幕間42 ①(夢見未来)
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
活動報告に特典情報を載せています!
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幕間 12時と18時に投稿。
お姉ちゃんが死んだ。
あの炎から救ってもらったのに、次の日には別の場所で亡くなっていた。
あの男だ。
あの男が、何らかの方法で殺したんだ。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない!
「殺してやる」
憎しみを込めて道を進む。
短刀を手に持っていたせいで警察に止められたが、いつの間にか短刀は無くなっており、解放された。
「何やってんだよ未来」
前に同行してもらった田中さんが側にいたが、今は邪魔でしかなかった。
無視して行こうとすると、灰野さんを呼ばれてしまい、強制的に保護されてしまった。
田中さんから灰野さんに、私の短刀が渡されていた。いつの間にか、田中さんに回収されていたようだ。
自動で動く車に乗せられると、いつもはヘラヘラしている顔の灰野さんの様子がおかしな事に気付いた。
「……未来、この事件の犯人が分かった」
「っ⁉︎ 誰っ⁉︎ 誰がお姉ちゃんを殺したの⁉︎」
思わず灰野さんに掴み掛かってしまう。
お姉ちゃんを殺した奴は、あの中年の男だと分かっているが、確証がある訳ではない。もしも違っていれば、真犯人を取り逃す可能性もある。
絶対に犯人を知っておく必要があった。
「言っておくが、奴は俺が殺すからな。お前は手を出すなよ」
「だから誰なの⁉︎ あの中年野郎じゃないの⁉︎」
そう強く問うと、口ごもりながらも教えてくれた。
「……インカだ。奴が仲間を殺していやがった!」
ドン!と前の座席を殴って破壊する。
車から警告するようにビービーと警報音が鳴るが、それよりも、今呼ばれた名前が信じられなかった。
「嘘、インカさんが?」
仲間が殺した?
探索者が、仲間を?
「ああ、あいつのスキルを考えたら、犯行は可能だった。香織が殺された時に、ここに残っていたのはインカだった。動けない奴を操るスキル、『マリオネット』をインカは持っている。使えないからって死にスキルとか笑っていたが、意識の無い焔を操るには最適だ」
「でも、仲間なんですよ⁉︎ 本当にインカさんが?」
「俺だって信じたくないんだよ! だがな、あいつは姿を消しやがった。捜査の手が伸びたから逃げたんだよ、あいつはな!」
「そんな……」
インカさん。
いつも笑顔で、灰野さんと同じでパーティのムードメーカーだった。
そんな人が、どうして仲間を手にかけたのだろう。
リーダーの加賀見さんを殺して、香織さんを殺して、お姉ちゃんまで殺した。
その目的は何?
……加賀見さんは、どうやって?
そこまで聞いて、違和感に気付いた。
最初の事件は、何も解決してないのではないかと。
「じゃあ、加賀見さんは、どうやって殺したの?」
これもインカさんのスキルだろうか?
「分からない。焔の時もそうだが、手段は分からない。もしかしたら、何かアイテムを持っていた可能性もあるか……だが……いや、とにかくインカを捕まえるのが先だ。直接聞いた方が早い。殺すのは、それからだ」
「……」
憎しみを漲らせる灰野さんの横で、私も短刀を持つ手に力が入った。
向かった先は、ネオユートピアの治安を担当している警察署だった。
ネオユートピアの至る所に監視カメラは設置されており、本来なら犯人不明の事件が起こるはずなかった。
だが、香織さんの事件では、監視カメラが破壊されており映像自体が映っていなかったのだ。
間違いなく、探索者の犯行。
それが、凄腕の魔法使いであるインカさんなら可能だろう。
ここで、インカさんがどこに行ったのか、監視カメラの映像から割り出そうというのだ。
当然、本来ならそんな行為は許されない。
だが、過去に探索者監察署の職員で、今回の事件の関係者という事で、特別に許可を与えられていた。
時間を掛けて映像を確認していき、居場所が判明したのは午後六時を過ぎてからだった。
「……いた。魔力精製所……どうしてこんなに人が集まっているんだ?」
監視カメラの映像には、外国人と思われる人が数百人おり、その中にはインカさんもいた。
「しかも、全員探索者だ。何をしようとしてるんだ? あっ」
遠隔でカメラを動かした瞬間に、映像が途切れた。
カメラの不具合は考えられない、だとしたら何者かに破壊されたのだろう。
でも、居場所が分かっただけでも十分だ。
あとは、問いただして殺すだけでいい。
それだけでいい。
お姉ちゃんの仇を取るんだ。
「おい、待て未来! あの人数に突っ込んで行くのは無謀だ!」
しかし、その歩みも灰野さんに止められてしまう。
「邪魔、しないで」
「やめろって言ってんだ。今行っても返り討ちに合うだけだ」
「関係ない」
「関係あるわ!」
力尽くで止められてしまう。
はっきり言って、私は非力だ。ダンジョン20階を突破出来たのも、お姉ちゃんがいてくれたからで、私自身に戦う力は無いに等しい。
だけど、この憎しみは止められない。
「離して!」
それでも、思いだけではどうにもならない事がある。
何も出来ずに、灰野さんに押さえ付けられてしまった。
「くっさ、メンタルヤバいのは分かるけど、風呂くらい入れよ」
「五月蝿い!」
どうにかして拘束を解いて、あそこに行かないと逃げられてしまう。
それは許さない。絶対に許さない!
