ネオユートピア21
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
活動報告に特典情報を載せています!
明日、明後日は幕間投稿。
終わる。
俺に終焉が迫っている。
アマダチは敗れて、俺の命も潰える。
せめて被害を減らそうと空へと上がったが、あれが爆発すれば、それだけで地上には影響が出るだろう。
黒が迫る。
まったく嫌な色だ。
黒一も黒で大嫌いだ。
でも、ヒナタの翼の黒は美しいと思う。
『親父!』
そんな黒い翼が、突然目の前に現れた。
「ヒナタ⁉︎」
何やってんだ! と言うよりも早くに、ヒナタは俺を掴んで魔法を使う。
その瞬間、空の景色は木々へと変わる。
上空にパスの光と都ユグドラシルを見て、ここがネオユートピアの中だと気付く。
近くのヒナタに目を向けると、ヒナタは上空を眺めて焦っているように見えた。その焦りの原因は、俺も理解しており、同じように空を見る。
直後、空で信じられないような大爆発が巻き起こった。
この世の終わり。
これを見ていた人達は、きっとそう思っただろう。
俺もそう思った。
それに、実際に地上に落ちていれば、人どころか地球その物が壊れてもおかしくはなかった。
神の怒りを買った人間を、滅ぼす神罰。
そんな言葉が生ぬるく思えるほどの光景。
余りにも強大な敵。
「あっ」
それを前にして、俺は腰を落としてしまった。
怖気付いた訳じゃない、魔力が限界だった。
「くそっ! 倒れてる場合じゃないってのに!」
「ブルル」
それはフウマも同じで、魔力が尽きて姿も元に戻っていた。
急いで魔力循環に意識を集中する。
少しでも魔力を回復しないと、何も出来ないまま殺されてしまう。それに、この世界その物が破壊されてしまうかも知れない。
焦燥に駆られる。
どうしようもないこの状況に、怒りすら覚える。
そんな俺に、ヒナタは話しかけて来る。
『……なあ、親父』
「なんじゃい」
『あいつは俺が倒すよ』
「は?」
『だから、ここで待っててくれ』
「いや、待て! いくら強くなったって! って、話を聞け!」
ヒナタは黒い翼を広げると、一気に空へと飛び立ってしまった。
無理だ。
ヒナタは確かに強くなっているし、今の俺と正面で戦ったとしても勝利する可能性すらある。
それでも、足りない。
単純に実力もそうだが、ユグドラシルの話だと、ヒナタはかなり無理をして戦っていたと聞いている。
本来持っている力を、存分に発揮出来る状態じゃないのだ。
あの黒龍は、そんな状態で勝利できるほど甘くはない。
「早くはやくはやくっ!!」
早く魔力を回復させないと、ヒナタが死んでしまう。
「ブルル!」
フウマも早くしろと言って来るが、お前もやれやボケ!
焦っていたからか、俺はある人物の接近に気付いていなかった。
「お困りのようですね」
「っ⁉︎ お前は!」
ーーー
「キュルルー」
空に羽ばたいたヒナタは、黒龍に向かって加速する。
目の前にいるのは、これまで出会った中でも上位に入るだろう存在。
ガネーシャやアクーパーラと同列の、世界の化身だ。
聖龍であるト太郎の亡骸を使い、何者かが醜い姿で復活させた偽物の世界の化身だ。
『貴様が誰かは知らないが、その肉体は返してもらうぞ』
目の前の黒龍は疲弊している。
見た目では分からないが、ヒナタにはそうだという確信があった。
これは様々な戦いを経験した中で、培われた感覚だ。
ただし、力の差があるのに変わりはない。
黒い翼が舞う。
急接近したヒナタは黒龍の頭部を捉えて、光の魔法で作った刃を走らせる。
ギギギッ!と火花を散らせながら走った刃は、黒を両断して行く。
これには堪らずビルメシア・ラーラも反応した。
同じ天使であり、同じように堕天した二翼。
片方は暴走して同胞を殺戮し、もう片方は多くを救い英雄として尊敬されている。
ビルメシアはそれを知っている訳ではない。
だが、己との違いを感じ取り、激しく嫉妬した。
どうして貴様は狂わなかったのかと、どうして貴様は美しいままなのかと、どうして貴様はまだ世界樹の元に居られるのかと、狂いそうなほど嫉妬した。
だから、黒龍から身を現し、ヒナタを睨み付けた。
『ビルメシア・ラーラ。最悪の天使で、天使族最大の汚点。お前がそうなんだろう?』
ビルメシア自身、忘れかけていた名前を呼ばれて微かに震えた。
それはかつてを思い出したからだろう。
過去の罪が頭を過ぎる。
だがそれも、嫉妬の炎に飲まれて消えて行く。
ヒナタへの返事は、周囲を覆う鋭い牙だった。
全方位から群がる牙に対して、ヒナタは光の魔法を爆発させる。
黒い翼でありながら、神聖な光を放つヒナタ。
それを見たビルメシアは、更に嫉妬に狂って行く。
本来なら、私こそがその力に相応しいはずだ。
何故お前が持っている!
