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ネオユートピア25

「いぃーーやぁーー!! 田中さん入りましたぁーー」


「いやー、やっちゃいましたねー田中さん。ねえ、今どんな気持ちですか? ね? ねぇ?」


 騎士がテンション高めに俺を居酒屋の前で待ち受けていて、入店すると東風が俺に肩に手を回して煽って来る。


「くっ⁉︎ うるせー‼︎ やっちまったもんは仕方ないだろうが!」


「あー! まーたこの人逆ギレしてるよー。ちょっとタチ悪くないですか?」


「うっせ、俺だってやらかしたとは思ってるよ」


「まあ、あの状況じゃ、ああするしかないですしね。まっ、今日は飲みましょうよ。愚痴くらい付き合いますよ」


「先に言っとくが、俺の愚痴はしつこいからな、ちゃんと付き合えよ」


「げっ⁉︎ ……分かりました、しっかりと付き合いましょう、騎士が」


「ええ⁉︎ 何でですか⁉︎ 要さんが応じりゃいいでしょう! 何で俺が、こんなムサイ男の愚痴を聞かないといけないんですか⁉︎」


「あのな騎士、師匠の俺が困っているんだぞ。弟子のお前が率先して前に出なくてどうする? 俺はこの日の為に、お前を育てたんだぞ」


「そんなしょうもない理由で、俺に指導してくれてたんですか⁉︎ 今から師匠の交代って出来ません⁉︎」


「おい、遊んでないで早く来い。注文出来ないだろう」


 個室から顔を出した武が呼ぶ。

 まあ、店側の迷惑を考えるなら、このくらいにしておいた方が良いだろう。


 個室に移動すると、元に武、それと赤ん坊を抱えた瑠璃がいた。


「よう、久しぶり。赤ん坊、生まれたんだな」


 そう挨拶しながら座席に座ると、瑠璃が赤ん坊を見せて来た。


「ええ、男の子。可愛いでしょう?」


「……ああ、可愛いな」


 まだ小さな赤ん坊。

 こんな赤子を、居酒屋に連れて来ていいのかというツッコミは、この際しない。

 ただ可愛い。それだけで十分だ。


「でも、タケちゃんに似過ぎているのよねー。私の要素が一切無し!」


「あー確かに、武そっくりだわ」


 悪くはない。悪くはないんだけど、父親に似てるとなると、何故か残念に思えてしまうのはどうしてだろう。


「なんだ?」


「なんでもないです、はい」


 これまでにない迫力で、武が俺達を見回す。

 きっと、親戚に散々揶揄われたのだろう。


「瑠璃以外はビールで良いか?」


「あっ、俺ハイボールで」


 そう言って手を上げたのは元だった。


「珍しいな、どうしたんだよ?」


「いや、最近サーバー買ってハイボールばっかりだったから、ビールが苦く感じるようになったんだよ」


 東風にそう説明する元。

 確か、サーバーって高かったよな、なんて思い出してみる。


「おう、リッチじゃん」


「いやいや、毎回ビール飲むよりは安上がりですよ。って田中さんは稼いでるから、そんな心配いらないですね」


「ん? ああ、確かに」


 考えてみると、結構稼いでいた。

 愛さんからの報酬もそうだし、ダンジョンでのアイテムや素材を売却してそれなりの利益になっていた。その上、グラディエーターでの賞金だ。

 ぶっちゃけ、人の生涯収入くらいはこの短期間で稼いでいる。


 まっ、それももう使えないんだけどね。


「みんな注文してって、とりあえず串のセットと枝豆と唐揚げとお茶漬けは頼んでいるから」


「おまっ⁉︎ 茶漬けはシメだろうが、先に頼むんじゃねー!」


「そうだぞ騎士! 茶漬けは先に持って来るんじゃない、取り消しだ取り消し!」


 騎士が注文をして、俺と東風が文句を付ける。

 つーか、茶漬けが先は駄目だろう。

 米を先に入れたら、ビールが入らなくなるだろうが。

 なんてケチを付けていたら、瑠璃から声が上がる。


「私が頼んだのよ。あんた達は好きに飲み食いするんだから、私にも気を使いなさいよ」


「……えっとー……そうだぞ東風、お前はもう少し気を遣え」


「あー! 逃げやがったよこのデブ! 年長の癖にそりゃ汚いって!」


「デブって言いやがったな! テメーもデブにしてやろうか!」


 女王蟻の蜜を口にぶち込むぞこの野郎!