そんな私の願いが届いたのか、変化が起こってしまう。
「どうしてモンスターがここに⁉︎」
そう、地上にモンスターが現れたのだ。
即座に灰野さんの手により始末されるが、モンスターは至る所で現れ初めていた。
「もしかして、インカさんはこうなると分かっていて……」
「それは分からない……あの集団、ミンスール教の奴らかも知れない。前に、外国人の探索者にも、信者がいるって聞いた事がある」
「じゃあ、インカさんも?」
「元々、インカは加賀見が連れて来た奴だからな、その可能性はある」
思えば、焼けた首飾りを持って帰ると、それを取り上げたのもインカさんだった。
今考えると、何かを隠そうとしていたのかも知れない。
「……こうなったら、行くしかないな」
「え?」
「このどさくさに紛れて、インカに接触する。それからは、後で考える!」
行き当たりばったりな考え方だが、インカさんの元に行くのなら問題なかった。
私は、この短刀で奴の胸を切り裂くのだから。
外に出ると、そこは阿鼻叫喚と化していた。
力の無い一般人はモンスターに襲われて傷を負い、必死になって逃げている。それを助けようと、警察が動いているが、とてもではないが手が足りていない。
「行くぞ」
それらを無視して、目的の為に灰野さんは歩き始める。
「……いいんですか?」
「何がだ? 俺達はな、慈善事業をしている訳じゃない。そりゃ余裕があれば助けてやるが、今はそれどころじゃないからな。それに……」
灰野さんが視線を動かすと、そこは多くの人が助けを求めていた。
「とてもじゃないが、手に余る」
そう言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
一人でも助ければ、周囲の人も救わなければならない。それには、かなりの時間と労力が必要になる。そうしている間にも、インカさんを逃してしまうかも知れない。
そうなったら、本末転倒だ。
見ず知らずの誰かよりも、仲間の仇を優先する。
この判断が間違っているのは分かっている。
それでも、この憎しみは止められない。
襲って来るモンスターを蹴散らして進む灰野さんの後を追って行く。
ここでの私は、足手纏いだ。
戦う力も無ければ、身を守る術もない。
ゴブリン相手ならまだなんとかなるが、ロックウルフには負けてしまう。私自身は、一般人とそう大差ない力しか持っていない。
灰野さんに守られながら進み、やっと魔力精製所にたどり着いた。
「何だよ……これ」
そこで見た物は、圧倒的な力で外国人探索者を圧倒する、黒いスーツの男の姿だった。
その様子を、木の陰に隠れながら見ていた。
「あれは……黒一か」
「知っているんですか?」
「ああ、俺の知る探索者の中でも、最も強い男だった奴だ」
「だった?」
「ああ、この前更新されたからな。……いた、インカだ」
灰野さんの視線を追って、私もそちらを見る。
そこにはインカさんがおり、黒一という人の戦いを見て、逃げようとしていた。
それはそうだろう、私でも分かる。
あの黒一という人は、ここにいる誰よりも強い。
黒一を前にしたら、あの人はきっと逃げる。あの人はそういう人だ。優勢でないと、インカさんは逃げるだろう。仲間が死んでもお構いなしに逃げる。
彼は、そういう男だった。
「行きましょう」
私が飛び出すと同時に、灰野さんが叫ぶ。
「インカーーーーッ!!!!」
それは、仲間を裏切った男への、怒りと悲しみの叫びだった。
私達の姿を見たインカさんは、一目散に逃げ出した。
その後を追い掛ける。
