお前、ガキの癖に態度でかいな」
この子供は初対面から態度がでかかった。
態度が悪いのではなく、でかいのだ。
何様だこの野郎と胸ぐらを掴みたくなるが、子供を相手にムキになるのも負けたような気がして嫌だった。
世渡カズヤ。
二ヶ月ほど前に、マヒトに連れられてミンスール教会に入信した信徒だ。
その手には教会のシンボルである世界樹の枝が握られており、それをマヒトから直接渡されているのを大道は見ていた。
その時は、何とも思わなかったが、これは異常な事だと最近気付いた。
気付くのが遅れたのは、大道自身入信はしていても、教義とか規則とか象徴だとかどうでもいいと適当に流していたせいだろう。
だがあの日、麻耶が神聖な魔力を取り出し、力に変えたのを見て恐怖した。更に、空に見えた世界の大樹を見て、圧倒された。
この枝には、世界樹に繋がる力がある。
カズヤが使えるとは思えないが、マヒトが渡した以上、何かがあると考えた方がいいだろう。
「俺の態度はどうでもいいだろう。それでどうするんだ? マヒトさんには『来る者拒まず』と言われているが、連日この人数は対処仕切れないぞ」
「分かってるよ。とりあえず後日説明会をするから、整理券でも配って帰ってもらえ。このままじゃ、近隣に迷惑だろう」
多くの人で道が塞がれており、いつも犬の散歩をしているお爺さんが立ち往生していた。
更にこの様子を報道しているTVのカメラマンの姿も見え、どうにもこの流れは拡大しているようだった。
「ったく、どこに行ったんだよ、マヒトさんは……」
あの日以来、教祖であるマヒトが姿を現したのは一度だけ。
テレビ局の取材に対して、全て真実でありモンスターが地上に現れる時期を告げた時だけである。
話したい事が沢山ある。
どうして麻耶を行かせたのか、この状況をどう治めるつもりなのか、多くの犠牲者に対してどうするつもりなのか、いろいろと聞きたい事がある。
それに、今回の災害に関わっているという話は広まっていないが、いずれは世に知られてしまうだろう。
間違いなく糾弾される。
マヒトや麻耶だけでなく、ミンスール教が断罪される。
「なあ、カズヤはどうして残っているんだ? 今回の件の発端が、マヒトさんだって知っているんだろう?」
「ん? ああ、それはな……」
大道の問いに、カズヤは答える。
「俺も、かつて世界を終わらせているからだ。そして、ここにしか、多くを救う手立てがないからだ」
「……世界を終わらせた?」
何を言っているのか理解出来なかった。
その疑問に答えるように、カズヤは前世の話を語ってくれた。
とても信じれる物ではないが、何故か本当の事なのだろうと受け入れてしまう。
別に説得力がある訳ではない。しかし、マヒトが連れて来た人物と考えると、十分にあり得ると納得してしまった。
「信じるかは好きにしてくれ。ただ俺は、救える者達は救いたい。それが、俺に出来る贖罪だからだ」
その言葉には重みがあった。
とても十代には見えない達観した様子に、マヒトに似た何かを見てしまった。
そして、ある可能性を考えてしまう。
マヒトは、この少年に託そうとしているのではないかと。
いやいや流石にそんな……、と考えて、わずかに光る世界樹の枝が目に映る。
「お前、それって……」
「ああ、少ない時間だが、世界樹との意識の交流が可能になったんだ。こっちの世界を心配しているみたいでな、時が訪れたら保護をしに向かうと言っている」
「何だと? それは本当の話なのか?」
「当たり前だ。ここで嘘を言ってどうする」
確かにそうだが、とても信じられる物ではなかった。
だが、これが真実だとしたら、さっきの考えが現実味を帯びて来る。
「まさか……マヒトさんは死ぬつもりじゃ……」
最悪の可能性。
それを考えて、大道は薄ら寒い物を感じた。