幕間41 ②(天津大道)
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
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「……ああ……ああっ! ……ああああーーーーーー!!!!!」
麻耶が泣き叫ぶのを横目に、これを成したであろう男を見る。
その男には見覚えがあった。
ダンジョンに近い繁華街、そこのBARで何度か一緒に飲んだ男だ。
その体型からして、間違いなく本人で間違いない。
「俺が負けたって話も、嘘じゃなかったんだな」
記憶に無いが、小梅と牡丹から太った探索者に負けたという話は聞いていた。
己の実力に自信があった大道は、その話を信じていなかった。だが、今、目の前で起こった事を見ると、信じるしかなかった。
「なんだよこれ……人が使っていい力なのか?」
建物は消滅し、そこにあったであろう地面も大きく削られ、それが海にまで続いていた。
もしも、その先が海でなかったのなら、どれだけの物を破壊していたのだろうか。
「私の! 私達の悲願が! 嫌だ! 嫌なんです! 一人は嫌なんです! 帰りたい、帰りたい! あなた達がいる所に帰りたい!!」
世樹が懇願するように、ミンスール教会の象徴である世界樹の枝を掲げる。
だが、それだけで反応するはずもなく、魔力源を失ったパスは、急速にその光を失い初めていた。
「麻耶、もう諦めろ」
もう終わりだ。
麻耶の望みは、ここで潰えたのだ。
だから声を掛けたのだが、そうせずに力尽くで止めるべきだった。
麻耶は翼を広げると、枝に大量の魔力を流し込んだ。
本来なら、それでどうにか出来るはずがなかった。だが、麻耶の魔法陣に対する知識と、曲がりなりにも世界樹に生み出された命であるという繋がりが、奇跡を起こしてしまう。
「やめろ麻耶!」
急いで取り押さえて、地面に引き倒す。
魔力を失っているからか、麻耶の力はかなり弱っているようだった。だが、全てが遅かった。
パスで作られた魔法陣は発動し、世界樹の枝を使った事で、最悪な場所と繋がってしまった。
空が割れる。
そこから現れたのは、ネオユートピアに似た世界。ただ、ここよりも圧倒的に発展した世界。
「まさか……本当にあったのか」
昔、祖父に聞かされた話を思い出す。
ダンジョンには、ここよりも発展した世界があるのだと。そこには世界樹と呼ばれる大樹があり、仙人や首の長い龍、翼のある子供や、めちゃくちゃ強い馬がいたという。
「……翼のある子供?」
押さえ付けている麻耶の背には翼があった。
祖父の年齢から考えると、あり得ない話ではない。
「やっと、やっと帰れる。離して! 私は、あそこに帰るのよ!」
「おい麻耶、お前はあそこにいたのか?」
「ええ、だから離して! この為に、帰る為に、私は今まで生きて来たのよ!」
「なら、仙人は知っているか? 長い首の龍は? 強い馬は?」
「そんなの知らない! 早く、早く離して!」
ジタバタと足掻く麻耶を離しそうになるが、空から現れたプレッシャーに動きを止めてしまった。
「……なんだ……あれ?」
首の長い龍。
一瞬その単語が浮かんだが、あれは違うだろうと否定する。とてもではないが、友好的な存在に見えないし、今にも攻撃して来そうだったから。
麻耶を掴んでいる手が震え出す。
それが、自分自身が怯えているのか、麻耶が恐怖で震えているのか、あるいは両方なのかは分からなかった。
黒い龍が動き出す。
空に留まり、魔力を高めている龍は口を大きく開けた。
それと同時に、空に向かって救いの光が輝き始める。
今度は何だ⁉︎
目まぐるしく変わる状況に、思考が追い付かない。
だが、光を見た瞬間に、助かるのだと理解した。
「アマダチ!」
黒い龍のブレスと、太った探索者から放たれた光が衝突する。
激しい突風が巻き起こり、世界が悲鳴を上げる。
正に世界が終わりそうな光景。
強い衝撃が世界を駆け巡り、落ち着いて来た頃にゆっくりと顔を上げた。
そこでは、激しい戦いが繰り広げられていた。
信じられない規模の魔法の応酬、音速を超える機動力に世界が震え、世界を滅ぼしそうなブレスが海を焼いて行く。
黒い龍とそれと対等に戦う男。
これは神々の戦いだと言われたら、恐らく信じていただろう。
「麻耶、逃げるぞ」
「やめて! 私はあそこに行きたいの! やっと帰れるのに、やっと会えるのに、どうして邪魔ばかりするのよ!」
「そんな事言ってる場合か! あれに巻き込まれたら、間違いなく死ぬぞ!」
今、空に上がれば、その余波だけで消滅する。
すでに遠い海上まで移動しているのに、とてつもなく空気が震えている。
更に言うと、このままここにいても間違いなく死ぬ。
「ったく、なんで50階で現れるモンスターがいるんだよ」
現れるモンスターが、明らかに強くなっていた。