返せ、返せ、かえせ!カエセ‼︎
飛散したビルメシアは、再び聖龍の肉体へと戻る。
戻るのは、狂いながらもヒナタとの差は理解しているからだ。
だからこそ、この肉体を手に入れていた。
負けない為に、奴を殺す為に手に入れたのだ。
ビルメシアは吠える。
憎しみを込めて、世界に向かって吠える。
その覇気に警戒したヒナタは、一旦距離を取る。
決して油断している訳ではない。その証拠に、ヒナタの手には白銀の短刀が握られていた。
これはヒナタのアマダチ。
絶望を振り払う、希望の光。
この一撃では決着は付けられないだろう。だが、こいつの倒し方は理解した。
『全身にアマダチを浴びせる!』
アマダチを受けた頭部は、未だに元には戻っておらず、片側は聖龍の骨が剥き出しの状態だった。
それに、田中との戦闘で消耗した黒龍は、動きに精細さを欠いていた。
流石は親父だ!
もしも消耗していない黒龍と対峙していたら、間違いなく負けていた。あの終焉を彷彿とさせる魔法も、使わせるのは不可能だっただろう。
素直に田中を評価しつつ、でも、と思う。
俺だって戦い続けて、成長したのだとその姿を見せてやりたかった。
黒翼を羽ばたかせると、一気に加速する。
同時に黒龍も動き、後退しながら数多くの魔法を放って来る。しかし、その全てがこれまでの魔法と比べて弱くなっていた。
そんな魔法に当たるはずもなく、ヒナタは一気に距離を詰めた。
狙うはガラ空きになっている右腕。
『アマダチ』
振られた短刀は白銀の閃光を放ち、右腕の黒を消滅させてしまう。
だが、それだけだった。
黒龍は、右腕を犠牲にしてヒナタに反撃する。
ヒナタに向けて、強烈なブレスが放たれる。
カッ! と光、視界が白に染まる。
放たれたブレスは真っ直ぐに飛び、海を蒸発させ、大爆発を巻き起こした。
これが直撃すれば、ヒナタでも死んでいただろう。
『アマダチ』
しかし、転移魔法で黒龍の上に移動していたヒナタは、再びアマダチを黒龍に見舞う。
今度は両翼の間に直撃し、一対の翼がその機能を失ってしまう。
これには溜まらずに、悲鳴を上げる黒龍。
急いでヒナタと離れるが、黒龍の動きは明らかに衰えていた。
一対の翼を失って、機動力を失ったのだ。
これで、ヒナタと黒龍の機動力は並ぶ。
互いに翼を広げ、空を駆ける。
黒翼の天使と黒龍、光の魔法と消滅の魔法、そしてブレスが放たれ、空を派手に彩る。
この光景を見た人々は恐ろしいと思いながらも、美しいと見惚れてしまった。
そう、場所は移動しているうちに、元の場所に戻って来ていたのだ。
このままでは大地を破壊し、多くの命を奪ってしまう。
本来なら、他に気を遣って戦うなんて余裕は無い。
それなのに、ヒナタの意識はそちらに向いてしまった。
だから、攻撃が甘くなってしまった。
転移を使い、黒龍の死角に入りアマダチを放とうとした。
だが、それは読まれていた。
「キュ⁉︎」
ヒナタが消えた瞬間に、黒龍の後頭部に向かってビルメシアの姿で超重量のハンマーが振られていた。
ドンッ! と爆発したような音が鳴り、ヒナタは弾き飛ばされてしまう。
やられた、狙われた。そう反省するには遅く、迫るブレスを見てアマダチの準備をする。
「キュハ⁉︎」
吐血する。アマダチを連続して使ったせいで、肉体が悲鳴を上げ始めていた。
だが、止める訳にはいかない。
何故なら背後には、多くの人々が怯えていたからだ。
ヒナタが弾き飛ばされた先は、闘技場の直ぐ近くだった。
『アマダチ‼︎』
本日三度目のアマダチ。
肉体が悲鳴を上げて、倒れそうになる。それでも踏ん張り、全てを破壊するブレスを消滅させて見せた。
ここで、多くの人々を見捨てれば、ヒナタにはまだ勝機はあった。だが、アマダチの連続使用で激しく消耗してしまった今は、立つのもやっとになってしまった。
それを理解したのか、黒龍が止めを刺すためにゆっくりとやって来る。
その顔はいやらしく笑っているようにも見えて、非常に腹立たしかった。だから、あと一撃を放とうと準備を始める。
どんな窮地だろうと、諦める気はない。
近付いた瞬間に放ってやる。
そう力を貯めていると、黒龍の動きが止まった。
上空を見上げて、黒龍は動きを止めてしまったのだ。
そして、突然膨大な魔力を発しながら、上空に上がり筒状の魔法陣を作り上げた。
絶望の魔法が再び放たれようとしていた。
その姿を眺めていると、誰かが近付いて来る気配があった。
そちらを見ると、懐かしい感じのする男が、長剣を持ってやって来ていた。
『ナナシ?』
その男は、幼い頃に遊んだ友人に似ていた。