幕間42 ②(麻布針一)
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
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腹を刺された。
これは仕方ない事だと思いながら、麻布はふらふらとした足取りで進んで行く。
人を一人殺して、もう一人殺しかけたんだ。
これくらいは、当然の報いなのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、麻布は一本の針を取り出す。
針とは言っても、大きさはアイスピックくらいはあり、凶器と呼べる代物だった。
この針は、神の名を冠した物から麻生が作り出した武器だ。
壊れて使い物にならなくなったアイテム『神鳥の靴』を、ミンスール教会から手を回してもらい手に入れた。
手に入れた神鳥の靴の能力は、術式が阻害されて発動しなくなっていたが、その機能を理解すれば発動させるのは可能だった。
ただ片足は切り裂かれており、術式の再生は困難で、諦めてしまった。
それでも、片足あれば十分だった。
魔力の鉤爪を針の形状に作り替え、このアイテムの本来の使い方をする。
それは、魔術式が組み込まれたアイテムへの干渉。
この能力を使い、加賀見レントの大楯の能力を狂わせ、夢見焔の大斧の能力を暴走させた。
あと一度この能力使えば、麻布の目的は達成される。
「ゴホッゴホッ! ああ、苦しいなぁ」
吐血し、動く度に腹部に痛みが走る。
これまで受けた中でも、肉体的な痛みで言えば一番だろう。
だがそれも、もう少しで終わる。
一本の針、『人針の罰』を武器に二人の戦いの中に割って入る。
突然の乱入者に動きを止める二人。
灰野は驚き、インカは活路を見出したと喜んだ。
「おいおいおい! 灰野こいつだ! こいつが三人を殺ったんだって! 俺は何もやってない、信じてくれよ、なぁ、仲間だろう……」
とても信じられないような言葉に、灰野の怒りは激しく燃え上がる。
直ぐに殺してやろうと、灰野は武器に力を込める。
この二人の間に入れば、たとえプロ探索者といえど、即死は免れられないほど危険だ。
だが、そんなのは関係ないと、麻布は真っ直ぐにインカに向かって行く。
「なんだよ……俺とやろうってのか? おい灰野! 見てみろよ。 こいつ、今度は俺を殺そうとしているぞ!」
おどけたように言うインカは、どこまでもふざけていて、油断していた。
だが、その持っている力は本物だった。
「喧嘩売る相手くらい選べよ、バーカ」
インカの杖が麻布に向き、強烈な炎の渦が麻布の周りに巻き起こる。
ゴウッと上がった炎は、人の骨さえも焼き尽くすほどの強力な火力を持っていた。
これで殺した。
インカはそう確信して、油断していた。
カンッと音がすると、上がった炎が霧散してしまう。
その中から現れたのは、先程の中年男性ではなく、若い男だった。
この男は『変幻玉』を使用した麻布だった。
だから反応が遅れた。
疾走した麻布は、一直線にインカに向かって行く。
迎撃しようと、インカが苦し紛れの魔法を放つ。
しかし、麻布は人針の罰の能力を使い、見えない盾により防いでしまう。
この能力は、神鳥の靴の空中歩行を応用した物だ。
空中歩行は、一時的に何も無い空間に力場を生み出す能力である。それを持続させる事により、一時的に盾を作り出していた。
先程の、インカの魔法を防いだのもこの能力である。
「おおおおーーーっ!!!!」
人針の罰を突き刺さんと、インカに向けて飛び掛かる。
だが、そんな一直線の攻撃など当たるはずもなく、インカの杖に阻まれてしまう。
「こんな武器で俺をやれると思うなー‼︎」
杖術の心得もあるインカの一撃。
格闘技経験のない麻布が避けられるはずもなく、刺された腹部を殴打され、「かはっ⁉︎」と血反吐を吐きながら地面に転がった。
だが、成った。
止めに、炎の魔法を使うインカ。
「なっ⁉︎」
しかし、その炎は勢いを増し、使い手であるはずのインカに襲い掛かった。
人針の罰はインカの杖に刺さり、杖の能力を破壊していたのだ。
麻布の狙い通り、己の炎に焼かれて行くインカ。
「ぎゃあぁぁーー…………」
呼吸が出来なくなったからか、声が出せなくなり転がってもがき苦しんでいる。
これで、最後の復讐が終わった。
ここまで、長い間憎しみに囚われていた。
やっと解放される。
これでこれで…………?
解放される?
どうしてそう思うんだろうかと、朦朧とした意識で考える。
だが、考える時間は与えられなかった。
「麻布針一確保! 大炊インカは⁉︎」
「……まずいな、逃げられた」
負傷した体を容赦なく押さえつけられ、手錠を掛けられる。だが、それよりも気になる言葉が聞こえて来た。
逃げられた?
麻布は顔を上げて見ると、そこには燃えている人がいた。
もしかして、今燃えているのが大吹インカだと気付いていないのだろうかと訝しむ。
だが、青年が燃えている頭部を足で踏み付けると、まるで木炭のように崩れてしまった。
「人形だ。ふっ、俺の目は誤魔化せんぞ」
青年、黒一の部下である道念総司が、髪を掻き上げながら格好付けていた。
「……人形? 馬鹿な」
確かに、手応えがあった。
杖を、確実に使い物にならないようにした。だからこそ、己の魔法で燃えたはずだ。
「どうやら、逃げるのに使われたようね。あんたの事、世樹麻耶に聞いていたんでしょうね」
そう答えたのは、麻布を取り押さえている派手な格好の女性だった。
「……何故?」
「さあ、そんなの知らない。あんたは逮捕する。事情は聞いてるし、同情もする。奴らを殺すのも仕方ないと思う。でも、関わった奴が悪かったね」
そう言われて、麻耶の顔が思い浮かぶ。
この道を選んだのも、麻耶の誘いがあったからだ。だけど、実行したのは己の意志だ。
だから、後悔はない。
本当に?
急に頭がクリアになって行き、己の行動を振り返る。
私は、人を殺したいと思っても、それを行動に移せる人間だったか?
子供を残して、犯罪に手を染めるような人間だったか?
子供に、犯罪者の子というレッテルを張るのを許すような人間だったか?
妻が残した子供達を蔑ろにして……。
意識が遠のいて行く。
血を流しすぎたせいで、意識が保てなくなっていたのだ。
朦朧とした意識の中で最後に浮かんだのは、悲しそうな顔をした妻達の姿だった。