さっきまでは、せいぜい30階までのモンスターだったのが、一気にレベルが跳ね上がっていた。
あれらに勝てるのは、この場には大道か黒一しかいなかった。
「黒一! ここは手を組まないか、大勢抱えて脱出するのは難しいだろう!」
呼び掛けた黒一は、迫るモンスターの頭部を破壊して考える素振りをする。
「構いませんが、そこの麻耶さんを殺させてくれませんか? とても不快なので」
「許すわけないだろう。麻耶には、罪を償ってもらわなきゃいけないからな」
そう告げると黒一は残念そうにして、麻耶は不快な物を見るような目を向けた。
大道と黒一。
この二人は単独で50階を突破した探索者だが、この人数を守りながらの脱出は容易ではなかった。
ここにいる全員が腕に覚えのある探索者でも、現れるモンスターが強すぎて相手にならないのだ。だから、防御に徹して、身を守る事しか出来なかった。
「『動くな』」
そんな中でも、活躍したのが黒一だ。
対モンスター用のスキル『呪言』を使い、高確率で動きを止めるのは強力だった。
しかし、現れるモンスターも普通ではない。
対抗するように、動きの止まった同類を盾にして迫って来るのだ。
一人ならば、己だけを守れば良いが、守らなければならない奴らが多いと対処するのも難しい。
「チィ! お前ら伏せろ!」
強烈な雷の魔法は、飛び掛かった全てのモンスターに伝播して焼き尽くす。
圧倒的な攻撃力。
しかし、今のでほとんどの魔力を使ってしまった。
おかげで、リミットブレイクも、もう使えない。
「おい! 今のは防げただろう!」
その言葉は黒一に向けられた物だった。
単独で50階のボスモンスターを倒すような奴が、今のに対処出来ないはずがない。
その抗議の言葉だったのだが、黒一は不満そうだった。
「何故、私が、あなた方を守らなければならないんですか? これでも、殺されかけた身ですよ」
「罪は償わせる。だから、今だけは協力しろ!」
「まったく、人に頼む態度ではないですね。そもそも、彼については許しています。田中さんにも忠告されましたし、報酬も頂いていますからね」
そう言って手に持った容器には、琥珀色の液体が入っていた。己の命を代償にしても、その液体にはそれだけの価値があるというのだろう。
大道は、その液体が何なのか想像がついた。
「それは、生命蜜か?」
「ええ、それも高純度の物のようです」
ふふっ、と気色の悪い笑みを浮かべている。
「だったら守れよ」
「嫌ですよ、護衛の報酬は頂いていませんから」
「後で、言い値を払う」
「……いいでしょう。怒り狂うかと思いましたが、そこまで愚かではないですね」
つまらないですね。そう言いながら、黒一はモンスターの殲滅に乗り出した。
敵に回すと厄介だが、戦力としてここまで心強い奴もそういない。
これで、ネオユートピアから脱出出来る。
そう安堵したが、事はそう簡単には運ばない。
また一段階、モンスターの強さが変わったのだ。
「これはまずいですね……」
戦えない訳ではない。
大道と黒一ならば、このクラスのモンスター相手でも、十分にやり合える。
だがそれも、魔力が十分に残っている状態であり、単独だった場合だ。
今の状況は最悪だった。
だから、最悪逃げる事も考えた。
少しでも生き残る為に、全員を走らせる。
そうすれば、少しは生き残るのではないかと考えた。
だが、それを実行する必要は無くなる。
「申し訳ありません、遅れました」
地面から枝が生え、モンスターを貫き、巻き込み、圧殺してしまった。
圧倒的な力。
こんな事を出来る人物は、大道は一人しか知らない。
「マヒトさん⁉︎」
司祭服に大きな杖を付いた老人。
見た目はとても強そうには見えないが、大道でも勝てないと言えるほどの人物だった。
「……世樹マヒト」
黒一は警戒するように下がる。
黒一に取って世樹マヒトは、娘の麻耶以上の化け物に見えていた。ダンジョンで鍛えて来たのも、この男の存在があったからだ。
異様。
マヒトに最もしっくり来る言葉だった。
「大道君、ご迷惑お掛けしました。まさかここまで大事になっているとは……」
マヒトは歩いていき、捕らえられ俯いている麻耶を見た。
そんな麻耶に近付き、頭を撫でる。
「いつまで経っても変わりませんね。貴女の母は、こちらで幸せになって欲しいと願っているというのに……」
「……母?」
「ええ、私が愛した方です。地上への影響を考えて、こちらには来れませんが、ちゃんと居ますよ。っと、ここでの長話も危険ですね」
マヒトが杖で地面を叩くと、魔法陣が広がり一瞬で見ている景色が変わった。
そこには多くの人が集まっており、不安そうにしていた。見える建物は闘技場で、ここにいる人達はネオユートピアから避難して来たのだと理解する。
「……なあマヒトさん、あんたは、こうなると知っていたのか?」
