ネオユートピア その後①
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ここまで来れたのも、ひとえに応援して下さった皆様のおかげです。
改めて、感謝申し上げます。
その後の話は、6時と18時に投稿します。
田中視点の話しは、日曜日となっております。本日と明日は、別の登場人物の話となっております。
(大吹インカ)
「はあ、はあ、はあ」と息を切らせながら、大吹インカはネオユートピアから離れていた。
まるでこの世の終わりのような世界。
あんな所にいたら命が幾つあっても足りないと、必死に逃げていた。
「ったく、灰野もしつこいっての。魔力が無くなったじゃん」
世樹麻耶から受け取った転移宝玉を使って目的地に飛びたかったが、灰野との戦闘で発動させるだけの魔力も残っていなかった。
「あいつ、俺のこと仲間殺しって言ってたけど、俺がいつあいつらの仲間になったんだっての。加賀見に雇われてただけだってのによぉ」
大吹インカには、九州地区で活躍していた頃からの仲間がいる。
そこから離れて来たのは、世樹麻耶からの勧めと、加賀見から提示された条件が良かったからに過ぎない。
加賀見が亡くなり、どうしようかと考えていると、MRファクトリーから夢見未来以外のメンバーの排除を依頼されたのだ。
流石に気が引けたので麻耶に確認すると、「こちらが指示した手順で行って下さい」との返答を受けた。
それから、誰もいなくなったタイミングを見計らい火口香織を始末した。
一命を取り留めた夢見焔を【マリオネット】のスキルで操って外に誘き出し、転移宝玉で海岸に飛んで焼き殺した。
長い年月を共に過ごしただけあり、多少は心が痛んだがそれだけだった。
仲間ではなく、あくまでもビジネスパートナー。
契約者の加賀見が消えたら、ただの他人でしかなかった。
この一件が終わったら、また仲間達と九州地区で活動をする予定になっている。
仲間達が、この先で待ってくれているはずで、大金を手土産に数十日は遊び呆けようと計画していた。
闘技場があるのとは逆方向に進み、約束していた合流場所に到着する。
その場所は駐車場で、数台の車両が並んでいた。
「っ⁉︎ これは逃げた方がいいか?」
だが、よく目を凝らしてみると、車両は全て破壊されており、濃い血の臭いが漂っていた。
明らかな異常事態。
仲間達は凄腕の探索者なので、その身の心配は無用だろう。
だから、自分もと逃げようとして、背後に現れた気配に足を止めた。
コツコツと足音が迫って来る。
これは、一時期良く聞いていた音だ。
灰野や焔は死神の足音だと嫌っていたが、インカは特にそうは思わなかった。
だが、今は何よりも恐ろしくて、体が震えて動けなくなってしまった。
「お久しぶりですね、大吹インカさん」
声の主、黒一福路はインカを通り過ぎて正面に立つ。
ボロボロの姿だが、相変わらずの不気味な雰囲気を発していた。
見た目が若返っている気がするが、それを指摘する余裕が今のインカにはなかった。
「あっ、ああ、久しぶりだな黒一……こんな所でどうした?」
少しでも離れようと後退る。
それに合わせて黒一も足を進めるので、一層恐怖が駆り立てられる。
「いえいえ、仕事で立ち寄っただけですのでお気になさらずに。ああ、あそこには近付かない方がいいですよ、極悪な探索者がいましたので」
その言葉に体の震えが止まるインカ。
もしも、もしも黒一の標的が、あの車に乗っていた奴らだったら? そう考えて、インカの頭の中は真っ白になった。
「なあ、黒一。あそこの奴らを殺したのか?」
瞬きを忘れて、じっと車両を見る。
あそこにはインカの仲間が乗っており、その中にはインカの兄弟達も所属していた。
黒一以外なら、きっと逃げられた。
でも、ここにいるのは黒一だ。
狙われたら、逃げられない。
「ええ、殺しました」
「アアアァァァーーー!!!」
怒りに任せて、手に持った杖で殴り掛かる。
その姿は滑稽だと、黒一は笑った。
「くすっ。おかしな方ですね、仲間を殺しておきながら、仲間の死に怒りを覚えるなんて」
杖を手甲で破壊する。
「その思いを、殺した仲間にも向けていれば、こうはならなかったでしょうに」
拳がインカの腕を破壊し、腹部に風穴を開け、頭部を破裂させた。
「貴方はとても醜かった。私が嫌っている人種のひとりですよ」
司令塔を失った肉体が倒れる。
これで、一つの事件が解決した。
黒一に取っては、それだけの出来事でしかなかった。
「やれやれ、六日目の徹夜は確定ですかね」
海に放たれた、白銀の光を見ながら黒一は呟いた。
ーーー
(世樹麻耶)
多くの人が避難している闘技場。
巨大な龍が現れ、黒翼の天使が舞い降りた。
龍のブレスから救われ、天使は空へと上がって行った。
目まぐるしく変わる状況に、誰もが怯えて救いを願っていた。