 そんな下らない会話をしつつ、ビールを飲み料理を堪能して時間が過ぎて行く。


「あ〜、もう飲めないわ」


「くっ⁉︎ 授乳期間が終わったら私も……!」


 カッ! と目が見開かれる瑠璃。

 そんな覚悟をしているが、なんだか瑠璃は酒を飲まなくなるような気がした。


「そろそろお暇しますかね、お勘定は誰が持つ?」


「そりゃ、ここは稼いでる田中さんでしょう」


「確かに俺が出すべきだろう……だが、やっぱりここはジャンケンで決める方が面白いと思わないか?」


「いやぜんぜん」


「まったく」


「ご馳走様です!」


「ありがとね、田中さん」


「という訳なんで、よろしくお願いします」


「待て待て待て! ここは乗れよ! 俺ってある意味新入りなんだぞ!」


 もう、こっち側に行くべきなのだ。

 それが嫌でも分かってしまう。

 俺の命は、もう助からない。


「あー……まあ、ちょっと待ちましょうか、そろそろと思いますんで」


「何がだよ?」


「ああ、来た来た、こっちこっち!」


 そう言って東風が手を振った先に居たのは、俺が一番来てほしくない奴だった。



ーーー



 剣戟が舞う。

 長剣と刀がぶつかり合い、激しく火花を散らせながら場所を変えて行く。


 黒翼のヒナタが鋭い一閃を見舞い、それに対応した天津勘兵衛が何とか持ち堪えて、ゴーレムの腕で反撃を試みる。


 本来なら、このような事は起こらない。

 何故なら、力量は圧倒的にヒナタの方が上だからだ。

 力も、技も、魔力も、その全てを圧倒しているからだ。


 だがそれも、本来の力が出せたらの話。


「キュハッ⁉︎」


 激しく動き、その影響で吐血してしまう。


「死に損ないがよ! いつまでも出しゃばってんじゃねー!」


 怯んだヒナタに、ゴーレムの腕より地属性と風属性の複合の魔法が放たれ、その命を狙う。

 だが、この程度の魔法に当たるはずもなく、飛んで躱わしてみせる。


 空中を滑空し、振られた鋭い一閃は、勘兵衛の肩を斬り裂いて血を溢れさせる。


「チッ⁉︎ 弱ってもこの力かよ! 腹立つぜぇテメー」


 そう虚勢を張る勘兵衛だが、弱っているヒナタを攻めきれないのは、体の震えにも原因があった。


 刀がカタカタと震える。


 怖いのだ。

 勘兵衛はかつて、ヒナタにアマダチをくらい、その力のほとんどを失ってしまった。

 そして何より、アマダチに死を見てしまった。


『返せ、そうすれば命は見逃してやる』


 静かに、怒りを込めて思念を送る。

 殺してやりたいが、消耗した今のヒナタでは攻めきれない。

 寧ろ、いつ倒れてもおかしくない状態だった。


「はっ! 舐めてんじゃねー! そのスカした顔、切り刻んでやらぁ!」


 吠える勘兵衛。

 その背後に現れた道世は、刀を勘兵衛の首元へと走らせる。

 しかしそれは、ギンッ! とゴーレムの腕に握られへし折られてしまった。


「くっ⁉︎」


「雑魚が出しゃばんじゃねー!」


 道世は空間魔法を使い、勘兵衛の刀から逃れるが、追って来た風の刃の魔法を避け切れずに、片足を切断されてしまう。


 バランスを崩す道世。


 ここで止めを刺したいが、迫って来る脅威から目が離せなかった。


『お前も変わらないだろう』


 ヒナタの鋭い一閃が、勘兵衛のゴーレムの腕を傷付ける。

 これは挑発だ。

 他に目を向けさせない為の挑発。


 それが分かっていても、勘兵衛は怒り狂った。


