ネオユートピア その後③
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是非よろしくお願いします!
(本田愛)
それは、余りにも現実離れした映像だった。
フェイク映像だと世界の大半が思い、否定していた。
しかし、その事件現場と多くの人の証言が報道されて、映像が真実であると広まってしまう。
空に浮かんだこことは違う別の世界。
世界を滅ぼしそうな巨大な黒い龍。
それに立ち向かう、黒翼の天使。
そして、馬に乗った黄金の戦士。
まるで神話に出て来るような戦いだった。
スマホやテレビカメラで撮影されたものなので、はっきりと映っている訳ではないが、その速さと世界を震わせるような振動は、人智を遥かに超えたものだった。
世界の終焉。
そう思わせるには、十分な物だったのだろう。
特に空を照らした破滅の光は、誰もが目にしており、絶望を植え付けていた。
だが、今もこうして生きている。
それは、助けられたからだ。
現場であるネオユートピアから生き延びた人々は、誰もが救ってくれた彼を求めた。
名前も分かっている。姿も分かっている。だから、直ぐに見つかるだろうと思っていた。
だが、彼の情報は全て消されており、残ったのは戦う姿と、純白の翼の天使の映像だけになった。
名前も、彼の映像もネットに流した瞬間に消されてしまう。
これは、徹底した情報統制だ。
更にいうと、ある噂が流れていた。
それは、核兵器や大量破壊兵器が消滅した。というものだ。
そちらの方もネットに拡散されており、消滅した軍事施設。連絡の取れなくなった空母、潜水艦。他にも多くの情報や写真がばら撒かれており、こちらはその噂が真実だと多くの人が信じていた。
だから世界中の緊張感が高まった。
あの日以来、世界中にダンジョンが出現したというのに、ほとんどの国が隣国との対立に集中してしまう。
何をやっているんだと、誰もが思っているが、それがどうしようもなく人間をしていた。
何はともあれ、世界は確実に変わってしまった。
『続いてのニュースです。宗教法人ミンスール教会に、多くの人が詰め掛けているもようです。多くの犠牲者を出した、ネオユートピアの事件。この時に撮影された空に浮かぶ天使の映像。この天使が告げた内容に関係があるとして、入信を希望する人が集まっているようです……』
報道番組から視線を切り、本田愛は正面に座る天津道世を見た。
道世の見た目は、普通のおばちゃんだ。
それは、普段着という格好もそうだが、意図的にやっているのも関係しているのだろう。
しかし、目を合わせると嫌でも分かってしまう。
この関係が、草食動物と肉食動物のそれだと。
「……では、田中ハルトの情報を消しているのは、探索者協会で間違いないんですね?」
「ああ、そうだよ」
「でも、どうして? 彼の存在を知らせれば、探索者協会は更なる躍進を果たすのではないですか?」
世界を守った最強の探索者。
そう喧伝すれば、たとえ田中ハルトが所属していなかったとしても、探索者を擁する探索者協会の発言力は増す。
探索者が危険というのは、グラディエーターで証明しており、救いにもなると、ネオユートピアの事件で示してしまった。
この機会に乗じれば、世界中の探索者の管理さえ可能になるだろう。
どうしてそれをしなかったのか。
「下らない事を聞くんじゃないよ。私らがそれを望んでないってのは、あんたも知ってんだろう」
探索者協会は、あくまでこの国の探索者の為の運営を第一に考えていた。無駄に手を広げて、綻びを生み出す事を懸念しているのだ。
日本や、良識のある国だけならまだいい。
だが、治安が悪い国や、内紛が起こっているような場所で探索者協会を設立したとしても、利益を奪うと民衆に襲われて終わるだろう。
「そうですが、世界の滅亡を遅らせられるのも、探索者協会ではないんですか?」
それが分かっていても、愛は言う。
あの天使に告げられて、田中とマヒトがもたらした情報が正しかったのだと知ったのだ。
じゃあ、どうやったらそれを回避、遅延させる事が出来るのか?
それを考えると、可能なのは探索者協会にしかなかった。
ダンジョンから出る物資の制限。
これが可能なのは、圧倒的な武力を持つ探索者協会しかない。
政府の無い地域にも人を向かわせて、力でねじ伏せる。
違反すれば、即座に粛清を行う。
人権無視の考えだが、世界を延命させる手段がこれしかないのだ。
「極端な考え方だね。私達が何をやろうと、世界は終わる。その時に備えておけばいいのさ。少なくとも、お前さんが生きている間は大丈夫だろうよ。ああ、ダンジョンに潜って鍛えておきなよ。そのうち、モンスターが湧いて来るらしいからね」
だが、その考えもうんざりした様子で返される。
「では、どうしてうちの商品を取り扱ってもらえるんですか? ホント株式会社だけじゃない、取引きを辞めていた会社に出向いて、商品の卸しを再開しているではないですか」
情報は直ぐに回って来る。
愛と同じように、契約した探索者をグラディエーターに参加させていた会社とも、取引きを再開していた。
それも、協会長直々に出向いてである。
「さっきも言っただろう、ダンジョンに潜って鍛えておけって。延命しても行き着く先が同じなら、その時に備えた方がいい。私はそう判断したまでだよ」
取引きを再開したのは、これから増えるだろう新規の探索者に備えてだ。
それに、他国の無知な者達を放置する事で、多少は期限が伸びるとも考えていた。
ダンジョンの侵食を抑える方法は、物資を外に出さない事の他にも存在している。
それはこの世界の住人が、ダンジョンで死ぬ事だ。
かつてあった世界では、魔王と呼ばれた存在が、一国の住人をダンジョンに捧げて、世界の延命をしていた。
最悪な手段だが、そのおかげで、その世界は最もダンジョンの侵食が遅かった世界となっている。
この事を、道世は話さない。
マヒトも話さない。
話をすれば、間違いなく多くの犠牲が発生するから。
「そう、ですか……」
納得は出来ない。
だが、どうする事も出来ない。
愛にも娘がいる。子供の未来の為にも、平和な日常が続いて欲しいのだが、それも期待出来そうもない。
だが、もしかしたらという可能性の話をされる。
「これはもしもの話だが、田中ハルトが迷宮の深部を探って、その原因と呼べる物を取り除けば、或いは……」
それは夢物語の可能性。
多くの世界がダンジョンに挑み、飲み込まれて行った。
たとえ、ダンジョンを攻略したとしても、侵食が止まる保証はどこにも無い。
だから、この話は愛に対する心遣いなのだろうと理解した。
「ええ、そうですね。彼なら、もしかしたら……」
それでも、何とかしてしまうのではないかと、田中ハルトには期待してしまう。
そんな田中は、あの災害から一週間が経過した今も眠っていた。