だが、私の足ではインカさんに追い付けない。
だから灰野さんは、私を小脇に抱えて走り始めた。
「……ごめんなさい」
「舌噛まないようにしてろよ!」
一気に加速して、インカさんを追いかける。
林の中を駆け抜けているが、空に浮かぶパスの光によって、今は昼間のように明るい。
だから気付いた。
私達の後から、別の人が追い掛けて来ているのを。
「あの人は……」
それは中年の男性だった。
ちょび髭を生やし、七三だった髪型は乱れており、着ているスーツはヨレヨレになっている。
一見、どこにでもいる草臥れたサラリーマンのよう。
だけどその目は、私と同じように怒りと憎しみが宿っていた。
「灰野さん、あの人……」
「今は気にするな、それより、来るぞ!」
林を抜けた瞬間に、炎の魔法が襲って来る。
私を抱えたまま、灰野さんは横に飛び回避する。
着地と同時に、私は地面に転がされ、灰野さんは武器を手に斬りかかった。
あの二人は、40階を突破した探索者だ。
灰野さんは前衛の戦士で、インカさんは後衛の魔法使い。
距離を詰められたら、灰野さんが一瞬で斬り伏せるだろう。
だが反対に、距離を開けられたら、魔法で削られて灰野さんが負けてしまう。
そんな二人の戦いが始まるなかで、私の隣にさっきの中年が追い付いて来た。
「はあはあはあ! あいつを殺さないと、これで最後なんだ」
息を切らしながらも、彼は戦いの中に飛び込もうとしていた。
そんな彼に、私は声を掛ける。
「待って! あなたは、海岸通りにいた人だよね。待ってよ!」
私を無視して行く彼を、掴んで引き止める。
「君は、夢見焔の妹だったね。悪いけど、話は後で聞くから、今は邪魔しないでくれ」
そう言って進んで行く彼は、見かけによらず力が強かった。
「教えて! 貴方が加賀見さんを殺したの⁉︎」
私の問い掛けを聞いて、彼は動きを止めた。
それから、私を見下ろす彼の目は、感情が抜け落ちているかのようだった。
「罪は償う、でも今じゃない」
「……お姉ちゃんが死に掛けたのは?」
あの炎に巻き込まれたのは、加賀見さんの時と同じ現象だった。
もしも、それをやったのがコイツなら……。
「それも含めて、罪は……ははっ、いきなりだね」
手に伝わる生温い感触。
彼の腹に刺さっているのは、私の短刀。
「どうして、お姉ちゃんを殺そうとしたんだ! お前に何したってんだよ! お姉ちゃんは優しかったんだぞ! 強くてカッコよくて小さい物が好きな可愛いお姉ちゃんだったんだ! どうして、殺されなくちゃいけないんだよぉ!!」
ゆっくりと短刀が引き抜かれて、彼は私から離れる。
ゴホゴホッと咳をする彼の口からは、血が流れていた。
ふらふらとした足取りでも、しっかりと踏ん張って私を見た。
「ああ、隠してたから知らないんだね。私の妻がね、君のお姉さんに殺されたんだ」
「嘘だっ! お姉ちゃんがそんな事するはずがない!」
そんな言葉を信じる訳にはいかなかった。
あの優しいお姉ちゃんが、人殺しなんて出来るはずがないから。
「直接じゃないよ。君のお姉さんと加賀見、そこで戦っているインカが後ろ盾してた集団がいたんだけど、そいつらに攫われてね、口封じの為に一緒に殺されてしまった」
そう言いながら、彼はポーションを飲み干す。
しかし、血を吐き出し「一本じゃ足りないか……」とふらふらとした足取りで、戦う二人の方に歩いて行った。
「……そんなの、嘘だ」
お姉ちゃんがそんな事するはずがない。
そう思いながらも、首飾りを持って来た時の怯えた顔を思い出してしまった。