ネオユートピア22
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます。
活動報告に特典情報を載せております。
ビルメシアが奪った肉体は、元々世界を守護する聖龍の遺物だ。
神であり世界の化身たる聖龍。
その存在は、たとえ別の世界に来ようとも、その世界の意思を感じ取れた。
更に言うと、世界を守るという使命は、たとえ骨だけになろうとも決して忘れることはない。
だからこそ、世界を破壊しようとする兵器に対して激しく反応してしまった。
ついさっき、核が備わったミサイルが発射され、それに気付いた世界が絶望し、悲しみの淵に落ちた。
その感情に聖龍の遺物は反応する。
それは、ビルメシアの意思など関係なく、この肉体は動いていた。
世界を守る為に、この世界を破壊しようとする物を破壊する。
筒状の魔法陣は、この世界の核兵器を消滅させる。
発射されている物だけに限らず、この世にある全てが対象になる。
黒龍の頭部から、ビルメシアの黒い部分が弾かれる。
聖龍本来の力からすれば、ビルメシアなど取るに足らない存在だ。
そのような存在に、完全に操れるはずもない。
骨の頭部は筒状の魔法陣を作り上げて行く。
この光景を見ていた人々は、何故か祈る仕草をしてしまう。
たとえ悍ましい物に操られようとも、骨だけになろうとも、聖龍という存在は神々しかったのだ。
破壊であり消滅であり、何よりも世界に取って救いの魔法が放たれる。
魔法は正確に兵器を捉え、等しく消滅させて行く。
様々な政治が絡む兵器が、そんな事情など知った事かと、等しく消え去った。
核兵器のない世界。
それが実現してしまった。
これが、世界のパワーバランスが崩れた瞬間だった。
ーーー
《時間は少し遡る》
「お前はっ⁉︎」
声がして振り返ると、そこには大きな杖を持った老人がいた。司祭がするような服装をしており、胸元にはミンスール教の信徒を示す木の葉の首飾りをしていた。
腰はピンッと伸びており、しわくちゃの顔に笑みを浮かべて俺を見ていた。
その姿を見て、俺は確信する。
「……誰だ⁉︎」
マジで誰だ?
こんな危ない所にいるのだから、普通ではないのは分かる。というより、結構な魔力を持っているのだから、普通でないのは間違いない。
親しげに俺を見ているので、知り合いなのかも知れないが、残念ながら俺にはまったく心当たりが無い。
「貴方は相変わらずですね……」
「いや、えーと、すいません。でも、早く逃げた方が良いですよ。ここも危ないと思うんで」
「ええ、分かってます。まさかこのような事になるとは、思ってもみませんでした」
「……何を言ってる?」
なんか怪しいな。
もしかして、こいつがこの騒動の黒幕だろうか?
てっきり、あの天使が原因かと思っていたが、こいつが裏で手を引いていたのなら、それも納得だ。それだけ怪しい奴だ。
何やってんだよ二号よぉ、こんな奴を入信させやがって。
「まだ分かりませんか? 私ですよ、二号です。権兵衛さん」
「……は? お前が二号?」
頭が追い付かなかった。
歳をとっているのは理解しているし、ナナシが亡くなっているくらいだから、老人になっているのに驚きは無い。
だが、二号を名乗るこいつから感じる魔力は、あいつの物ではない。
「ええ、そうですよ。これで、ようやく名乗れますね、私の名は世樹マヒトです」
私の呼び方は自由にして下さい、と言う自称二号。
「……田中ハルトだ、こっちがフウマ。なあ、もう一度聞くぞ。あんたは本当に二号なのか? そっくりさんとか、モンスターの成りすましとかではなく……」
「…………」
二号を名乗る老人が黙ってしまった。
因みに、この老人が幻のとかいうパターンは無い。と思う。空間把握で感じ取れるのは、老人その物の姿で、他の誰かではない。
だから聞いたのだが、老人は困った笑みに形を変えていた。
「……私はあの森での出来事を、たとえ老人になろうと、どれだけ時間が経とうと忘れる事はありません。あの時の私は、貴方にはどう映っていましたか?」
「……あんたが二号だとして答えさせてもらう。あいつは素直で優しい奴だった。努力家で、よく物事を考えていた。俺から見て、尊敬できる奴だったよ、あいつはな。それにな、治癒魔法を使うだけあって優しい魔力を持っていた。おおよそ、あんたのトゲトゲしい魔力なんてしていなかった」
見た目は確かに似ているが、二号の魔力とはまったくの別物だ。
