幕間42 ③(夢見未来)
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
活動報告に特典情報を載せています!
インカさんが逃げた。
それを聞いた瞬間に、私は走り出していた。
彼が一矢報いて、インカさんをお姉ちゃんと同じ目に合わせたのかと思った。
だが、どんな方法を使ったのか、逃げられてしまった。
「そんなの、許さない!」
「未来⁉︎」
灰野さんが呼び止めて来るが、無視してインカさんを追う。
どこに行っているのか、分からない。
でも、この状況があの時の夢と同じなら、私はMRファクトリーのある場所に向けて走っていた。
いるんだ。
そこに、インカさんがいるんだ。
ここから、MRファクトリーがある場所は遠い。
私の足だと、かなりの時間が掛かってしまう。
このままじゃ、逃げられてしまうかも知れない。
そんな私の焦りとは裏腹に、インカさんはまだ近くに残っていた。
「あっ」
間抜けな声だったと思う。
横から大きな火球が迫って来て、それをじっと見てしまった。
「おおーっ!!」
それを灰野さんが剣で受け止めて、爆発した。
「灰野さん⁉︎」
魔法を受け止めた灰野さんは、かなりの傷を負っており、片腕が使い物にならないほど炭化していた。
「未来、逃げろ! インカはまだ近くにいるはずだ」
負傷しながらも忠告してくれて、私は周囲を警戒する。
すると、いた。
建物の中から現れたインカさんは、無傷の姿で立っていた。ただし、その手に杖はなく、丸腰の状態だった。
「やっぱり庇うと思った!」
ははっと馬鹿にしたように笑みを浮かべている。
その顔が私は大っ嫌いだった。どこまでも人を馬鹿にしたような態度を取っており、どこまでも不快にさせる。
「そんなに睨まないでよ、俺だってやりたくてやった訳じゃないんだよ」
「じゃあ、なんでお姉ちゃんを殺したのよ!」
「頼まれたんだから仕方ないじゃん! 全部未来ちゃんのせいなんだよ、俺が焔と香織を殺したのもさぁ!」
「何を言って……」
「未来ちゃんが、未来視のスキルで変なの見ちゃうからさぁ、リーダーが辞めるって変な事言い出したんじゃないか。そんな事したら、MRファクトリーが黙ってないの分かんじゃん! 君だよ、MRファクトリーが欲しがっているのは。君さえいれば、他はどうだって良かったのさ!」
ケラケラと笑うインカさんは、どこか狂っているようにも見えた。
「どうして言わなかったの! 言えば、加賀見さんだって考え直したかも知れないでしょ⁉︎」
「そんなの無理だって。だって加賀見は未来ちゃんを仲間と思ってないし、都合の良いアイテムくらいにしか考えてなかったからね。言った所で、交渉がややこしくなっただけだよ。……待てよ。君からしたら、どっちも扱いは変わらなかったみたいだね」
また笑い出すインカさん。
それを不快だとは思うが、それ以上にショックが大きかった。
受け入れられたと思っていた。
仲間として、良くしてくれていると思っていた。
だから加賀見さんが死んだ時も、何も見られなかった自分を責めて、香織さんが亡くなった時も絶望していた。
……仲間と思っていたのは、私だけ?
「聞く耳を持つな! そいつは仲間殺しだ! お前は受け入れられていた! 焔がお前を利用しようとしてたか⁉︎ 俺達が、利益だけの為に動くと思うか⁉︎ 俺達とそいつは違う! 未来、俺を信じろ!」
「……灰野さん」
灰野さんが必死に否定してくれる。
そうだ。お姉ちゃんはそんな事しない、他の人達もそういう事をする人達じゃない。
だから信じよう。
「ったく、うるさいなぁ」
インカさんが片手を上げると、火球が飛び、灰野さんに直撃した。
「あっ、灰野、さん?」
グラリと揺れて、倒れる灰野さん。
頭部が焼け焦げており、生きているのか死んでいるのか、ここからでは分からなかった。
「これで仕事はお終い。じゃあね、未来ちゃん」
仲間だった人が、片手を上げて去って行く。
今は、そんな事どうでも良かった。
「灰野さん⁉︎」
倒れた灰野さんに駆け寄ると、微かに息はあった。
だけど、このままだと死んでしまう。それに、モンスターが近付いて来ていて、助かるとは思えなかった。
「誰か⁉︎」
誰を? 助けを呼ぼうにも、ここには誰もいない。
さっきの人達の姿も見えない。
私のせいだ。
私が一人で行ったから。
灰野さん一人なら、負けなかったのに。
「ゴホッ」
「灰野さん! い、今助けを⁉︎」
「ま、て、未来、逃げろ、もう、助からない。はやく、行け」
唇の動きが小さくなる。
声も聞こえなくなって来ており、目から光が失われて行く。
消える。灰野さんの命が消えてしまう。
ぽろぽろと涙が流れる。だが、それが何の役に立つというのだろう。
そんな私を、灰野さんは押した。
強い力ではない、でも、早く行けと言っていた。
口から情けない声が出てしまう。
「うわ〜ん」と子供のような泣き声が、勝手に出て来る。
それでも走る。
必死に走る。
灰野さんから行けと言われたのだ。
彼の命を無駄にする訳にはいかなかった。
この時の私は、あの映像を忘れていた。
何度も瓦礫に転びながらも、起き上がって必死に走る。
壊れたネオユートピア。
多くの建物が倒壊しており、MRファクトリーの大きなロゴが転がっている。
転んだ先にガラスがあり、酷い顔をした私が映る。
起き上がってまた走り出すと、上空を何かが通過して行く。巻き起こった暴風に吹き飛ばされて、また地面に転がってしまう。
それでも必死に起き上がり、倒壊する建物の中を必死に駆け抜ける。
轟音が鳴り、閃光が駆け抜けると、その余波だけで私は、まるで玩具のように吹き飛ばされてしまった。
死にたくないなぁ。
そう思いながら、上空に浮かぶ三対の翼の龍と、黒い翼の天使。そして、黄金に輝く馬とそれに跨る騎士。
瓦礫に潰されそうになりながら、そんな神秘的な光景を見ていた。
「ったく、ここは地獄かねぇ」
瓦礫が消える。
正確には、私が見ている景色が変わってしまった。
「ちょっと、あんた風呂くらいは入りなよ。あんた女だろう、最低限の清潔感は意識しな」
私はいつの間にか、おばさんの手の中にいて、命が救われていた。
「貴女は?」
体は相変わらず動かないけど、この人が何者なのか聞いてみる。
「私かい? ただの婆さんだよ。何も出来なかったただのね……」
おばさんは自虐そうに言うと、私を下ろして近付くモンスターを刀で倒してしまった。
その姿が美しいと見惚れてしまって、隣に寝かされた人に気付くのに遅れた。
「……っ⁉︎ 灰野さん⁉︎」
「動かすんじゃないよ。ポーションは飲ませているが、助かるか微妙な所だからねぇ」
「いき、てる。……っ⁉︎ 良かったぁーーー!!!」
まだ助かった訳じゃないけど、希望があるというだけで涙が溢れて来る。
「安心している所悪いけど、直ぐに移動するよ。ここのモンスターのレベルがヤバいからねぇ」
おばさんはそう言うと、私と灰野さんを掴む。
そして、私達はネオユートピアから姿を消した。
この人が、探索者協会会長、天津道世だと知ったのは後になってからだった。