「あ゛っ⁉︎ だったら見せてやるよ、テメーを殺す力をなぁ‼︎」


 ゴーレムの腕が前に出され、とてつもない力が収束して行く。

 その力をヒナタは良く知っていた。

 だって、さっきまで隣にいたのだから。


「天断ちぃ」


 白銀の刀が、ゴーレムの手に握られる。

 見下すような目を向ける勘兵衛。


『 親父の力を……奪ったのか?』


「ああ、お前を殺すためになぁ!」


 その返答を聞いて、ヒナタは静かに一歩を踏み出す。

 次の瞬間には姿が消え、勘兵衛の喉元を斬り裂いていた。


「かはっ⁉︎」


 勘兵衛が見たのは、激昂したヒナタの顔。

 怒りに歪めた顔を見て、勘兵衛の体は激しく震え出す。

 ギリギリで距離を取り、首が飛ぶ一閃を避けれたのは奇跡と言っていいだろう。


 即座に修復する傷。しかし、その心に刻まれた恐怖は相当な物だった。


 だから、勘兵衛は焦ってしまった。


 ヒナタの白銀の短刀を見て、その強烈な力に当てられて、引き攣った笑みを浮かべ渾身の一撃を放つ。


「天断ちぃ!」


『アマダチ』


 衝突する二つの力。

 全てを破壊し尽くす双方の力は、埋め立てられた地を破壊し、無へと返して行く。


 その様子を間近で見ていた道世は、切られた片足を掴みその結末を見守った。

 仲間の仇、愛しい人の仇、何よりも殺したい男。

 この世で最も憎む男の最後を見届ける為、この地に残った。


 しばらく拮抗した二つのアマダチには、大きな違いがあった。


「キュ!」


 それは使い手の差である。

 今し方使えるようになった勘兵衛と、長年使い続け、洗練されたヒナタのアマダチとでは差が大き過ぎた。

 拮抗していたように見えたのは、単にヒナタが消耗していたからである。


 だがそれも、力を込めれば崩壊する。


「くっそーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」


 光に飲み込まれる勘兵衛。

 ヒナタが放ったアマダチは、ネオユートピアを破壊し海を突き抜け、彼方へと消えて行った。


「キュハ、キュハ、キュハ……クッ!」


 逃げられた。

 ヒナタは膝を突き地面を叩く。

 直前で、何者かの介入があった。

 それが、奈落からの物であり、聖龍と同等の力を持つ者というのも察せられた。


「キュハッ⁉︎⁉︎」


 ただでさえ消耗した状態で、アマダチを使った後遺症により、ヒナタの寿命は大きく減ってしまった。

 治癒魔法で苦しさは紛らわせても、根本的な治療はユグドラシルでも不可能だ。


 それでも、何とか立ち上がり親父の元へと行こうとする。

 ふらふらとした足取りで、倒れそうになりながらも前へと進む。

 聖龍剣からト太郎の意思が伝わる。

 それは、無理するなと、このままではお前も危険だぞと心配する声だった。


『大丈夫だよ……大丈夫……あと少しで、前みたいにみんなで……』


 一緒に暮らせるから。

 その思いが思念になる前に、ヒナタの足から力が抜けて倒れそうになる。

 しかし、それを受け止める者がいた。


「お疲れさん。あんたの事は、あっちにいた時に聞いた事がある。あいつの所に行きたいんだろ?」


 体を支えたのは、ヒナタの半分くらいの大きさしかない道世だった。

 切断された足は、ポーションで繋げているが、無理をすれば直ぐに取れるだろう。もっと言えば、かなりの痛みが走っていた。だが、それ以上に、この英雄の役に立ちたいと思ったのだ。