それこそ、偽物と言ってくれた方が納得いくレベルだ。
「……困ったなぁ、嘘は言ってないんですけど。でも、説明しないと納得しませんよね?」
「手短にしろ、早く魔力を回復させて、行かなくちゃいけないんだよ」
俺がそう告げると、二号を名乗った老人は杖を手放した。
すると、老人の片腕が変わっていき、白い毛で覆われた獣の腕が現れた。
「これは、あの時私を襲ったNo.4と呼ばれるモンスターの片腕です。本体は権兵衛さんに倒されましたが、私の中には、彼の意思が残りました。内側から食い破って来る彼と、長い時間を掛けて対話をしました。その過程で、私とNo.4は混ざり合った」
「それで魔力が変質したのか?」
「そうです。今の私は、世樹マヒトなのかNo.4なのか、分からなくなってしまいました……」
獣の片腕を見ながら、二号は困ったような笑みを浮かべていた。
あの杖があるから大丈夫だと思っていたが、そう上手くは行かなかったみたいだ。
きっと辛いのだろう。
自分が誰なのか分からなくなるというのは、きっと身を裂かれるよりも辛いはず。
でも今は、
「そんなのどうでもいいからさ、二号は何がしたいんだ? こんなんしでかして、何をしたかったんだ?」
「そんなのって……」
「今の状況からしたら、そんなのなんだよ二号。何になりたいかは、お前が決めろ。モンスターに成りたいのなら、俺が殺してやる。二号で居たいのなら、俺が認めてやる。それってさ、他人が決められるような物じゃないんだろう? ならお前が決断するべきなんだよ、分かったか二号」
「…………」
あそこで、この杖を渡して延命させたのは俺だ。
その結果が、この事態を引き起こしているのなら、これは俺がどうにかしないといけない。
「そんで二号、お前は何がしたいんだ?」
「…………私は勘違いをしていたようです」
「何がだよ?」
「権兵衛さんって、馬鹿ですよね」
「うるせーよ」
「でも、そんな貴方だからこそ、私は尊敬しているんです。お願いです。止めて下さい! 私がやってしまった過ちを止めて下さい! どうかお願いします!」
懇願するように訴えて来る二号は、あの森で過ごした時と変わらないように見えた。
「ああ、分かってるよそれくらい。でもな、少しだけ待ってくれ。魔力が無いんだよ」
今回復しているから待て。多分、十分くらいで百分の一くらい回復するから。
「分かっています。その為に、私は来たんです」
二号が杖を手に魔力を高めて行く。
「このイルミンスールの杖の能力には、魔力譲渡が備わっています。権兵衛さん、私の魔力を貴方に託します」
「イルミンスール?」
「この杖の名前です。正確には、前の世界樹の名前になります。権兵衛さんに見つけてもらいやすいようにと、教会にこの名を付けました」
そんな事言われても、杖の名前なんか知らんから、探しようがない。
二号の魔力が高まり、俺の十分の一くらいにはなる。
そんな二号に、上空のパスを見ながらもう一度問い掛ける。
「なあ、どうしてあんな物を作ったんだ?」
「……貴方が早く現れるようにと、ダンジョンの侵攻を進める為でした」
苦虫を潰したような顔をして、後悔しているようだった。
「ですが、目的が変わった。この世界に、ダンジョンの恐ろしさを知らしめる為に、あれを娘を通じて作らせました」
ネオユートピアの上空には、未だに巨大な魔法陣が展開しており、治まる気配を見せない。
あれを破壊出来たら良いのだが、下手に干渉すれば、大量の魔力が暴走して、どれだけの被害をもたらすのか想像も付かない。
理想は、魔力が消滅してくれる事だが、それも難しいだろう。
二号の魔力が更に高まり、イルミンスールの杖に込められて行く。
「二号は後悔しているのか?」
「……娘に作らせたのは後悔しています。ですが、この行動に間違いはなかったとも思っています」
「……そうか」
「責めないんですか?」
「そりゃ責めたい。責めたいけど、お前の事情も知らないからなぁ。まっ、その話は、全部終わってからでもいいだろう?」
「……貴方という人は、どこまでも変わりませんね」
杖に込められた魔力は、俺の総量の三分の一にも届かない。
だが、これだけあれば、十分に戦える。
「では、後を頼みます」
「ああ、任せとけ」
二号の杖から魔力が送られ、満たされて行く。
魔力が回復すると、フウマも起き上がって二号に、おう久しぶり! と挨拶をしていた。
「さあ、行くかフウマ!」
「ヒヒーン‼︎」
あの黒龍との決着を付ける為、俺とフウマは空へと舞い上がった。