「それは、ネオユートピアの事ですか? ええ、この事態を計画したのは私達ですから。麻耶を通じて作らせたのも、その為です」
「なっ⁉︎」
まさかの回答に驚く。それは麻耶も同じだったようで、目を見開いてマヒトを見ていた。
「な、何でだ? 何が目的なんだ? 沢山の人が死んだんだぞ……」
尊敬する人だったマヒトが、急速に理解不能な人物に変わってしまった。
大道は自身の手が冷えて行くのを感じて、己が恐怖しているのだと気付く。
「目的は二つです。一つは、迷宮の危険性を知ってもらう事です。この世界は、いずれ迷宮に飲み込まれます。この事態は、いずれ世界中で起こる事なんですよ」
「だからって、こんな事する必要があるのか? 声を上げれば、聞くんじゃないのか……」
「もうやっていますよ、何度も世界には訴えて来ました。ですが、誰も信じなかった。信じたとしても、自分達が死んだ後の話ですからね、気にした様子もありませんでした」
「祖父さんは知ってたのか?」
「平次君には、何も言っていません。彼は人の可能性に期待していましたから。ですが、この計画を知っても、平次君は止めなかったでしょうね」
「なんでだ?」
「それもまた、人の可能性だからです。平次君は良くも悪くも、あの方に影響されていましたから……」
そう言ってマヒトが向いた先は、今も海上で争っている存在だった。
三つの存在が近付いて来ており、ネオユートピアの上空で止まる。その存在はどれも圧倒的で、人が抗えるような物ではなかった。
「どうすんだよ、あんなの。世界が滅びるぞ」
「ええ、私の失敗は、このような事態になると想像していなかった事ですね」
その反応が頭にきた大道は、マヒトの胸ぐらを掴む。
「何が失敗だ! 沢山の人が死んでんだよ! 世界が滅びようとしてんだ! 失敗なんて言葉で片付けんな! 何か手段はないのか! アレを戻す手段はっ⁉︎」
その訴えに、首を振って無いと答えるマヒト。
だが、次の言葉には希望を抱いた。
「元には戻せませんが、あの方なら倒せるでしょう。ヒナタもいますから、十分に勝機はあるはずです」
「あの方……ヒナタ?」
あの方というのは、何となくあの太った探索者の顔が浮かぶ。だが、ヒナタという名前には心当たりがなかった。
「今、戦っている二人です。一人は私や平次君の師匠になります。もう一人が、天使であり神をも殺す力を持った英雄です。麻耶、貴女の従兄弟に当たる方ですよ」
「従兄弟?」
麻耶はぼうっと空を見上げる。
そこでは、翼を開いた存在もおり、そのシルエットは麻耶に似ている気がした。
それからの戦闘音は更に激しくなる。
誰もが不安で、子供達は怯えて耳を塞いでおり、両親は子供を守ろうと抱いていた。しかし、その両親も恐怖しており、必死に神に祈る事しか出来なかった。
一際、大きな衝撃が走る。
その影響は地震が発生するほどで、空が太陽に照らされるよりも明るくなった。
このまま死ぬのか。
誰もがその予感をしながら、目を開いてまだ生きていると安堵する。
「……どうにも、状況は悪そうですね」
マヒトはそう言うと、ネオユートピアの方を眺めていた。
「麻耶、迎えが来ると思いますが、どうするのかは貴女が決めなさい。大道君、その間、麻耶をお願いします」
「マヒトさん?」
そう呼び掛けるが、マヒトは転移により姿を消してしまった。
それから少しすると、頭上を黒い翼の天使と黒い龍が通過する。
直後に天使が落下し、龍からブレスが放たれる。
その先には闘技場があり、避難した数十万人がいた。
「ちくしょうが!」
黒い閃光を見ながら、長剣を構える。
それでどうにかなる物ではないが、少しでも抵抗をと足掻こうとしたのだ。
『アマダチ!』
しかし、別の所から閃光が放たれ、相殺してしまう。
助かった。そう安堵した時、大道にある意識が流れ込む。
それは、あの者の元に帰らなければならない、という強い意思。絶対に逆らう事の出来ない、強固な意思だった。
大道の足は知らず知らずのうちに、そちらに向かっていた。
制止の声が聞こえるが、止まる訳にはいかなかった。
『ナナシ?』
進んだ先にいたのは、黒い翼の天使だった。
膝を突いていても、その身から溢れる力は本物で、神聖な気配に圧倒されそうになる。
だが、大道に向けられた視線は親しげであり、まるで懐かしい物を見ているようだった。
「すまない、ナナシじゃないんだ。これをあんたに……」
両手で持った長剣を、黒い翼の天使に差し出す。
驚いた反応をする天使だが、黙って受け取ってくれた。
『ト太郎……』
この瞬間、大道は長剣と切り離された感覚がした。
それと同時に、長剣からの意識も感じなくなり、主人がこの天使に移ったのだと理解する。
寂しいと思うと同時に、元の持ち主に返せたという達成感が沸き起こる。
きっとこれが正解なのだろう。
黒い翼の天使は立ち上がり、黒い龍を見上げる。
そこには、骨だけの頭部となり途轍もない魔法を放つ龍の姿があった。