空から激しい音が鳴り響き、やがて静寂が訪れる。
そんな中で、世樹麻耶は黒い翼の天使に既視感を覚えて呆然としていた。
「彼の方は……誰?」
記憶の中に、微かに残っていた。
懐かしいという感情。
名前を呼ばれた気がする。その顔に触れた気がする。笑みを向けられた気がする。
その回答を求めて、戻って来た大道に縋り付く。
「大道! 今のは誰⁉︎ どうして貴方は彼を知っているの⁉︎」
「なんだよいきなり……俺だって知らないさ。ただ、剣があの天使の所に戻りたがってたんだ」
困ったように答える大道。
更に何かを聞こうとするが、麻耶の声は周囲の声にかき消される。
その声は、空を指差して困惑した声だった。
「あれは何?」「天使の軍団?」「この世の終わりなのか?」
様々な声が上がりながらも、それらに怯えた感情は見られなかった。
ただ美しく、幻想的に見えたのだ。
天使達は、ネオユートピアの上空に浮かんだパスに集まっており、この事態を治ようとしているのは一目瞭然だった。
「ああ、私もあそこに……」
私もみんなの所に、そう飛び立とうとして大道に掴まれた。
邪魔をしないで、そう言おうと振り返って口を噤んだ。
大道の目が、お前だけは許さないと、その罪を訴えているのだ。それは大道だけではない、事情を知る者の大半が麻耶を睨んでいた。
麻耶は、この時になってようやく理解した。
ここにいる者達には、命があり意思があるのだと。
知ってはいた。
知識として、一人ひとりに別の意思が備わっていると知ってはいた。
だが、人形のように見えてしまい、実感出来ないでいた。
それが今、憎しみを込められた視線を向けられて、ようやく理解したのだ。
「あっ……私は……私……は……」
自分のやって来た所業を思い出す。
後悔するには多くの意思を蔑ろにしており、懺悔するには余りにも多くの命を奪っていた。
もう、何もかもが遅かった。
麻耶は怯えるように視線を逸らす。
だが、それは許さないとでもいうかのように落雷が発生した。
ドンッ! という衝撃音が鳴り響き、何事かと皆が注目する。
そこにいたのは、雷を纏った純白の天使だった。
その天使は宙に浮かんでおり、ゆっくりと目を開けると、ここにいる人々に告げる。
『迷宮の侵攻が進んだ、いずれ訪れる終焉に備えよ。侵攻を抑える術は、マヒトが知っている。少しでもこの世界に留まりたければ、耳を傾けよ』
天使は口を開かずに、思念で言葉を告げる。
ただ皆が呆然と見上げており、天使の動向を見守っていた。
その天使が視線を動かし、一人の天使のなり損ないを見る。
それからゆっくりと近付いていき、地上に足を付けた。
「あっ、私は……」
麻耶が何かを言おうとすると、その頬に手が触れる。
『バカな娘だ。地上で幸せに暮らして欲しいと送り出したのに、このような決断をするとは……。これは、私の責任でもあるのだろうな……』
その顔は慈愛に満ちていた。
雷が鳴る。
殺意に満ちた雷が、麻耶を貫かんと天より迫る。
せめてもの救いにと、母の手で責任を取らせようとした。
しかし、それを止める者がいた。
『……オリエルタ、何故邪魔をする』
それは青い髪の男の天使だった。
『ミューレ、もう一度考え直せ。私と同じ過ちをするつもりか?』
睨み合う二人の天使。
二人の魔力がぶつかり合い、辺りから人を遠ざける。
もしも戦えば、一瞬でオリエルタは消し炭にされただろう。だが、ここで引いたのはミューレだった。
いや、もしかしたら、止めて欲しいと願っていたのかも知れない。
守護者筆頭にして最強の天使であるミューレ。
それと同時に、麻耶の母親でもあるのだ。
ミューレは、再び麻耶を見る。
『マヤ、貴女を連れて行く。ここでの貴女は、危険な存在のようだ』
「あっ……」
抱き寄せられる。
その温もりが懐かしくて、麻耶は自然と涙していた。
このまま、空にある世界に行くのだろう。
それは、麻耶が心から望んでいた事だった。
だが、と考える。
本当にそれでいいのだろうか?
このまま、破壊された惨状を残して行ってしまっていいのだろうか?
多くを奪った私が、あの地に立っていいのだろうか?
そう考えていると、背中の翼が落とされた。
「……え?」
何が起こったのか理解出来なかった。
これをやったのは、抱きしめてくれている天使だ。
母であるミューレの手によって、麻耶の翼が落とされたのだ。
『貴女をこのまま行かせるのは、この者達が許さないだろう。だから、貴女はこの地の人間として連れて行きます。貴女はもう、天使ではない存在として生きなさい』
背中に熱が宿る。
これまで、自身のアイデンティティとして存在していた翼。
それが無くなった。
「いや! いや! いやーーーっ!!!」
悲鳴を上げながら消える麻耶。
それを見届けた天使が、翼に炎を放ち燃やし尽くしてしまった。
姿を消すミューレ。
そして、空へと帰って行くオリエルタの姿を、多くの者達が見送った。