『すまない……連れて行ってくれ』


 そう願うと、道世は「まかせな」と頷いた。

 道世は魔法を空間魔法を使う。あいつと呼んだ、田中ハルトが倒れている場所は、ここからかなり離れていた。

 二人の戦いは、それだけ激しかったのだ。


 ヒナタが次に見た光景は、草原が生まれ、その中央で杖を掲げたマヒトの姿だった。


『……二号?』


 マヒトが大量の汗を流し、杖に力を送り続けていた。

 その杖が向けられているのは、倒れている田中とフウマ。

 既に魂が離れているが、繋がりが僅かに維持されていた。

 必死に繋がりを止めておく、これが魔力が残されていない今のマヒトに出来る、最大の対応だった。


「ヒナタ、すまない、私が止めなかったばかりに……」


 イルミンスールの杖から光が注がれ、新たな生命が溢れる。それでも、田中を生き返らせるのは不可能。それが可能なのは、二人しかいなかった。


『二号、久しぶり……すっかり爺さんじゃないか』


「あはは、良い感じに歳を取ったと言ってもらえると助かります。ヒナタ、ユグドラシル様の元に届けられますか?」


 倒れた親父の姿を見て、ヒナタは否定する。

 そこに届ける前に魂が離れてしまう。反対にユグドラシルを連れて来る事も出来ない。たとえユグドラシルの依代を連れて来たとしても、力を発揮出来ずに蘇生は不可能だった。


 だから、取れる手段は一つしかなかった。


 ヒナタは周囲を見渡す。

 そこは戦いの影響で、倒壊した建物と空に浮かぶ魔法陣。そして、この事態を収束させようと、仲間の守護者達が対応していた。

 空には都ユグドラシルが見え、大樹がこちらを見ている気配を察する。


 ヒナタは大樹に向けて口を動かす。

 ただ一言、すまないと。


 道世から離れたヒナタは、倒れた親父の元に向かう。近くで寄り添うように倒れたフウマは、かつての凛々しさはないが、愛嬌はあるなと今更ながらに思う。


『俺が蘇生させる』


「止めなさい、貴方では無理です。蘇生魔法が成功する条件は知っているでしょう」


 ヒナタの行動を制止するマヒト。

 蘇生魔法は、上位の存在が下位の者に施す魔法である。それが同等、若しくは近い場合は代償が必要になる。

 かつてあった世界、勇者パクスが仲間を蘇生した時は、多くの寿命を犠牲にした。

 今回、ヒナタが蘇生しようとしているのは、片足どころか半身を神の領域に突っ込んだ奴である。単純な存在価値で言うなら、ヒナタよりも上。心臓を失って、同等というレベルだ。

 はっきり言って、自殺しようとしているようにしか見えなかった。


『二号、俺はもう直ぐ死ぬ。この命を、最後に使いたいんだ』


「っ⁉︎」


 ヒナタの今の状態は、既に限界を超えていた。

 最後のアマダチにより、その身は持たなくなっていた。たとえここで生き残っていたとしても、たとえユグドラシルの延命があったとしても、長い時間は生きられない。


 なら、この命は親父の為に……。


 ヒナタは膝を突き、ト太郎に『またな』と思念を送り蘇生魔法を使う。


 それは救いの光。

 この世の何よりも美しい光。

 ヒナタから送られる光は、田中の魂の道標。


 この蘇生魔法では、田中の心臓は再生出来ない。

 だから代用が必要だった。


「キュ」


 ヒナタは己の胸に手を置き、この身を使う。


 一度、目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、あの森での生活。

 親父がいて、フウマがいて、ト太郎がいて、ナナシが遊びに来て、二号が遊びに来る。そんな何気なくも、かけがえのない日々。


 いつでも見守ってくれ、無茶を言ってはいつも一緒にいてくれた。親父に迷惑を掛けて、一緒に怒られた事も沢山あった。

 今思うと、頼れる兄のような存在だったのだろう。


『またな、フウマ』


 遊んで、学んで、飯を食って、戦いを見学して、訓練をして、疲れて寝て、そこにいつもいてくれた親父。

 どこまでも強く、その戦う後ろ姿に憧れた。

 怒っても怖くはなく、どこまでも優しかった。


 そんな親父のようになりたいと思っていた。


 楽しい毎日だった。


『……またな、親父』


 蘇生魔法が発動する。

 それと同時に、ヒナタは姿を消した。

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うわああああああああああああ!! ヒナタあああああああああああ!!!!
またなっつったな?じゃあ大丈夫だ。俺はこういう展開に詳しいんだ ………………………だよな?
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