ネオユートピア その後②
ぼやけた視界の中に、揺らめく光が映る。
それが、ライトの光だと気付いて、眩しいと目を閉じてしまう。
「黒一さん、起きたようです」
「そうですか。ご気分はどうですか、麻布針一さん」
その声を聞いて、麻布は起き上がろうとする。
「っ⁉︎」
しかし、腹部の痛みが身体中に駆け抜けて、再び横になってしまう。
顔だけを動かして周囲を見渡すと、ここが病院の一室だというのが分かった。
「私は、どうして……っ⁉︎」
少し考えて思い出した。
私は、あそこで刺されて倒れたはずだ。
その後は、何者かに押さえられた記憶はあるが、そこから覚えていない。
「混乱している所申し訳ありませんが、私の質問に答えて下さい。ああ、嘘は許しませんので、そのおつもりで」
「な、何を? それに、あなた方は一体……?」
「ああ、申し遅れました。私は探索者監察署の黒一福路と申します。あちらの美人は、宮塚影美さんです。もう一度警告しますが、嘘は仰らないで下さいね。お互いの為になりませんので」
探索者監察署と聞いて、麻布は体の力が抜けてしまった。
その反応に、黒一は興味を失い、つまらない物を見る目に変わる。
だが、仕事だと割り切って話を切り出した。
「では、今回の事件について……」
麻布は何もかもを白状した。
加賀見レントを殺して、夢見焔を殺そうとした。大吹インカを殺す為に、ネオユートピアを駆け抜け、夢見未来に刺された事も話した。
殺害方法も、その知識を世樹麻耶に教わった事も白状した。
「……ふむ、錬金術ですか……ダンジョンから取れたアイテムをイジれると?」
「はい、特殊な道具が必要になりますが……」
黒一は顎に手を当て思案する。
それから影美に問い掛ける。
「影美さん、世樹麻耶による洗脳の影響は?」
「わずかですが痕跡が見られます。ですが、これがどれほど影響したのかは不明です」
「そうですか。……麻布さん、貴方にはお子様がいますよね?」
突然、子供の話をされて麻布は警戒する。
自身はもう助からないと理解している。だが、関係の無い子供にまで、被害が及ぶとは想定していなかった。
「ああ、そんなに警戒しないで下さい。正直に申しますと、貴方はこのままだと粛清の対象になります。それはご理解されてますか?」
「……はい、覚悟は出来ています」
「そこで提案なんですけど、私の下に来ませんか?」
「……どういう事ですか?」
「ご存知だとは思うのですが、今の所、ダンジョンから取れたアイテムの効果を変更するというのは、誰も成功していません。もしも、この技術が貴方だけの物ならば、是非とも手元に置いておきたい」
「好きに変更出来る、という物ではありませんよ」
「ええ、でもそれは、今は、ですよね? 可能性があるのならば、生かしておくのも手だと思うんですよね。どうします? 私の部下になるというのなら、生きていけますし、これからも子供と暮らせますよ」
「それは……」
これは麻布に取って、幸運を超えた奇跡のような提案だった。
もう一度、子供達と会える。
もう一度、子供達に触れられる。
もう一度、人生をやり直せる。
だけど、そのような道を歩んでもいいのだろうか、と悩んでしまう。
この血に汚れた手で、子供に触れて良いのだろうか?
罪を背負った私が、のうのうと生きていて良いのだろうか?
私は、どんな顔をしてあの子達に会えばいい?
「考える時間は……」
「ありません、今すぐに決めて下さい。なに、心配する必要はありませんよ。話さなければ、誰も貴方の罪に気付きません。見た目はどこにでもいる、人畜無害なサラリーマンなんです。誰も疑ったりしませんよ」
それに、と黒一は言葉を続ける。
「貴方の家は、どうにも生活が苦しいようですねぇ。私の下で働くのであれば、給金は弾みますよ」
ふふっと笑う黒一。
その言葉を聞いて、生活まで調べているのかと驚いた。
麻布は復讐の為に、大金を使っていた。
知識は麻耶から与えられた物だが、他は全て自費で賄っていた。ギリギリ借金をせずにすんでいるが、生活が苦しいのは事実だった。
「……よろしく、お願いします」
不本意だが、子供達の生活を考えるならば、受け入れるしかなかった。
「ええ、これからよろしくお願いします」
黒い手袋をはめた手で、麻布と強制的に握手をする。
その様子を、影美は同情した目で見ていた。
麻布に待っている仕事は地獄だ。
三徹は当たり前で、事件が起これば黒一のペースで働かされる。
まだ、スカウトで入った影美と総司はマシな方だが、麻布と同様に事件を起こして勧誘された遊香の扱いは酷い物だ。
命があるだけマシだと本人は言っているが、その目は半ば死んでいた。
それに、これから探索者関連の事件が増えるのは確定している。
先日の事件以降、世界は大きく変わってしまったのだ。
「忙しくなりそう……」
窓から見える景色は曇天で、まるで未来を暗示しているかのようだった。
ーーー
「どうして相談してくれなかったの‼︎‼︎」
優しい微笑みを浮かべてくれる人が怒ると、酷く罪悪感が湧いて来るのだとトウヤは初めて知った。
「ごめん……」
頭を下げて、怒ってくれる桃山に謝罪する。
今、トウヤは正座をして、仲間の三人から怒られている。
ネオユートピアの崩壊から一週間が過ぎており、落ち着いて来たのを見計らい、あの日の顛末を話したのだ。
「ごめんじゃないです。一歩間違えれば、探索者監察署から指名手配されていたんですよ。彼らは、犯罪を犯した探索者を決して許しません。私達は、田中さんのように規格外ではないんです。身の程を弁えて下さい」
「はい、すいませんでした」
神庭から鋭い視線を受けて、淡々と真実だけを告げられる。
それでも、心配してくれているのは痛いほど伝わって来る。何故なら神庭は、どうでもいい相手には、何も言わないからだ。
「バカ! トウヤのバカ! 一人で背負い込まないでよ! 私達仲間でしょ! 復讐したいっていうなら、私達だって手を貸したわよ!」
「うぐっ! ご、ごめぐっ⁉︎ や、やめっ⁉︎ 殴るのはっ⁉︎ いっぶ⁉︎」
癇癪を起こした九重が、拳を握ってトウヤを殴り続ける。
可能なら、怒りが治るまで殴られて上げたいが、魔法使いでも、探索者の九重の拳は簡単に人の命を奪う威力を持っていた。
このまま受けてたら、僕が殺されると抱き着いて動きを止めた。
そのせいで、「え? ええ⁉︎ えええー⁉︎⁉︎」と興奮している九重だが、それを気にする余裕がトウヤには無かった。
九重を抱きしめたまま視線を動かし、三森を見ると。
「あの、復讐は一人でやって下さいね。私はちょっと、遠慮したいかなって……」
お前の巻き添えになるのはマジ勘弁と、距離を取ろうとしていた。
それはそうだろう。
三森の反応は当然だと、トウヤは理解していた。
だからこそ、こうやって心配してくれている仲間達は、かけがえのない存在なのだと、強く教えてくれた。
「ごめんみんな、もっと相談すべきだった。田中さんが止めてくれなかったら、取り返しの付かない事になってたと思う」
最後にまた「ごめん」と謝罪する。
そこに、少しだけ引っ掛かったのか、神庭が質問をする。
「今の言い方ですと、ハルトさんには相談していたように聞こえるのですが?」
「闘技場で会った時に少しだけ」
「彼は何と言っていましたか?」
「復讐は否定しなかった。ただ、全てを失う覚悟はしておけって……」
神庭は腕を組み、指をトントンとしながら考える。
聞くべきかどうか迷いながらも、トウヤに質問する。
「…………全てとは、私達も含まれているんですか?」
「そこまでは言われなかった。でも、全てを失ってでも、あの男を殺したいと思っていた」
それを聞いて目を瞑り、神庭は黙る。
黙って、悔しくて泣きそうになった。
トウヤが自分達から離れようとした事もそうだが、もしも自分がトウヤの立場だったら、同じようにしたと思い至り否定出来なかったのだ。
しかも、相談した相手が田中である。
常識人に見えて、ぶっ飛んだ思考の持ち主だ。はっきり言って、相談相手には向かない。
「……トウヤ、今度何かをする時は、必ず私達に相談して下さい。貴方がハルトさんに憧れているのは分かりますが、彼の意見を参考にすると、人生が台無しになります」
「うん、分かった。約束する」
なんか、田中さんの評価厳しくない?
そう思いながらも、神庭の意見に頷いた。
この話はここで終了とでも言うように、パンッと手を叩く音がする。
それをやったのは桃山で、次の話を始めた。
「トウヤを責めるのはこれでお終い。それで、これからどうするの? 救助活動はもう絶望的だし、地元に戻るのもありだと思うけど……」
「そうだな……」
トウヤはそう言って、新たなダンジョンとなったネオユートピアだった物を見る。
元々埋立地だったネオユートピアは、今では濃い雲に覆われておりその姿が見えない。この雲は晴れる事はなく、中の様子は外からは見えなくなっていた。
「帰ろう、ここに僕らがいてもやれる事は少ない」
トウヤはそう決断する。
その意見には、誰も反対しなかった。
これまで、崩壊したネオユートピアに入って救助活動を行っていた。現れるモンスターの強さが下がり、ツノ兎や痺れ蛾、ゴブリンなどのダンジョン10階までに現れるモンスターになり、活動可能となっていたのだ。
だが、誰一人として救出出来なかった。
それらしい血の痕跡はあっても、ダンジョンの掃除屋でもあるダンゴムシに消されてしまっていた。
すでに一週間が過ぎており、経験から、もう誰も生きていないと断言出来た。
それでも諦めない人々が、今もキャンプを張りネオユートピアに向かう。
諦めきれないのだろう。
そこにまだ友人がいて、恋人が残っていて、家族が生きているかも知れないと信じたいのだから。
トウヤに、それを止める資格はない。
この悲劇が起こった中心地におり、もしかしたら防げたのかも知れないのだから。
「そろそろ加奈子を離したらどうですか?」
「え? あっごめん⁉︎」
「きゅ〜」
「加奈子ちゃん⁉︎」
その真実に目を逸らして、トウヤは日常に戻る。
いずれ直視しなくてはならなくても、今はまだ平穏な生活の中にいたかった。